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「よっしゃん。これ、今度、書くやつ?」
俺のオフィスにやってきた明が、デスクの上に出しぱなしにしていたUSBメモリーを近くのパソに差し込んで、ディスプレーを覗き込みながら言った。
「うん? どれ?」
「柿の木のある家、ってやつ」
明は古くからの友人であり、俺の専属編集者というところだ。もっとも、本当の編集者としての仕事は、とっくの昔に辞めている。同い年だけど、俺が早生まれなので、学年はひとつ下である。今は、いろいろなビジネスの代理店資格を取って、自営で仕事をしている。それで立派に食えているし、さらに、子供たちを大学にも通わせている。この厳しいご時世にたいしたものだ。
「ああ、書こうかと思ったけど、もうめんどくさくなったわ」
俺は昨日の行動日報を書きあげ、プリントアウトのボタンを押下しながら、けっこう陽気な口調で返した。こんなこと、いちいち暗い声で言ってたら、気が滅入ってしょうがない。
「ってかさ、もう忘れちゃったのかよ」
「忘れるって、何を?」
「この話、また書いたら4度目だぜ」
「4度目? あらま、そうやっけ」
「まったく。その間抜けた面を鏡で見てみろよ。なんで、こういうの、覚えてないわけ?」
「なんでやろ。わからへん」
「最初のは、中学のとき出した同人誌にのっけたじゃん。まあ、題は、世界で一番天国に近い場所、だったけど」
「ああ。あれおもしろかったよね」
「あれ、って、どれ?」
「だから天国に一番近い島だよ」
「それ、よっしゃんが書いた?」
「なわけないやろ。ほらほら、原田知世で映画にもなった」
「だから。そんなことはわかってるよ。今、話してるのは、あんたの小説の話」
「ああ。俺のか。あかん。それ、今回は一次も通らへんかった」
「だから、それって、どれ?」
「ん? 人生切り売りできませんか、やけど。あきちゃんも読んでくれたやん」
「はいはい。読みましたよ。あれ、落ちたんだ」
「うん。一次も……」
「それは今、聞きました」
明は語尾を強めてみせた。
「で、さっきの話に戻っていい?」
あきれ果てた顔で、明が言う。
「さっきのって、どれやっけ?」
俺は、部下たちの日報も合わせて、本社宛てのFAXを流しながら訊き返した。
「まったくもう。だから柿の木のある家の話だよ」
「ああ。そんなん書いたことあるなぁ」
「だから、そんなこと、こっちのほうがあんたよりわかってるって」
「ん? あきちゃん。何、怒ってるの?」
「あんたの性格」
「ああ。それ、かなりねじ曲がってるよね」
「わかってるなら、なおせよ」
「何を?」
「だから、性格だろ」
「誰の? 俺の?」
「あんた以外に、誰がいるのさ」
俺は念のためオフィスをもう一度見まわしてみた。俺と明の他に人はいない。もっとも、あらためて確かめてみるほど大きなオフィスでもない。




