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ひよっ子魔女といくつかの短い話  作者: 左内
ひよっ子魔女の師匠ヘレナ(番外編)
19/24

 老魔女ヘレナは不機嫌だった。もともと気難しい性格というのも大きいが、他にも理由はあって一つ一つ挙げていけばきりがない。住居にしている風車小屋の機構がうるさくてよく眠れていないのもあるしこの頃腰やら肩やらが痛むのも気に入らない。目が弱ったせいで本を読むのにも苦労しだすとイライラは最高潮に達した。


 まあ要するにヘレナも年を食ったということだが。

(まったく、ババアになんざなるもんじゃないね)

 そう毒づきながらも一応まだまだ背筋はしゃんとしていてつかつかと速足で廊下を進んでいる。


「ミナ! どこだい?」

 ドアを開け放って孫娘の名を呼ぶとどこかで「はぁい」と声がした。

 外の景色を視界から追い出ししばらく瞑目。数を数えて待つ。パタパタと足音がしだしたのは五を数えたあたりで、べしゃっと音がしたのは七、「いたぁい……」とぐすぐすやる声がして十五で目を開けると服の前を汚したまだ幼い少女が立っていた。


「お婆ちゃん、転んだ……」

「そうかい」

 ヘレナは冷たく返して孫娘をじろじろと観察した。


「すりむいたのはここだよ?」

 そう言って彼女が見せてくる肘を、しかしヘレナは見ていなかった。

「どこだい?」

「だからケガはここ」

「そうじゃないよ。わたしは今朝あんたになんて言った?」

「ケガしないようにね?」

「違う!」


 ヘレナの大声に孫娘は飛び上がった。またぐすぐすやり始める彼女にヘレナは辛抱強く語りかける。

「よく思い出しな。わたしは探し物をしなさいと言ったんだよ」

 あ、と孫娘は目を輝かせた。

「魔法の練習!」

「そう、いい子だ」


 ヘレナがうなずくともう傷の痛みやらを忘れたかのように孫娘は「あたしいい子!」と笑った。ヘレナの頬がひきつるがそれには気づかなかったようだ。

「で、何を探せばいいの?」


「それについてはわたしは何も言ってない」

「どういうこと?」

「何を探すかわからなくても魔法の助けを借りれば見つけられるからだよ」

 ヘレナの胸中に再びイライラが積もり始めた。まるっきり朝の繰り返しだし非効率だし、つまりは無駄だからだ。


 それでもなんとか我慢する。

「それじゃあ見つからない……」

「見つからないじゃない、見つけるんだ」

「むりぃ」


 堪忍袋の緒は意外とすんなりブチ切れた。

「いいからさっさと行ってこい!」

 ぱたたたと逃げ出していく孫娘の背中を眺めながらヘレナは深くため息をついた。

 ヘレナの不機嫌の最大にして最後の理由。孫娘の深刻な不出来。自らの老いも強敵だが、これもまたなんともしがたい頭痛の種なのだった。


 擦りむいたという肘の傷は多少気になったものの、

「ま、唾つけとけば治るさね」

 それだけ言ってドアを閉めた。


……


 魔女は魔法とともにある。

 ……などと下手に気取った言い回しはみっともない。ヘレナは常々そう思っている。そもそも自分たちが『魔女』と呼ばれるのは魔法と切り離せない関係にあるからであって、分かり切ったことをわざわざ繰り返す必要はないのだから。


 そういうわけで魔女にとって魔法はとても身近なものだ。それを一言で言い表し誰かに説明するのは難しいが、苦労するのは魔女でない者に魔法を理解させることであって魔女自身は理解しすぎなほどに理解している。赤ん坊は自分の手足を随意に動かせる理由を説明できないが、誰よりも自分の手足を把握しているのとわりと似たところがある。


 魔法はこの世の不思議そのものだ。一言で説明するのはもちろん難しいのだが、ひどくぶっきらぼうかつ簡素に、そして浅慮に表現するとこうなる。

 ただし巷に伝承する火をおこしたり空を飛んだりするものとはひどく様相が違っている。魔女が呪文を唱えることはない。箒にまたがることもない。薬を調合する魔女はいるが別に媚薬毒薬万能薬を作ったりはしない。魔女はただ魔法の隣にいるだけなのだ。普通の人間よりも魔法に近いその場所に。


 魔法はそれそのもので生きているかのようだ、とは魔女がよく使う言い回しだ。魔法は魔女の道具ではない。世の底にあまねく流れる法則ならざる法則と言われることもあるが、あまり信用ならない力持ちとヘレナは呼んでいる。うまく利用すれば役に立つ、馬鹿と鋏はなんとやら。


 具体例を挙げる。

 現在ヘレナとミナが住むこの風車小屋。小屋というにはかなり大きく、人によっては邸宅のようだと言うかもしれない。だから風車屋敷という方が近いかもしれないが、この風車屋敷は当初風車屋敷になる予定ではなかった。


 当時近くの村の者たちに頼んで建て始めたこの住居はヘレナの望み通り『不思議と』順調に完成に近づいていた。あまりに順調が過ぎたので実は見えない精霊が手伝っているんじゃないかと人々が噂したぐらいだった。


 とはいえヘレナには分かっていた。これは魔法の仕業だと。魔女にとってはそう驚くことではない。だから次に起こることも一応分かってはいた。

「……これは一体どういうことだい?」

 数日現場から離れていた間に、普通の邸宅になるはずだった住居にはいくつもの風車が『不思議なことに』取り付けられていた。


 彼女の質問には誰も答えることができなかった。誰かが故意にやったわけではなくいつの間にかそうなっていたのだから当然といえば当然のことだが。

 つまるところ、これが魔法なのである。


 おかげでこのどう役に立つかもいまだにわからない風車の機構の軋みに毎晩悩まされることになった。ひどく腹立たしい。だが形のないものに当たることは当然できない。このこともイライラを加速させる。

 そしてその苛立ちにもっぱらとどめを刺すのが孫娘のミナなのだった。

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