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風の祈り  作者: 銭屋龍一
柿木の家
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2

「よっしゃん。これ、今度、書くやつ?」

 俺のオフィスにやってきた明が、デスクの上に出しぱなしにしていたUSBメモリーを近くのパソに差し込んで、ディスプレーを覗き込みながら言った。

「うん? どれ?」

「柿の木のある家、ってやつ」

 明は古くからの友人であり、俺の専属編集者というところだ。もっとも、本当の編集者としての仕事は、とっくの昔に辞めている。同い年だけど、俺が早生まれなので、学年はひとつ下である。今は、いろいろなビジネスの代理店資格を取って、自営で仕事をしている。それで立派に食えているし、さらに、子供たちを大学にも通わせている。この厳しいご時世にたいしたものだ。

「ああ、書こうかと思ったけど、もうめんどくさくなったわ」

 俺は昨日の行動日報を書きあげ、プリントアウトのボタンを押下しながら、けっこう陽気な口調で返した。こんなこと、いちいち暗い声で言ってたら、気が滅入ってしょうがない。

「ってかさ、もう忘れちゃったのかよ」

「忘れるって、何を?」

「この話、また書いたら4度目だぜ」

「4度目? あらま、そうやっけ」

「まったく。その間抜けた面を鏡で見てみろよ。なんで、こういうの、覚えてないわけ?」

「なんでやろ。わからへん」

「最初のは、中学のとき出した同人誌にのっけたじゃん。まあ、題は、世界で一番天国に近い場所、だったけど」

「ああ。あれおもしろかったよね」

「あれ、って、どれ?」

「だから天国に一番近い島だよ」

「それ、よっしゃんが書いた?」

「なわけないやろ。ほらほら、原田知世で映画にもなった」

「だから。そんなことはわかってるよ。今、話してるのは、あんたの小説の話」

「ああ。俺のか。あかん。それ、今回は一次も通らへんかった」

「だから、それって、どれ?」

「ん? 人生切り売りできませんか、やけど。あきちゃんも読んでくれたやん」

「はいはい。読みましたよ。あれ、落ちたんだ」

「うん。一次も……」

「それは今、聞きました」

 明は語尾を強めてみせた。

「で、さっきの話に戻っていい?」

 あきれ果てた顔で、明が言う。

「さっきのって、どれやっけ?」

 俺は、部下たちの日報も合わせて、本社宛てのFAXを流しながら訊き返した。

「まったくもう。だから柿の木のある家の話だよ」

「ああ。そんなん書いたことあるなぁ」

「だから、そんなこと、こっちのほうがあんたよりわかってるって」

「ん? あきちゃん。何、怒ってるの?」

「あんたの性格」

「ああ。それ、かなりねじ曲がってるよね」

「わかってるなら、なおせよ」

「何を?」

「だから、性格だろ」

「誰の? 俺の?」

「あんた以外に、誰がいるのさ」

 俺は念のためオフィスをもう一度見まわしてみた。俺と明の他に人はいない。もっとも、あらためて確かめてみるほど大きなオフィスでもない。

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