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ひよっ子魔女といくつかの短い話  作者: 左内
ラリー爺さん夢を見る
11/24

とお

「他にはどんな夢を見たんです?」


 馬車の進むガタゴトの音の中、ミナがそう聞いた。


「いや、はっきり覚えている夢はあれぐらいでな」


 他はよく覚えていないか、さっきのよりもさらに入り組んだりわけがわからなかったりしたので話すのは難しかったのだ。


 まあ話せるものもないわけではないけれど、

「ひたすら小石を眺めて何か考えながらぐるぐる歩く夢とか面白くないじゃろ?」

「ううん、そうかもしれませんねえ」


 ミナは曖昧に笑ってそうだじゃあと手を打った。今度はわたしの夢の話をしましょう。


「お嬢ちゃんの夢?」


 少女は元気よく頷いた。

「お爺さんの夢にはかないませんけれど、わたしも素敵な夢を見るんですよ」


 どうです、聞きます? 悪戯っぽい声だった。爺さんもなんだか愉快な気分になって、ぜひ頼むと大声で笑った。


 さて、ミナは深呼吸する。彼女の夢は温かい暖炉から始まるそうだ。

「わたし、昔はお婆ちゃんのところで過ごして、冬には暖炉がついてたんですよ。多分それが記憶に強く焼き付いてたんでしょうね」


 夢の暖炉の火は不思議にゆらゆらと揺れていて、最初は強く燃えているんだけれど、でも次第に小さくしぼんでいく。ミナが慌てて近くに寄ってみても火はあっけなく消えてしまう。真っ暗になった。


 怖くなってしゃがみ込むけれど、でもよく見るとぼんやりと光っているものがある。床がほのかに光を放ってる。足の下に星の輝きがあふれていた。


 足下の星々は、ミナに気づかれると逃げるように舞い上がり、暗い上空へと飛んでいく。それから虚空でぴたりと静止し複雑な模様を形作り、さながら丁寧に編まれたレース生地のよう。いつの間にかミナは、揺り椅子に座ってそれを眺めていた。


 隣にも揺り椅子が並んでて、覗き込むと少年が気持ちよさそうに眠っている。優しく呼びかけてみるのだけれど、彼はちっとも起きてくれない。ミナはがっかりしたけれど、無理に起こすのも気が引けて、自分の椅子に座りなおす。


 その時星の一つがひときわ強く光を放ち、流れ星のように飛び回った。まばゆい軌跡はけれども消えゆくことはなく、そのままミナに降り注ぐ。ミナはその星の絹糸を上手に集め、水晶の編み棒でマフラーを作り始めた。


 編んでいる間もどんどん星糸は降り注ぎ、積みあがって薄緑の光が胎動する。ミナがマフラーを完成させた頃、星糸のマユから真白い鳥が飛び出して、夜の彼方へと姿を消した。


 ミナは輝くマフラーを隣の少年の首に巻き、伸びをして立ち上がる。少年の揺り椅子の足元に腰を下ろし遠く向こうに視線を伸ばす。いつの間にか地平に太陽が顔を出している――


「そんな夢です」


 爺さん黙って聞いていた。途中まではほうほうと相槌をうっていたけれど、少し前からじっと黙って聞いていた。


 ミナも口を閉じたので、あたりはとたんに静かになった。いやいや馬車の音は相変わらずなんだけど。


「五回くらい前の冬のことなんじゃが」


 爺さんぽつりと言葉を漏らした。


「それまで寄り添って生きてきた婆さんが死んでしまってのう」


 思い出すのは白いマフラー。編みかけのままの白いマフラー。


「暖炉の前で一緒にあったまっておったんじゃ。少しうたたねをしてふと気づくと、編み物の手を止めたまま婆さんは眠るように逝っておった」


 ひどく穏やかで、微笑んでいるように優しい。それがお爺さんの見た、お婆さんの最後の顔だった。

 背後の少女は何も言わなかった。


「……あの夢の女の子はやっぱり」

 言おうとして、やっぱりそこまでしか言えなかった。


 悲しくなったわけではないけれど、寂しくだってないけれど、爺さんなんだか胸の奥に穴が開いたような気がして、どうにもつらくなってしまった。何も頭に浮かばないのに言葉だけが口から際限なくあふれてくる。


「わしは婆さんによくしてやれただろうか。いつも自分のことばかりしていて、話すのも自分が自分がとばかり。婆さんが自らしゃべることなんて、気づけば聞いてやったことがない」


 迷惑かけっぱなしで、そのくせお返しもしてなくて、爺さん情けなくて肩を縮めた。背を丸めた。喉の奥がきゅっと痛くなったけど、爺さん必死に我慢した。


 せめて――

「夢でいいからもう一度会いたいのう……」

 強く強く拳を握りしめ、弱く弱く息を吐いた。


 それから首を振って無理に元気に後ろを振り返る。


「すまんかったお嬢ちゃん、ずいぶん湿っぽい話を」

 してしまったわい。そういいかけて、爺さんの頭は完全にストップした。


「……え?」


 背後にいたのはバスケットを持った三つ編みの少女じゃなくて黒猫もいなくて、いるのはしっとりとした雰囲気の大人の女性。顔は見えているはずなのによく見えない。彼女の声も聞こえない。言葉の内容だけが頭に残る。温かい、その感触だけが。


 爺さん必死に女性の名前を呼ぼうとした。彼女のことは知っていた。口を開いて、でも声は出なくて、爺さんの意識は白くほどけた。


……


「すみませーん!」


 呼びかける声で爺さんは目を覚ました。はっとして周りを見回すと、爺さんどうやらうたたねしていたようである。道の先の方で女の子が手を振っていた。


 何やらすごく久しぶりに念願の夢を見ていたことは覚えているけれど、どんな夢だったかは思い出せない。ぼんやりとした思いのまま爺さん手綱を操って、少女の前に馬車を停めた。


 何か用かと訊ねると、彼女はミナと名乗って、もしよければ途中まで乗せていってほしいと言った。


 荷台の方に乗ってもらって、馬車はゆっくり出発する。日はまだ高いところにあって、急がなくても町には十分早く着けそう。


 爺さんミナにいろいろ話を振ったけれど、やっぱりどこか上の空で、逆にどうしたのかと訊かれてしまった。


「大丈夫ですか?」

「いや……」


 爺さん曖昧に返事をして、でも何となく気になったので振り返って訊ねてみた。


「お嬢ちゃんとはどこかで会ったことがあったかのう?」

「? いいえ?」


 ミナは本当にきょとんとした声で返事をした。

 そうだよなあと爺さん頷き、再び前へと向き直った。



 夢というのは不思議なもの。見ている間は夢が夢だと気づかないし、起きているときとも時間の流れ方が違う。起きたら忘れてしまうのもまた不思議。

 そういう不思議なことならば、それも魔法かもしれない。

 まあそんな話。


(ラリー爺さん夢を見る:おわり)

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