悪役になる前に舞台から降りた
ずっと考えていた計画を実行して、一週間過ぎた。
「あっ、やっと、居なくなったのに気づいたんだ」
「遅いな。本当に何をやっていたんだ」
街の喧騒の中で警備の者たちが小声で話をしているのを風の魔法を使って音を拾って、それに耳を澄ますとセラフィナイトが不快気に……いや、殺気の籠もった視線をどこかに向けて、腰に下げている剣に手を伸ばす。
「セラフィ」
駄目よとそっと引き留めるとすぐに殺気を抑える。
「あの人たちが愚かだったから私はここまで逃げられたのよ。感謝しないと」
「だが、ここまで愚かだったからカナがこのような選択を選ぶ羽目になったのだろう」
「でも、そのお陰で貴方に会えたのよ」
「……………」
私の言葉に、セラフィナイトはすぐに機嫌をよくする。その様を見て可愛らしいとそっと笑ってしまう。
笑っているが、詳しい話を聞くために音を拾い続ける。
カナティア・アグネシーア侯爵令嬢が行方不明になったという話題。その事実に今朝気付いて動き出したとか。
(セラフィが言っていたけど、そうとしか思えないわね。ほんと)
カナティアからすれば今更感しかない。
家を出たのは一週間前。
気付いたのは今朝という事実なのだから。
カナティア・アグネシーアが前世の記憶を取り戻したのは偶然だった。
いつものように双子の妹とだけ食事に出かけてしまった両親を窓から見つめている時。いきなり頭が痛みだして前世の記憶が戻った。
急に頭を押さえて苦しんでいるが、近くにいたメイドたちは相手をしない。数時間後に食事から帰ってきた両親が青白い顔でベッドで休んでいる娘を一瞥して、
「仮病を使うな」
と冷たく告げた時にはすでに前世の記憶と今の記憶が整理されていた。
ああ、ここは、タイトルは忘れたけど、何かの物語で、カナティアは悪役だった。
みんなに愛されている主人公が自分の婚約者まで主人公に親しくしているのを知って嫉妬のあまりに嫌がらせをする悪役。そして、処罰される設定としか覚えていないが……実際そのカナティアに転生して感じた。
おかしくないか。
カナティアは家族に冷遇されてきた。男子のいない双子の姉であり、二卵性の双子で、両親が毛嫌いしていた祖母……父親から見れば実の母に似ていたという理由。ちなみにその祖母は女傑と呼ばれるほどで、祖父……父親からすれば実の父がいろいろやらかして借金まみれだったこのアグネシーア侯爵家に嫁いでから持ち直して一気に黒字にした立役者であった。しかも、赤字は領民から貪ればいいという代々のやらかしに対して誠心誠意謝罪して領民の生活も豊かにした方で今でも領民に慕われている。
そんな代々のやらかしを知っているからこそ領民大事にと厳しく育てたのだが、父からすれば甘やかしてくれる祖父に嫌がらせをした母という認識で、嫌っていた。そんな経緯で、目の上のたん瘤だった母が亡くなってから元の侯爵家の生活に逆戻り……ちなみに祖母の死因は過労だった。お労しい……。
そんなさなかで生まれた祖母似のカナティアは祖母にされた諸々に対しての復讐相手でもあり、嫌悪感で冷遇したくなる相手だった。というわけだ……。
そんなことで双子の妹は愛する妻にそっくりだから甘やかして、嫌っていた母そっくりな娘は自分の嫌いな仕事を押し付ける相手として扱った。
まあ、侯爵家の跡取りだからということで甘んじて受け入れていたし、今の段階にはいないけど、物語の段階では婚約者も居た。
この家庭環境で育って、心のよりどころだったのが婚約者だった。その婚約者が別の女性と親しくなっているから嫌がらせって当然でしょう。
若干、メンヘラが入っているかもしれないけど、婚約者なんだからもっと仲よくしようとするかせめて婚約関係を清算してから他の女性と親しくなればいいのに。
これ、悲しき悪役ポジだよね。
それで処罰されるっておかしいよね。せめて、自分を冷遇した家族を巻き込んでいればいいけど、そんなことは触れていなかったし。
(もしかして、家族を巻き込んで処罰されたい悪役令嬢ポジだったのかもしれない。こういう罪って、連座だろうし……)
もし、それなら盛大な失敗ってことだ。
うん。そんな末路にしかならない未来を考えたら絶対阻止したいと思うのが人間だよね。
「悪役として家族を巻き込む……は無理だったのは原作で分かっているし……」
ならばどんな手段を取るべきだろうか。このままドアマットはお断りだ。冷遇ポジでいる理由などない。
「まず、この屋敷以外の生活を知らないと無理よね……」
そんな判断をしてから。私は自分の生活を変えた。
最初は仕事をしている部屋に誰も来ないのを確認して屋敷を抜け出した。服はもともと質素なものを与えられていたので変装する必要性がなかった。……毛嫌いしている娘に金を使うつもりがないという態度がありありと出ているなと前世の記憶を思い出してからの今の現状は怒りしか湧かない。
部屋からすんなり抜け出して、どれくらいの時間に家族と家に仕えている者たちが気づくか庭で様子を窺ったが、数時間過ぎても誰も気付くことなく騒ぎも起きていない。実は抜け出して庭にいるのがばれているのかもとやり方を変えて屋敷の外――街に出てみた。
結果は酷かった。
試したのは朝早くから昼食の時間までだったが、誰も気付いていなかった。
執務室に残された書類が増えていたのに誰も何とも思っておらず、仕事をしておけとだけ言われる。
たまたまだろうかと数日に分けて試して、時間も伸ばしたが、結果は変わらない。
無関心とは思っていたがここまでだとは思わなかった。
ちくっ
前世の記憶が混在しているが、まだわずかに残っていたカナティアだった心が痛みを訴える。仕事をすれば、真面目に淑女教育をしていれば愛してもらえると期待していた幼い心が悲鳴をあげているのをそっと慰めるように胸を抑える。
誰も愛していなくても、無関心でも。カナティアはカナティアを愛しているし、その今までの努力を知っている。だから泣かなくていいとそっと思い出す前のわたくしに伝えるように。
誰も愛さないのなら期待しない。そう言い聞かせると、次にこの世界の常識を学ぶことにした。父親がするべき公務を押し付けられてきたが書類上のことや貴族の常識しか知らない。
庶民の常識。主に金銭のことを知りたかったので町を散策しながら探っていく。
「……なるほど、冒険者になってランクを高めればある程度の生活は保障されるし、他国からの移民でも戸籍を作れるのね」
ならば、冒険者になってみよう。薬草採取とかの仕事なら子供でも出来るようだ。
戸籍もお金も冒険者になって用意すればいいと思ったのもあるが、一番の理由は前世の漫画や小説の憧れもあった。
そう決意して、冒険者登録を即行で行った。
冒険者名はカナ。カナティアという本名でなくてもよかったので。
冒険者登録で時間が掛かっても家族はやはり気付いていなかった時は胸がやはり痛んだ。
「貴族の知識ってやはりあると便利なのね……」
薬草採取の仕事。集める薬草の品種を見て、高値な理由に納得がいった。
似たような草があって、採取の際に気を付けないといけない留意点がある。それを冒険者になったばかりの子供は実地で覚えるが、わたくしには貴族教育という知識でその薬草に関しての知識があった。あくまで机上の知識なので実地でするのとは異なってそれもまた苦労が多かったが、それで稼いだお金はかなりの額なのは街を散策して調査をしていたから知っていた。
初めて手にしたお小遣い。これが計画の第二歩だと勢いづいて歩いている矢先だった。
街の一歩外れたところに闇がある。前世の世界ではあまり見かけなかった豊かさの裏側の町の暗部。そこに一人の少年が倒れていた。
「……………」
気付かなかったらそのままだった。でも、気付いてしまった。
気付いてしまった時点で、それを放置することはできなかった。
「生きているわね……」
確認をして、必死に背負う。貴族の知識の一環で魔法を学んでいたので風の魔法で重さを負担してもらったが、それにしても軽い。
たぶん、食事もまともに取っていないのだろう。
病院とか医者と思ったけど、屋敷に連れ帰り、自室で看病した。
「これも気付かないのね……」
みんなと一緒に食べないで自室で食べるという変化も、部屋の中に誰かが居るという環境にも誰も気付かない。
服を泥や草の汁で汚して帰ってきても何も言われない。
食べ物でべたべたに汚れたドレスが一緒に洗濯されていたから意識されなかったのだろう。
「食べるものも着るものも不自由しないわたくしと、食べるものも屋根の下で暮らすのもままならない貴方とどちらが幸せなんでしょうね……」
何日も自室に男性を連れ込んでの看病。なのに誰も気付かないで、無関心。記憶を取り戻す前なら普通だった行為だが、カナティアは貴族令嬢だ。それはおかしいと前世の記憶が戻った今なら断言できる。
まあ、でも今は都合がいいだろう。
「あんたの家。おかしいな……」
セラフィナイトもそう感じたのだろう。食事の量は貴族令嬢らしく贅沢品で残してもいいくらいのたくさんの量。二人分を超えているとしか言えない量なので二人で分けても支障はない。流石にカトラリーなどは一緒に使えないからこっそり余分に購入して、外に出るタイミングで洗っている。
「セラフィでもそう思えるのね。変だと感じるわたくしがおかしいのかと思っていたわ」
食堂で食べていた時は家族に囲まれていても寂しさを感じていたが、セラフィライトと食べると楽しいのはたぶんわたくしを見てくれているからだろう。
「あんたさ」
「カナ」
「えっ?」
「カナって呼んで欲しい。誰も呼んでくれないから……」
カナティアという名前も愛称のカナも呼んでくれる人はいない。
「カナ」
包帯でぐるぐる巻きの手がそっと頬に触れる。
「いくらでも呼んでやるから。泣くなよ。あっ、違うか。我慢するなよ」
その言葉が嬉しくてわたくしは怪我人相手なのに抱き付いて泣き続けた。それすら屋敷の人は誰も気付かなかった。
それからセラフィナイトは怪我が治ったら屋敷から出て行ったが、彼もまた冒険者になって自身の生活を整えていった。
「カナ。教えてもらいたいことがあるんだ」
彼は冒険者組合で会うたびにわたくしに教えて欲しいことを頼みに来る。
最初は文字だった。
次は魔法。
セラフィナイトはいろいろ身につけて、それにわたくしも負けないようにわたくし自身も様々な技術を身につけた。
だけど、屋敷では相変わらず、一晩帰ってきていないことも気付かれていないようで、書類仕事が溜まっている時だけそれを叱責されるぐらいだった。
わたくしの姿も直視していないのではないかと思って、こっそり自分にそっくりの人形を置いて放置しておいたが、気付きもしなかった。
ここまで試してもういいだろうと計画を実行することを決めた。
「と言うことだから。――お別れになるわね」
自分の計画をセラフィナイトにだけ伝える。
「いや、なんで別れる必要があるのか分からない」
「えっ?」
「女性一人で逃げるよりも二人で逃げた方が目くらましになるだろう。それに」
じっと見つめる強い視線。
初めてあった時よりも逞しくなった身体。
冒険者となり、今では二つ名を持つほどの有名人になった。
わたくしは有名になったら面倒になるとか流石に家族にばれるだろうと判断して薬草採取とか僅かな仕事しかしていないが。
「カナがいつかあの冷たい牢獄のような場所から逃げる準備をしているのは分かったから一緒に行けるようにしてきたんだ」
「セラフィ……」
「一緒に行こう」
「うんっ!!」
そうと決まれば、計画に少し変更を与える。
あの家族……アグネシーア侯爵家には少しずつわたくしにそっくりな……それでいて微妙に顔つきの違う人形や幻覚でわたくしの姿を見せてきた。
捜索する際にわたくしの似顔絵を描こうとしても違う人物になるように。
戸籍の件は冒険者になった時点でそれを身分証明に使えるし、セラフィナイトが冒険者として有名になったのでそれで利用することも出来るので選択肢が増えた。
そうやって、逃げたのが一週間前だった。
「似顔絵を見たけど、全然違ったわ!!」
「カナの置いてきた人形とも違ったな。あれは例の女傑の若いころの顔じゃないのか?」
「かもしれないわね。でも、それにしてもひどいわね」
すでに国を出て行ったが、情報は欲しいので冒険者のネットワークで調べたのだ。
配られた似顔絵は髪の色と目の色こそ同じだが、顔とかは醜く性悪さが前面に出ている。あれはきっとあの両親から見た祖母の顔だったのだろう。
これならこそこそしなくても良さそうだ。
「あと数年したらあの家のやらかしが新聞を通して出てくるように手を回したから貴族としての名誉もすぐに地に落ちるでしょうね」
物語のカナティアのしたかった悪役になって家族を処罰は無理だったが、あの家が罪を暴かれる。
(これで気が晴れたかしら)
記憶を取り戻す前のわたくしに問い掛ける。
これで晴れて、カナティアは悪役になる前に舞台から飛び降りたのだった。
恋愛タグが嘘になりそうだった。




