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最後にして

とりあえず最初の戦いまで一気に投稿。でももうストックゼロ。

目指せ一週間以内に次話投稿。



 かつての大戦において、日本がその侵攻対象とされたのは終盤も終盤、世界の約八割近くが《レギオン》の前に膝を屈した後であった。

 その理由は諸説あるが、現在最も有力とされているのは、日本に多くの山岳地帯があるから、というものだった。

 内陸部の大部分を占める山岳部、そこでゲリラ戦でも展開されてしまえば、いかに超常の力を持つ混合兵とて強硬手段に出ざるをえない。しかし仮にそんな手段に出てしまえば、世界有数とも言われる自然の塊を、その自然保護を大義名分とする自身の手で破壊することになってしまう。

 故に全世界の大半を手中に収め、圧力でもって自ら膝を地に着けさせようとした、というのである。

 おそらく、きっとそれは事実なのだろう。

 首都圏郊外、山中の奥深く。ともすれば秘境とも呼ばれかねないこの場所にこもって五年。そう考えるようになったのは、この自然の雄大さを目の当たりにしたからだった。


「……」


 獣すら寄りつかぬ山奥の、僅かばかりに開けた場所――そこにたてた掘っ立て小屋の中で、彼は自らの背丈ほどもありそうな丸太を前に、黙々とノミと槌を振るっていた。

 槌を振り下ろすたびに響く音色は、外の木々すらに反響して、清浄なる音を山間の谷にまで届かせている。

 それを打ち鳴らしているのは、坊主頭の青年だ。ぼろぼろの法衣をまとい、首の周りには大数珠がかけられている。

 小屋の中には、七つの人影があった。いや、人ではない。木製の人形だ。精巧な作りで、あたかも人と見紛うばかりの出来である。

 人好きする笑みを浮かべる青年。

 小柄ながらも女性的な曲線に優れる、中華服の少女。

 彫りが深い顔つきの、どこか高貴さを感じさせる青年。

 髪をアップにまとめた、背の高い女性。

 困ったような笑みを浮かべる青年。

 着流しを着た、刀を腰に帯びる男性。

 爛漫な笑顔を浮かべる少女。

 そして――


「っ……」


 男が、槌を下ろす。

 自然、奥深く――

 未だ、槌の音は鳴り止まない。




第三夜『最後にして』




 ――初撃は、ヘルバロンだった。

 重力を無視し宙を舞い、上空より降下する。ただのそれだけ。しかしそれのみで十分なのだ。

 いかな混合兵でも、空の戦いをできる者は限られている。ヘルバロンはその数少ない一であり、そして総合的な戦闘能力であれば上級にも比する存在であった。

 故にこその自信。その一撃は強力無比だと。先ほどはただ相手が人間であったことの侮りがあっただけのこと。次は、無い。


「ジャアアッ!」


 漆黒の軌跡が空間を刻む。それは真っ直ぐにハイヴリッター十号へとただひたすらに突き進み――


「死にたくなかったらそこから動くな。……アーム・アップ」


 ――少しくぐもった声が、サンタとアキラの耳に届くと同時、激突。

 刹那に広がった衝撃波が舗装された地面を破壊し、土煙を巻き上げる。


「うおおっ!?」

「きゃあっ!」


 全身にたたきつけられる衝撃に、ハイヴリッター十号のすぐ後ろで倒れていたアキラとサンタは思わず悲鳴を上げ、気付いた。

 ――これだけなのか?

 自分たちはハイヴリッター十号のすぐ後ろに位置していた。少しでも後ろへと下がってしまえば、そのまま自分たちへと達する位置にだ。

 しかし実際、自分たちを襲ったのは激突による衝撃の余波のみである。

 ならば。


「軽い」

「馬鹿、なっ……!?」


 愕然とした声が、ヘルバロンから漏れ出ていた。

 受け止めている。受け止めたのだ。

 以上に肥大化している両腕の装甲。血とも火花ともつかない紅いモノが飛び散ってこそいるが、それだけだった。

 その先の両の掌が、しかとヘルバロンのかぎ爪を受け止めているのだ。


「馬鹿なァッ!」

「オォッ!」


 ハイヴリッター十号はそのまま力任せにヘルバロンを地面へとたたきつける。

 すさまじい衝撃だった。特殊セラミック製のタイルで舗装された地面が轟音とともに砕け散り、円形状に陥没する。

 その円周からはさらに膨大な土煙が巻き上がり、噴水広場の一角を、まるで雲のように包み込んだ。

 これなら――思わずよぎるその考えはしかし、サンタの腰を浮かせるには至らなかった。

 なぜなら、目の前にはこの背中がある。この背中が、言ったのだ。死にたくなければここから動くな、と。

 ならば信じるしかないだろう。すでにこの命はもう、この背中に預けると決めているのだから。

 そう、あの時から、最後にこの背中を見たあの時から――!


「フン!」


 ハイヴリッター十号は叩き付けたヘルバロンに拳を打ち下ろそうとするが、その寸前にヘルバロンは翼をはためかせて宙へとあがろうとする。そのまま引きずられそうになったハイヴリッター十号はすぐに手を離し、またも上空と地上という立ち位置に変わった。


「クッ……予想以上の力、少々驚きましたよ」


 地上を見下ろすヘルバロンの口から漏れ出てきたのは、苦々しげな口調だった。


「しかし、二度、二度だ。貴方は私の攻撃を二度防いだ。おかしな話だ、これほど不可思議な話はない」


 吐き捨てるように、ヘルバロンは続ける。


「貴方は十号といった。知っていますよ、《超人計画》。十体の裏切り者、そのどれもがこの被検体。その詳細こそ知らされていませんが、この一つの事実だけは、知っていますとも。――貴方が、未完成、不完全品であるということはっ!」


 言うなり、ヘルバロンは再び突貫する。今度は上空からの一撃ではなく、一度地面すれすれに降りて地を滑るように滑空する低空からの一撃だ。

 先ほどまでの二撃はすべからく上空からの一撃。重力を加えたそれは確かに威力は大きい。しかし力のベクトルが下にも向いている以上、威力を逃がす先として地面を利用することもできる。確か東洋の武術なるもので、そのような技法が伝わっているのだとヘルバロンはまだ人間だった頃に聞いたことがあった。

 しかし次は違う。力のベクトルは完全に地面と平行。踏ん張ることもできずに――無様に後ろの人間を巻き込むがいい!


「クカアアアアアアアアアッ!!」


 愉悦の笑みとともに漏れ出る咆哮には、どうしようもないほどに歓喜が含まれていることに、ヘルバロンは気付いていた。

 仕方が無いことだ。ヘルバロンはそれを否定しない。むしろ、肯定しよう。いいや、しなければならない。


「ダブルアーム・アップ」


 なぜならこれは、千載一遇の機会なのだから。

 あの雪辱を。己の恥部を払拭する、最後にして最大の好気なの――


「だから」


 めしり、と。


「軽い、と言った」


 ハイヴリッター十号の足が、地面にめり込み、その足首までもが陥没する。

 しかし、それだけ。

 その全身は一切の後退を見せず。

 異常に肥大化したその両腕から、いや全身から血しぶきをあげながらも、ハイヴリッター十号はヘルバロンを受け止めていた。


「な……チィッ!?」

「ぐッ……!」


 そのあまりの事態に呆けるも一瞬、このままではまた叩き付けられるやもしれぬ、その考えに反射的に至ったヘルバロンは再び翼をはためかせて重力の鎖を振り切る。

 それを阻止しようとしたハイヴリッター十号であったが、しかし苦悶の声を漏らすだけでその両腕には力はこもらない。肥大化していた両腕も元の太さに戻り、だらりと垂れ下がったその先には血だまりが形成され始めていた。

 傍目に見ても満身創痍。変身時点ですでにそうであったにもかかわらずの、その先である。

 死に体。もう動ける体ではなく、まして戦える状態には決して見えない。

 だが――


「なぜだ……」


 それでも、彼を見下ろすヘルバロンの顔に勝利の色はない。むしろ敗色さえ、ある。


「なぜだ! なぜその体でぇっ!?」

「……」

「知っている、知っているぞその体! 未完成、不完全なその体ァッ! 貴様は改造途中で救出された! 施された改造は、混合兵となるための下地のみ、ナノマシンの投与のみだ! 故にそのスペックは下級混合兵より少し優れている程度、下手をすればもっと低い! ――最後にして最弱の裏切り者、それが貴様のはずだ、ハイヴリッタァァ十号ォォッ!!」


 ハイヴリッター十号は答えない。ただ上下する肩のみが、彼の生存の証明となっている。

 そう、生きている。

 右目に明滅する光は相変わらず死んでいるかのような暗い光。

 しかし、立っている。立っているのだ。

 両足はくるぶしまで地に沈み、その周囲には血だまり。まるで血の沼に沈んでいくかのような、否、地獄から浮かび上がってきたかの如きの様相である。

 だが、その目の光は。暗い光は消えることなく、ただ上を見ている。見上げている。見据えている――ヘルバロンを。


「魂が……こもっていない」

「……何?」

「少なくとも……六年前に戦った連中は、全ての攻撃に自分の魂を、覚悟を乗せてきた。決して譲れないモノ。どんなモノでも釣り合いがとれないモノ、それを乗せてきたんだ。重くて、当たり前だ。でも、あんたにはそれがない」


 息も絶え絶え、血液ともオイルともつかない赤黒い液体は、未だに流れ続けている。

 それでもその目は。その目だけは、じぃっと、ヘルバロンを見据えているのだ。


「だから……あんたの攻撃は、軽い。ただ痛いだけ、強いだけの攻撃じゃあ、無理だ。それじゃあ僕は、殺せない」


 すぅ、と。ヘルバロンの顔から表情が消えていき、それに呼応するかのように、滞空していたヘルバロンがゆっくりと高度を落としていく。


「……ふざけるなよ」


 そして、つま先が地面についた、その瞬間。


「ふざけるなよ人間モドキがあああああああああああああっ!!」


 ヘルバロンの怒りが、咆哮となって広場を包み込んだ。

 それはすでに物理的な衝撃を伴って、戦場を形成していた下級混合兵をすらなぎ倒していく。


「我々は、我々混合兵は機械と生物の混合体! 完全で! 究極で! 最ッ高ォの! この世ありとあらゆる全ての存在よりも上位に位置する生命体なのだぞッ!! そこに意思など魂など非科学的なモノがッ! 介在するものか、あっていいわけないだろうがそんなこたぁぁぁああっ!!」


 そしてヘルバロンが両腕を掲げ、上半身の背後に飛膜による円が現れた時、怒号は砲撃へと変わった。

 飛膜をパラボラアンテナ代わりとし、超音波を一点に集中することにより放たれる音の大砲。それこそがヘルバロン最後にして最大の切り札である。飛膜を使用するため空を飛ぶことはかなわないが、それを補ってあまりある威力がある。


「貴様の異常な防御力の種ももう割れたんだよモドキィィッ! ナノマシン操作! そぉだろぉがぁっ!」


 不可視の砲弾が次々と動けぬハイヴリッター十号を襲った。


「ッ……ダブルアーム・アップ」


 ハイヴリッター十号はぎこちない動作で両腕を顔の前で交差させると、その肘より先が一瞬で肥大化する。


「貴様のその体の六割が人間で、残りの四割がナノマシンだ! ナノマシン投与型の混合兵はその操作により身体能力の強化を図る! 貴様はそれを極端にやってるだけなんだろぉ、そうだろうがぁっ! そのナノマシンをすべてぇっ、このままはぎ取ってくれるわぁっ!!」


 音の砲弾が直撃するたびに、装甲がはがれ、血しぶきが飛び散る。轟音が地面を揺らし、鼓膜を叩く。

 それでも――ハイヴリッター十号は、微動だにしない。


「……動くな」


 もしかすれば、この場から動けばもっと戦いやすくなるのかもしれない。そう考えたサンタに、くぐもった声が届いた。


「ッ、あんた……! で、でも、俺らがここに居れば……!」

「邪魔だ」


 しかしハイヴリッター十号の返答はそれだけだった。

 そうしてハイヴリッター十号はばきりと音をたてて両足を引き抜き、


「退がらない。魂の籠らない、意思の宿らない攻撃に、ハイヴリッターは退がらない!」


 一歩、足を踏み出す。

 直後その膝に音の大砲が直撃するが、その足の動きは、止まらない。

 一歩、一歩、一歩――

 僅かでも、震えていても。

 ただ、直進する。前に。敵に、向かって。


「ふざけるな、ふざけるなよモドキがっ! やせ我慢も程々にしないと見苦しいぞモドキがぁぁッ!」

「……だから」


 音の大砲が直撃するたびに、その歩みは遅れる。

 しかし、しかし。

 しかしそれでも――


「モドキィィィィィッ!!」


 ――ハイヴリッター十号は、退がらない!


「軽いと、言ったァッ!」


 ごっ、と。

 肥大化した右腕が、ヘルバロンへと振るわれる。

 しかしその寸前にヘルバロンは翼を羽ばたかせて、宙へと舞い戻った。


「モドキが……! モドキごときがァッ……!」


 見下ろすモノと見上げるモノ。再びこの位置関係に戻ってはいるが、しかしその精神的優位性は真逆である。

 その化外の顔には憤怒がありありと浮かんでおり、食いしばられむき出しとなった歯の間からは、不規則な息と唾液が漏れ出ている。

 無傷である。ダメージらしいダメージは未だ負っていないというのに、ヘルバロンはすでに敗者の様相を呈しているのだ。

 相対する相手は、今に倒れてもおかしくはない状態だというのにである。


「くっ……!」


 ――しかしそれでも、ヘルバロンは中級混合兵。日本攻撃部隊の一隊を任される程度の分別も有していた。

 屈辱に顔をゆがませながらも、それでもヘルバロンは頭の回転を取り戻しつつあった。不規則だった息は次第に整い始め、罅が入るほどに食いしばられた牙からは、ゆっくりと力が抜けていく。


「……いいでしょう、認めましょう」


 そうして最後に大きく息を吸い込み吐いて、ヘルバロンは目に憤怒を滾らせて、しかし冷静な口調で言った。


「なるほど、単純な戦闘技能だけならば私は貴方にかなわないようだ。その体、六年近くもメンテナンスを行っていないのも関わらずのその戦闘能力。さすがは、ハイヴリッターを名乗る者と言っておきましょうか。……だが、それも制限時間込みのまがい物」


 ヘルバロンが、くい、と首を動かすと、周囲を取り囲んでいた下級混合兵が一斉に距離を詰めてくる。


「知っていますとも、その体。改造途中で逃げ出したが故の欠陥、タイムリミット! そう、あるのです、その体には本来の完成品にはないはずの、拒絶反応が! 肉の体と機械の体の不和が! 故に存在する! 機械の体が全面に出てくる混合態でいられる制限時間が! 前大戦での記録によれば、その時間は約十分……そしてその体、まともに簡易整備すら行っていないのすら見て取れるその醜い体ではァッ! その時間はもっと短くなっているでしょぉよぉっ!!」

「……レッグ・アップ」


 天上より降りかかる嘲笑とともに襲いかかってくる下級混合兵に、しかしハイヴリッター十号は慌てずに肥大化した右足で蹴り飛ばす。そして一度膝をたたむと、軸足とした左足の踵を回し、その回転力を使って回し蹴りを放つ。

 三倍近くもその体積を増やした右足をまともに首にくらった下級混合兵は、轟音とともに隣の下級混合兵を巻き込み、その動きを停止させた。


「アーム・アップ」


 さらにハイヴリッター十号は右足を元に戻すと、後方より飛びかかる混合兵の喉を瞬時に肥大化した右の貫手で貫く。そして、火花を散らして全身を痙攣させる混合兵を力任せに振り回し、全方位から迫ってくる下級混合兵をなぎ倒していく。


「くくっ、その威勢はどこまで続くか、見物ですねぇっ!」


 その蹂躙ともとれる光景を見下ろしながら、しかしヘルバロンは嗤っていた。


「そのまま戦いなさい、戦って戦って、そして貴方はタイムリミットを迎え、自ら人間態に戻るのです! そうしなければ貴方は暴走する! 混合兵にとっての暴走とはすなわち死そのもの! 暴走して五分以内に誰かが強制的に行動不能にさせなければ、そのまま死ぬのです! そして貴方のその暴走は同じハイヴリッター三体が協力してようやく止められたほどのもの! しかし今、その戦力は貴方の隣にはない! つまりぃっ、貴方はもう自ら人間態に戻り、私に嬲り殺しにされる未来しかァッ――」

「――一つ聞くけれど」


 肥大化した左腕で、下級混合兵の首をつかみ持ち上げたハイヴリッター十号は、顔だけをヘルバロンに向けて、言った。


「なぜ、僕が自分から、混合態を解くことが前提になってるんだ?」

「……は?」

「確かに、あんたの言うことは間違っていない。この体はもう、あと一、二分もしないうちに暴走を迎える。でも、それがどうした」


 ばきり、と。

 ハイヴリッター十号の手が、混合兵の喉を握りつぶす。びくん、とひときわ大きく体を震わせた下級混合兵は、そのままだらんと四肢をたれ下げ、地面に落ちた後爆散した。


「暴走の後の死? それがどうした」

「何を……何を言っている」


 はったりだ。そうに決まっている。ヘルバロンは自分にそう言い聞かせた。だって、死とは恐ろしいのだ。あの、底なし沼に沈んでいくかのような、暗闇に無理矢理引きずり込まれていくかのような、あの感覚。誰だって嫌なはずだ。忌避するはずだ。

 だから、理解できない。ヘルバロンは、眼下のちっぽけな存在が、理解できない。


「いいや、むしろありがたいよ。戦って死ねるんなら、あっちのあの人らにも顔向けができる、言い訳ができるよ。あんた程度に殺されるよりも、はは、上等な死に方だ」


 しかしハイヴリッター十号はその声に笑い声すら含ませている。

 ヘルバロンは己の顔から笑みが消えていることに気付いた。さらに、すでにまともに動いている下級が一体もいないということも。


「は、はったりも大概にしなさい、モドキ如きが! あ、貴方が死ねば、一体誰が我々と戦うというのです!? 人間側につく裏切り者など、もはや貴方ぐらいでしょう! で、であれば、貴方が死ねば、それはすなわち、人間側の――」

「言っただろ。人間なんか、どうでもいいって」


 平坦な声で、ハイヴリッター十号が言った。


「僕が戦っているのは、あの人たちの戦いが無駄になるのが嫌だからだ、ただそれだけだ。人間? 知ったことかよ、そんなこと。僕は今も昔も、ただ、自分の自己満足の為にしか戦わない。ハイヴリッターが戦うのは、ほかの誰でもない、自分の為だ。自分の為でしか、ないんだよ」


 ハイヴリッター十号が、ゆっくりと腰を落とす。


「はっきり言おうか。僕は、死にたいんだ。でも、自分からは死ねないんだ。それは、自分の命をなげうって、僕を生かしてくれたあの人に対する裏切りだからな。でも、たとえお前ごときでも、混合兵と戦った末に死ねるんなら、言い訳ができる」


 ぼこり、と。ハイヴリッター十号の体が不可思議な隆起を見せた。


「リミテッド・アップ……!!」


 それは今までハイヴリッター十号が見せてきた肥大化ではない。頭部から順に、装甲がまるで溶けるように消えていって、人間の体へと戻っていくのだ。


「は、ははっ、何ですかそれは! 言っていることとやっていることとが全くの――」


 思わず声を上げたヘルバロンだったが、ハイヴリッター十号の変化が右足へと至った瞬間に、その笑みは凍り付いた。

 今までの肥大化ではない。大きさ自体は変わっていない。

 だが、そこに込められたエネルギーは、圧倒的な存在感は――


「ッ……!」


 ヘルバロンは理解した。

 右足にだけ、膝より下部にのみ残る装甲。

 アレは、アレは――!


「捨て身かァッ、貴様ァッ!」


 最低限の防御能力すら捨てての、攻撃能力の一点集中。ナノマシン投与型の混合兵でもやらないような、悪手の極みである。

 なるほど、下級混合兵よりも多少秀でている程度のスペックで、中級混合兵である自分の装甲を貫こうとするのならば、その程度は必要だろう。

 しかしそれは、まさしく死と隣り合わせの凶行だ。何せ己の身を守るナノマシンすら、攻撃部位に押し込めるのだ。ナノマシンの消えた部位の防御能力は、人間程度に下がってしまう。

 そう、人間だ。それはもう戦い以前の問題で、自殺行為以外の何物でもない。何せ死ぬのだ。すぐに死ぬのだ。下級混合兵に殴られただけでも死ぬ。僅かな攻撃の余波だけでも死ぬ。そしてそれは、決して敵の攻撃からのものだけとは限らない。――自分の攻撃の余波だけでも、やりようによっては死んでしまうのだ。

 ましてあの大勢。

 深く腰を落とし、装甲を残した右足に殆どの体重をかけている。

 明らかに後の先、カウンターを狙う大勢である。

 そして合わせるのはすなわち、ヘルバロンの降下による突撃ただ一つ。音の大砲は空に飛んでいれば使えない以上、残っている攻撃手段はそれだけだ。

 仮に地上に着地し、音の大砲を用いようとしても、それよりも早くアレは動くだろう。そうすればおそらくあの蹴りは、自分など容易く砕くに違いない。

 ならばこのままハイヴリッター十号が暴走するまで待つか。その選択肢も、ヘルバロンにはとれないでいた。

 何せ、少ないのだ。ほかの裏切り者どもと違い、このハイヴリッター十号の情報は、極端に少ない。かろうじて伝わっていたのは、その欠陥のみである。

 故に、ヘルバロンは知らない。ハイヴリッター十号が暴走した後の戦闘スタイルを。

 知っているのは、その暴走が、並み居る混合兵を屠り続けた裏切り者どもが、三人がかりでようやく戦闘不能に追い込んだという異常な戦闘能力のみ。

 だからとれない。仮にこのままタイムリミットを迎えれば、おそらく、いいや、間違いなくハイヴリッター十号は暴走を選ぶだろう。

 そして、その後の戦闘スタイルが、空をも戦場にできるものであれば――


「ッ……!」


 ヘルバロンの喉が上下する。喘ぐように息が荒くなり、遙か下方にいるはずのハイヴリッター十号が、まるでこちらに迫ってくるかのような圧迫感さえ、彼は覚えていた。

 だが、チャンスはある。

 何せあの体制。必ずこちらが先をとれるだろう。加えて今のハイヴリッター十号は、全てのナノマシンを右足に集中させている為に、その他のスペックは全てが人間程度に収まっているはずだ。

 ならば、その人間では反応できぬ速度域で突撃すれば、それだけで勝負は決す――


「……ぁ」


 そこで、はた、と。

 ヘルバロンは突撃しかけた己に急制動をかける。

 忘れていた。忘れてしまっていた。

 あの男は、ハイヴリッター十号は。

 死を、恐れていたか?


「ぁあっ……!」


 無理だ。だって無理だ。

 このまま突撃すればなるほど、アレは殺せる。

 しかし次に待っているのは、死と引き替えに放たれた、あの右足だ。

 ソレは、無理だ。絶対に、耐えられない。

 何せ防ぐのだ。自分の全速全力。その突撃を、完全に防いでしまうのだ。

 ただの人間に、それだけの力を宿らせる全てが、あの右足に籠っているのだ。

 ――間違いなく、自分も、死ぬ。


「ぁぁあああっ……!!」


 すでに、ヘルバロンに選択肢はなかった。

 死にたくない。その一心でこの体になった。故にその行動原理も、それだけである。

 だからこそこの行動は当然。ヘルバロンは背を向け、そのまま基地へと逃げようとしたのである。

 ――だが。

 ヘルバロンは見誤った。

 生き抜きたいのならば、そのまま突撃するべきであったのだ。

 そうすれば、すでに満身創痍のハイヴリッター十号は、反撃する力さえ残らず死んだろう。

 だが――ヘルバロンは逃げた。

 背を、向けたのだ。

 故に。


「――残念」


 ヘルバロンは、聞いた。背後で大爆発が起こったかのような、轟音を。

 そしてそれが、ヘルバロンが耳にした最後の音だった。


「死にぞこなった、か……」


 真っ二つに引き裂かれたヘルバロンよりも遙か上空で、そこだけが装甲に覆われている『右腕のみ』を振り抜いた体勢で。

 ゆっくりと重力に引かれ落ちていく感覚に身を任せながら、ハイヴリッター十号――三森進は、そうぽつりと呟いた。








3/12 修正

3/13 修正


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