表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の祈り  作者: 銭屋龍一
1/17

 志が落ちた。

 というのも、不思議な物言いである。そもそも文として成立していない。それでも、昨年の暮れも暮れ、大晦日の日暮れ時に、私に起こった変化は、こう言い表すのが一番正しいと思える。まったく、考えられないほどあっけなく、それはまるで己の一部であった鱗が、歳月を経て、その役割を終え、剥がれ落ちたかのように、私からすっかり消え失せてしまっていた。そして、その剥がれ落ちた鱗は、気がつくと、万年、書斎に出しっ放しの電気ごたつの上に、ちょこんと、とぼけた顔で座っていた。なんとも、こんなものに四十年の歳月を捧げたのかと思うと、己がことではあるけれど、ちょっと不憫に思った。もっともいまさらそんなことに気づいたからといって、過ぎ去った年月も時間も取り戻せやしない。さらに、その鱗が生成されていく過程に、己が生涯を捧げんとも誓っていたのだから、こうなると生涯を賭けた嘘を吐いたようなものである。

 さて、そうなってしまうと、これから己は何をすればよいのか、迷ってしまいそうなものであるが、これが性根がないというか、またぞろ新たな鱗でも生えてこないかと試みるかのように、百年一日のごとく、すでに慣わしともなった作業にするすると潜っていくのである。ではあるけれど、そこはすでに志が落ちた者の成せることゆえ、ある意味、苦行ともとれるその作業を続けることに、何かしら、新たな名目を与えてやらねば、進退窮まれるような按配なのである。

 ならば、そもそも素である、裸の己に、続きを行わせればよいと開き直ることにした。私のような、何の才もなき男が、下手に志を立てて生きてきたものだから、これまで、どうも疲れる生き方ばかりしてきたようでつまらぬ。せっかく志を落として身軽になったのであるから、ここでまた遠回りな物言いをして、さらに疲れてしまっては愚の骨頂であろう。たいしたことを考えているわけではない。所詮私は、己がことにしか興味がない自己中心的な人間のようである。友人から、ナルシストと評されたこともある。よって、これまで語ってきたことは我が身に起きたことだけであった。そして、志が落ちた今も、語りたいことは、己が身のことばかりなのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ