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脳片鱗幻影  作者: 多加也 草子
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第15話逃走

「沙也! 総元!」

 ウィーロードの声が聞こえた。 すごい頭痛だ。そうよ、私はまだ頭を開く手術をしてまだ数日なのよ。なのに、こんなショックを与えるのなんてひどいわ。ひど過ぎる。何とか目を開くと、私の部屋のベッドにいた。ウィロードが私を見ていた。私は眼を見開き、上体を起こした。

「裏切り者!」

「沙也だね。総元は?」

 ウィロードは、昔、抱いてくれた頃の優しい声を発した。

「総元はわからないわ」

 私はなぜかその声に何もかも許してしまいそうな気分になった。ああ、なんて私は愚かなのだろう。

「総元は教祖として、あるまじき行為をしたんだ。自分の意識を永遠にしようなんて。ただの自己愛でしかないだろう? 信者のために生きるべきなんだ。彼らが生命を全力で生き、そして、幸福に死んでいく事。それが人間のあるべき姿だ」

 ああ、この男はずるい。私をすぐに諭してしまう。私の手下として、一生、尽くしてもらうために、私は総元を受け入れたのに。ウィロードを許してしまいそうな自分から逃れるために、総元を捜した。私の意識は引っ込むから、総元出てきて。

 ピクッ、ピクピクピクッ!

 私は突然、痙攣に襲われた。全身が震えた。頭が割れるように痛い。

「ああっ、ああっ、ああっ!」

 そして、大きくブルッと震えて、再び意識を失った。


 赤い破片、ひらひらと落ちていく。


 額に温もりを感じ、目が覚めた。手術で筑恩寺博士の助手を務めた総元病院の医師の早瀬がいた。早瀬が言うには、教団の上層部は皆、ウィロードに付いて行く気でいるのだそうだ。

「あなたにはとんだ災難だ」

 早瀬は優しく言ったが、私は釘でも刺された気分だ。私は愛した振りをしたウィロードを自分の配下にする為に手術をしたのだ。私はなんて浅はかだったのだろう。ああ、そうだ。総元はどこにいるのだろう。どこに。私は総元の意識を捜したが何も感じる事が出来なかった。

「総元が……」

 私は彼の消滅を直感した。

「痙攣は危険な兆候だ。おそらく、ウィロードの裏切りに耐え切れなかったのでしょう。消滅してしまった可能性はあります。

「消滅なんて……。では、残ったのはこの頭の傷と不自由な脚だけだわ」

「いや、総元が消滅したとなると、ちゃんと歩けると思います」

 私は早瀬の言葉に期待を込めてベッドを降りた。頭痛のせいで朦朧としてふらついたが、確かに歩く事は出来た。

「これが証拠になった。総元が支配するはずの右脳の機能はあなたが支配している」

 なんて短かったのだろう。彼と私は何も共同で行えなかった。私は無言で笑った。嬉しさなのか悔しさなのか、笑顔はやがて泣き顔になり、堪らずベッドに顔を伏せた。早瀬は静かに出て行った。


 ふと、目が覚めた。泣いたまま眠ってしまったようだ。時計を見た。2時を示していた。窓の外は暗いので午前2時だろう。

 これから、私はどうなるのであろう。ウィロードは、脳移植を知っている者皆を、監禁するか殺すだろう。私が小さな頃から感じていた生命力の無さが導いた結果が、ここでの死なのかもしれない。どうせなら、総元に肉体を乗っ取られて意識がいつの間にか消滅する方がよかったのに。人生なんて自分が思い描いたようには進まないものだ。

「ああ、もう死にたい!」


 愛されない子なんていないわよ。


 突然、慶子さんの声が聞こえた気がした。ああっ、慶子さんはどうなったのだろう。慶子さんも保君も、遠野さんも辻本さんも、皆、殺されるのかしら? それはいけない! 皆が私に協力してくれた。私はウィロードを私の部下として扱うことしか考えていなかったのに。

 シュルシュル!

 突然、わずかに何かが擦れたような音が聞こえた。

 シュルシュル!

 何?

 私は廊下に出ようとドアノブを回した。鍵がかかっていた。バルコニーに出てみた。2つ先の部屋のバルコニーから布が下げられていた。人影がその下に4つ見えた。人影は庭の垣根まで走り、そこを抜けて行った。あの部屋は保君の部屋だ。あの4人は、慶子さん保君、遠野さん辻本さんだ。

 皆、まだ無事だったんだ。よかった。

 そして、私は目を見開いた。


 ああっ、待って。私を、私を連れて行って!

 私も生きたい!

 

 私は素早くシーツを2枚つなげ、先をバルコニーに結んだ。そして、滑り降りた。

 私も彼らに付いて行かなければ! ウィロードに裏切られたら、彼らを頼りにするしかない。そう、そして生きたい。まだ朦朧としてふらつく足取りで、私は彼らを追いかけた。垣根の彼らが通り抜けた辺りに行くと、わずかな隙間があった。そこを抜けると林が広がっていた。暗闇の中、遠くに人の気配を感じた。その気配を頼りに、林の中の潅木をさけ、熊笹を踏みつけながら、そろそろと走った。踏んでしまった小枝が割れて辺りに響いた。後ろを振り返った。抜けて来た庭の方から声が聞こえた。気が付かれたのかもしれない。逃げなければ。何としてでも逃げなければ。私は走った。そして、倉庫が見えてきた。4つの影がその前にいるのが見えた。どうやら、鍵のかかったシャッターを力ずくで開けようとしているようだ。

「1、2、3!」

 そんな声が聞こえてきた。そろそろと私は近づいた。

「私も手伝うわ」

 私が声を出すと、一同が振り向いた。

「総元?」

 遠野さんが怯えるように言った。

「違うわよ。私は沙也よ」

「いや、沙也さんは消えたはず。ウィロードが言っていたぞ」

 遠野さんは、私が追っ手だと思っているようだ。

「私は沙也よ。総元の方が消えたの。さあ、そんな事言っている暇はないでしょ。私も手伝うわ。だから一緒に連れて行って」

「そうよ。急がなければ」

 慶子さんが私に笑顔をくれた。5人はシャッターの前に並んだ。

「1、2、3!」

 カンッ! ガタガタガタ!

 シャッターは勢いよく巻き上がった。中には3台の車が並んでいた。1番奥に保君のサニーがあった。ボンネットの右側がへこみ、サイドミラーがなかった。事故で割れたフロントガラスはきれいに取られていた。保君がスペアキーを隠していたと言う車体の下を手探りで探した。

「あった!」

 5人は車に乗り込んだ。

「頼むぞ、サニーちゃん」

 保君が祈りながらキーを回した。

 少し頼りない音をたてながらエンジンが始動した。

「やったな」

 遠野さんが保君の肩を叩くと、皆も保君に親指を立てて笑顔を贈った。

 静かにサニーは動き出した。林を抜け、セミナー会場の白いドームを抜けた。SOGENの工場を過ぎ、以前に保君が事故を起こした辺りまで来た。

「わかっていると思うけど、狭い道よ」

 私はあの時の無残な光景を思い出した。優美ちゃんが頭から血を流して担架で運ばれた場所だ。

「ああ」

 一同、事故を思い出したのか、声が重い。慎重に車は走った。その空気の重さを感じたのか慶子さんが言葉を発した。

「私たちは、突然、保君の部屋に閉じ込められたの。ウィロードが銃で脅したわ。手術が成功して、博士が私たちはもう用済みだと言ったから、お客扱いはやめだって。俺がどうするか決めるまでここに居ろって。それで、逃げようと言うことになったの。ねえ、総元はどうしたの?」

「あなたたち、セミナーには出ていないわよね? 私を、総元の意識を持つ後継者として発表する際、ウィロードが裏切ったの。ウィロードは自分が後継者だと言ったわ。私は総元が倒れた事で発狂してしまったと言われ、拘束されたのよ。私、ものすごい痙攣に襲われて、早瀬は、その時に総元はショックで消滅したのだろうと言っていたわ」

「筑恩寺は、どうなったの? 今の話だと筑恩寺はもう用済みね」

 慶子さんは顔を顰めて、心配そうに聞いた。

「彼も拘束されたわ」

 ふと、バックミラーに1粒の明かりが見えた。

「追って来たわ」

 私は後ろを向いて確認しながら叫んだ。

「くそ!」

 保君がアクセルを吹かした。

「ごめんなさい。私のせいかも」

 私は皆の足手まといになっているかもしれない。

「ああ、そうだ」

 遠野さんが冷たく言い放った。

「でも、俺はうれしいけれどね」

 今度は遠野さんは耳を赤くしながら明るく言った。

「ねえ、止めて」

 慶子さんが叫んだ。

「何を言っているのですか? 捕まりますよ」

 保君はアクセルを緩めないまま、バックミラー越しに慶子さんを見た。

「私、筑恩寺が心配だわ。私、1人で戻るわ」

「博士は、もう、研究しか頭にない人になってしまったのですよ。この1ヶ月半、同じ建物にいながら、博士は慶子さんに見向きもしていないでしょ」

「拳さん、言い過ぎですよ」

 保君が遠野さんを戒めた。

「それでも……それでも、私はあの人を愛していたのよ。拘束されたなんて聞いたら、助けずにはいられない」

 慶子さんは涙を流した。

「知っています?」

 保君が、明るい声で言った。

「何をだ?」

 遠野さんは意味不明だという風に言った。

「俺たちは今や運命共同体だってこと!」

 保君はそうに言うと、思い切りハンドルを切った。

「戻って、筑恩寺博士を助けます」

 追ってと正面で向かい合った。保君は勢いよくアクセルを踏み、わずかな追っての車と崖の間に向けて走り出した。

「おい、無茶するなよ!」

 遠野さんは怯えていた。それに対して、保君は明るい声で言った。

「大丈夫でしょ」

 サニーは追っての車にかすりながら何とかその隙間を抜けた。

「さあ、我々の師を助けに行きますよ」

「おい、保! 勝手に決めるな!」

 遠野さんは助手席で吠えていた。後部座席の私を始め、慶子さん辻本さんは、既に保君の言動に惚れ惚れしていた。

「いえ、もう、誰も失いたくはないですから」

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