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脳片鱗幻影  作者: 多加也 草子
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第13話説得

「むなしかったわ」

 私は長い1人語りに疲れ、ソファに沈み込んだ。

「優美ちゃんは、輝くばかりの笑顔だったわ。私は彼女に嫉妬していたのよ。あんな幸せそうな表情を見たことがなかった。皆に囲まれて、かわいがられて。慶子さん、皆、初めはどうであれ、優美ちゃんを大切にしていたわ。優美ちゃんも、そこに幸せを感じていたのよ」

 私は優美ちゃんを思い出すと心が和んだ。私も、もっと素直に生きて来れば良かったのに、かわいくない生き方をしてきた。

 皆、一様に黙っていた。慶子さんがお茶を入れてくれた。

「我々は優美ちゃんに対して実験対象には考えていなかったのですよ。正直、まだまだ、移植は先の話だと考えていたのです。まだ、解明されていない事も多かった。彼女は、俺たちにとって、あの暗い研究室の花だった」

 辻本さんは誰に言うでもなく、ぼそぼそと言った。そして、皆、無言になった。

 沈黙を破ったのは、遠野さんだった。

「沙也さん、1つ聞いても良いですか? さっきの話からすると、大学で騒ぎを起こしたのは故意ですか?」

「ええ、研究室は筑恩時博士が脳移植の研究を始めると言った時から閉鎖の方向に向かっていたはずよ。大学側はきっかけが欲しかっただけね」

 私は淡々と話した。遠野さんが立ち上がり、私の前に立った。

「もう1つ聞きたい。沙也さんは我々の味方? それとも敵?」

「どちらでもないわよ」

 私は挑戦的な笑顔を向けた。

「私は総元の脳を私の頭に入れてもらいたいの」

「それがわからないなあ。どうせなら、ここから解放されたいのではないの?」

 遠野さんは、それなら手助けするよと言う風に聞いた。

「彼らを敵には回せないわ。総元は肉体的に限界を感じて焦っているの。ウィロードは彼に完全に洗脳されていてだめよ。私、彼が銃を持っている所を見たことがあるの。彼は総元の為に裏で随分と汚い事もやっているようなの。私が逃げ出せば、彼は何をするかわからないわ。笑ってしまうわね、人の道を説く教祖が、老いを、そして寿命を恐れているなんて。表向きは、総元のカリスマ性が今の総元教を作り上げたのだから、彼がいなくなれば信者が路頭に迷うと言うのよ。本当は自分が滅びたくないだけなのに」

 私は是が非でも皆に移植に賛成して欲しかった。

「沙也さんは自分の精神が滅びてしまうことに恐れはないのですか? 優美は消滅してしまった。まだ研究途中の段階での手術次第では、今度は、移植した脳細胞があなたの脳を支配する可能性もある。いや、恐らく総元の意識が支配していく方向で研究は進んで行くでしょう」

 保君が静かに、私の本当の意志を聞き出そうと言うように聞いた。

「でも、私の脳は基本的に残すのでしょう。総元の脳はほんの一部でしょう。支配されないわ」

「いや、その一部が脳を支配する研究をしています。あなたは消滅、または閉じ込められるかもしれない」

「いいわよ。その時はその時よ。老人の脳がこの私の肉体を支配する。それもまた一興よ。そして、私が老人になる頃、筑恩寺博士の教え子が手術をして、後継者に受け継がれる。私は永遠のカリスマの一時の入れ物。それも良いってものよ。とにかく、私は総元教の代表者になる運命を選んだのよ。そして、ウィロードは一生、私の部下なの」

 私が笑顔を作ると、慶子さんは私の隣に座り肩を抱いた。

「何?」

「あなた、ウィロードさんを好きなのでしょう? 素直になりなさい。そして、こんな馬鹿な研究の糧になろうなんて考えないで。優美ちゃんは好きな人の脳に入ったの。それで幸せと言っていた。でも、生きられていた方がどんなによかったか。ねえ、みんなでここから逃げ出しましょ」

 一同が無言で見つめあった。

「私が望んでいるのだから、手術はしてもらうわ。そして、総元教が私のものになったら、あなたたちは解放してもらう。約束する。だから、優美さんのことは黙っていて。彼女の意志はまだ存在するのよ」

「俺は研究者として、手術はしたいと望んでいる。研究者としての性かなあ。沙也さんがやりたいというのなら、やればいいと思う。俺たちここに来る前から、筑恩寺博士の研究グループの人間はお断りなんて言われてどこの研究グループにも入れなかったし。それなら、行くところまで行ってもいいのじゃないかって思う」

 遠野さんは私の前に立ち、笑って見せた。

「そうですね。行くところまで行きましょう」

 辻本さんも遠野さんと並んで立って、笑顔を見せた。保君は無言で並んだ。

「付いて行くわよ。あなたたちの望んだ道をね」

 慶子さんも隣に並び、私に笑って見せて言った。

「そうそう、1つ言っておくわ。愛されなかった子供なんていないわよ。親に愛されなくたっていいのよ。誰かが、きっとあなたを愛していたわ。それは一瞬の出会いの人かもしれない。それでも一瞬の愛を受けているはずよ。それで充分だと思わない?」


「優美さん、今日の記憶はどのくらい残っていますか?」

 博士は注意深く答えを待った。日々少なくなっていく優美ちゃんの記憶に、手術の失敗を考えているのであろう。

「今日は朝食から覚えています。昼まで部屋で記録を書いていました。昼過ぎはやはり部屋で辻本さんや遠野さんとこの表情について話し合っていました。記憶はほとんどあるので、血管の流れが回復したのではと、みなさんが話していました」

 保君は優美ちゃんの話し方をまねていた。私は博士の横に立っていた。保君は私にわずかに頷いた。私も頷いて見せた。

 今までの優美ちゃんの表情と頭痛は、手術の際の血管造営の時のかさぶたが引き起こしたと言う理由をこじつけた。遠野さんの案だ。筑恩寺博士をどこまで騙しきれるかはわからないが、やれるところまでやろうと言うのが皆の意見だった。師への裏切り行為を、皆が私の為に覚悟してくれたのだ。

 筑恩寺博士は、研究に没頭するあまり、弟子の心離れには気が付きはしないだろうと、皆が確信していた。研究の時以外は、皆に会いもしないのだ。すぐ近くにある総元病院で、脳外科の手術も行っていて、総元と私の手術に向けて準備に余念がなかった。

「私たちの手術も順調に行くことを祈りますわ」

 私は博士に笑顔を送った。


 その日の夜、再び、遠野さん、辻本さん、慶子さんと私は、保君の部屋に集まった。皆で唐沢優美ちゃんの弔いをした。私は、雨の夜、保君と優美ちゃんに「私を抱いて」と言ったことを思い出した。私はひどいことをしたものだ。優美ちゃんにはどれほどショックであっただろう。

「ごめんなさいね、優美ちゃん。そして、安らかに」

 それから、1週間、偽りの報告書の作成と研究に皆が取り組んでくれた。

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