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序1


 まるで割れた鏡の破片のようだった。

 粉々にきらめかしく、ひとつぶごとに写るのは己の虚像。


 そんなことはどうでもよくて、今年の夏はひたすらに暑い。

 ゆえに、こうして僕は、ひとり虚しくカキ氷なんぞをやっているわけだ。

 お高価(たか)い天然氷を使うわけでもない、冷凍庫から出した気泡だらけの氷ときたら、力いっぱいガリガリやっても粗い粒になるばかり。口当たりはさぞかし悪かろうけれど、涼をとるためなのだから食感などは埒外にある。

 と、いいつつ、この手回しカキ氷機というやつは、涼をとるどころか、返って暑い。まったく本末転倒に腹立たしいこと限りない。

 もとより室内(インドア)派な僕ときたら、一応、夏らしく浴衣を着ているのだが、皮膚がなまっちろいので、こういう空が紫色した逢魔(おうま)(どき)に路上をふらふらしていると幽霊と見間違われるくらいのもので、フレッシュな汗とか無縁だ。むしろ、こんなことで汗だくになるんだ、だから幽霊じゃないんだぞ? と、かすかに胸を張るくらいのもので、正直、この程度で汗だくなのはみっともない。

 しかし、やはり冷凍庫製氷の氷はキメがあらくて、カキ氷機をまわすのは、僕の細腕ではえらく重労働だったりもするのだ。

 そもそも、このカキ氷をすることを思い立ったのは、いましがた、電気料金未納で、ここ『満月堂』の電気が全て止まってしまったからで、冷蔵庫にあるものを早々に処分しなければ食材が痛むと考えたためだ。とはいえ、冷蔵庫に食材など微塵もはいっておらず、ただ氷だけがあった。せっかく電気代を支払っている分の微かな利益であるところの氷をそのまま水に帰することは、この僕の貧乏性に甚だしく反するので、こうやってガリガリやっているわけである。

 しかし、ポリシーというヤツはちっとも金にならない。どころか、このスカンピン状態にあって、わざわざ敢えて自分に不得手な重労働をすることによって、カロリーを消費しまくり、空腹ここに極まる。

「なんで君はそう……、怒りながら氷けずってんの?」

「オトコにはやらねばならぬときがあるのだ!」

 えいやぁっ、と腰をいれてハンドルをまわすと、ごりっと大粒のカキ氷が皿に落ちたらしい。

 ふうふうと息をつきながら、僕はいろいろと諦めた。

 もうたくさんだ。

「……、今日はこのぐらいにしといてやろう」

「あのね、あたしに勝ち誇らなくてもいいから」

 呆れ顔をスルーしつつ、なんらの味もしない氷をしゃくって頬張る。

 狙い通りというか、口の中にざりざりとした氷のつぶてが襲来し、でも、それはすぐさま溶ける。でもヒリヒリするほどの冷たい刺激を受けて、いわゆるアイスクリーム頭痛で後頭部がキーンとする。

「おいしい?」

「……くっ! ……悪くない」

 本来なら、七転八倒のこの痛み。

 耐えるのは、目の前にいるコイツが、僕の痛みを察知すると心配そうな顔をするためだ。

 彼女には、痛覚がない。

 ……そもそも、彼女と呼んでいいのかどうかもあやうい。


 僕、柊ルウドは、少々特殊な出生の秘密がある。

 彼女(?)のことを説明するには、僕のことから説明しなければならないという面倒くささは、味なしのカキ氷を作るのといい勝負だ。

 埼玉県は加須市、中途半端な商店街の片隅に僕はいるわけだが、そもそも、名前から察していただけるとおり、本当は日本人ではない。

 と、いうか、どうも地球人でもないらしい。

 らしい、というのは、先日、母がこんなことを言い残して言ったからだ。

「ちょっとお母さん、あっちの世界にやることできたから、お留守番よろしくね」

「……あっち、というと」

「あら、ルウドにはまだ教えてなかったかしら? やぁねぇ、あたし、あっちの世界では勇者様のお供の魔女なのよ」

「……」

 ネットゲーム依存でとうとう頭が吹っ飛んだところまでいってしまったのか、と。

 むしろ、そのほうが幾分マシであったような気がするのは、その後の母の行動だ。

 おもむろに

「ちょっときて」

 と母は僕をトイレにいざない

「母さん、親子で用をたす趣味はないよ」

 と、無理に平静をとりつくろっている僕を尻目にして、母は様式便器の中に片足を突っ込み、そのまま下水へ……、いや、異世界へ旅立ってしまった。

 と、思いきや、顔だけ便器の中から覗かせて

「生活費その他は自分でなんとかしてね」

 と、にっこり微笑むシュールな画像を最後に、母はやはり異世界へ行ったまま、帰ってくる気配がない。


 ……なんなんだ、あっちの世界。

 うちのトイレはあっちの世界と繋がっているのか。

 じゃあ、例えばいままでブリブリしてきたものは、すべてあっちの世界とやらに行っているのか。

 ひょっとして、あっちの世界を僕がさらなる汚物まみれにすることができれば、母は臭いにやられて帰ってくるのではあるまいか。

 そして用を足している最中に便器から母の頭が、僕のケツの下にきたら、いろいろとツケを払わせることができるのではないだろうか。


 と、考えなくもないわけだが、口うるさく、勉強しろだの彼女をつくれだの言ってくる保護者がいない生活のほうも捨て難いわけで。

 もしくは自分があっちの世界にいってみたいとか、そういうおぼろな期待があるわけで。

 ……ちなみに、僕が後をおいかけようとトイレに足をつっこんだら、不快に靴下が濡れただけという結果に終わった。

 と、いうわけで、商店街の片隅、母が切り盛りしている「満月堂」という占いの館を預かって、僕はひとり暮らしを満喫しはじめた。

 が、……客がこない。

 母ときたら、本当に生活費その他を僕において置くとかいうことをしなかったために(なぜか「未成年営業許可証」とかいうお墨付きだけおいていきやがった)、僕の貯金を切り崩し、などなど、なんとか生活してきたものの、新たな収入の見込みがない。

 ガス、水道、最後に電気ととまり、今日の食べ物にすら困るありさまのこのごろだ。

 独り親の苦労というヤツがなんとなく分かった。

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