光の橋 1
「人の気持ちが分からない人が、世界で一番悲しい人だわ」
大学のとき、付き合っていた女の娘に言われた。
確かにその通りだ。人の気持ちが分からない僕。僕は僕の気持ちでさえ分かっていない。僕には心がないのかもしれない。
そして、そんな風に考えることはたやすい。
そんな風に思っていれば、誰かが僕を嫌うことに、それほど心を痛めなくてすむから。
嫌われることには、自信がある。
たぶん僕は、誰かに喜ばれるお話は、書けないと思う。ずっとずっとずっと、あきらめることなく続けていれば、いつか、僕にも、誰かに喜んでもらえるお話が書けると思ってた。
夢は逃げやしない。君が夢をあきらめてしまわない限り。
そんな言葉にすがっていたときもあった。
でも、と思う。
人の気持ちが分からない僕に、誰かを喜ばせるお話なんて、書けるはずがない。
あきらめたわけじゃない。
でも、たぶん、そこまで行きつくまでに、僕の命の方が尽きてしまう。
つまり、そういうことだ。
大学のとき、その言葉を聞かされ、最終電車で神戸から戻る間、僕の頭の中でその言葉がエンドレスで流れていた。
寒いアパートの部屋に帰り着くと、僕はすぐに原稿用紙を広げ、わきあがってくる言葉を夢中で書き記した。
今度こそ、誰かに喜んでもらえるお話が書けるような気がして。
もちろんそれは大いなる勘違いなわけで、僕は徹夜して書き上げた物語を、誰かに見せることもせず、朝早い淀川の河川敷で燃やした。
あの娘がさよならの代わりにいった言葉は今も僕の胸にある。
人の気持ちが分からない人が、世界で一番かなしい人だわ。