23・余裕のない、番
「はぁ……何でまた私はこんなところに呼び出されているのかしら?」
普段私がいる王妃の館という名の別邸よりもずっと豪華で美しい庭園を前に、私はため息をつく。
今朝早くから来たルシアン様の使いによって連れて来られた王宮で、特に何の用事なのかもわからないまま、ひたすらこの庭園のガゼボで待たされている。
朝早くから、なんなら朝食前に拉致しておいて外で放置? ……ふざけてやがる。
ごほん、おっといけない。お口が悪くなってしまったわ。
さすがに苛立って来て心の声の態度が悪くなってきた、その時だった。
「……何であなたがここに……?」
冷たい声が、朝の静かな庭園に落ちる。
「あら────リリィ様」
声の主に気づくと、私はゆっくりと立ち上がり、軽く裾を摘まんで礼をした。
「朝早くからルシアン様に呼び出されましたの」
クッソ迷惑なことに。……とは言わない。
なんたって私は、表向きは完璧なる淑女だから。
だけど私のその一言で、空気が変わった。
リリィ様の目が見開かれ、信じられないものを見るように顔が歪む。
「何で……」
かすれた声がして、それから堰を切ったように高い声が怒鳴りを上げた。
「あんたなんて、偽物のくせに!!!! なんでここにいるのよ!! 番でもないのに、ここに来ないで!! 早く出ていって!!」
鋭い怒声が突き刺さる。
彼女がこんなにも私に余裕なく怒鳴り散らすのは初めてだわ。
何をそんなに、焦っているのかしら。
そう心の中で疑問が浮かぶも、私は視線を逸らすことなく、毅然と振舞う。
「……申し訳ありませんが、呼んだのはルシアン様なので、それはできませんわ」
私が言うと、リリィ様の顔がみるみるうちに赤く染まり、肩が震え始める。
「……っ偽物は……私じゃない……私じゃ……」
フルフルと震えながら、ぶつぶつとつぶやくリリィ様。
偽物?
私じゃない?
それはどういう……。……まさか……。
以前母国で読んだ書物の中身がふっと脳裏に浮かんだその時だった。
「どうした」
抑揚のない声が、背後から響いて、ルシアン様がようやく姿を現した。
そしてこちらへ近づくなりに、彼は迷いなくリリィ様のもとへ歩み寄り、その細い身体をそっと抱き寄せた。
「リリィ」
優しく、壊れ物を扱うかのような声。
妻である私には決して出すことの無いその声は、もはや驚くこともなくなった。
だけど、こういう場面では私が叱責されるであろうのに、なぜか今日は違った。
ルシアン様は私に対して特に咎める様子もないまま、あっさりと本題に入ったのだ。
「これを」
そう言って、ガゼボのテーブルに小さな箱を置く。
「先日のパーティで忘れていったものだ」
その言葉に、私は思わずぱちぱちと目を瞬いた。
箱の蓋がわずかに開いていて、中に収められているものが見える。
「……あ」
それは先日のパーティで、お姉様が帰り際に「結婚祝いよ」と微笑みながらくださったネックレス。
繊細な細工に、淡く光るブルーの宝石は、オーレン王国でしか採れない貴重なもの。
そういえばあの時、いただいてからそのまま使用人に預けて……それきり、完全に忘れていたわ。
なんてこと。
自分の迂闊さに、内心で額を押さえたくなる。
「預かっていた者が、処分に困っていた」
淡々と告げるルシアン様。
その言い方に、わずかに棘を感じるのは気のせいかしら。
私はゆっくりとネックレスへ手を伸ばし、そっと持ち上げる。
朝の光を受けて、宝石がきらりと輝いて、まるで海の水でも閉じ込められているかのような深い青が空に溶けた。
「……ありがとうございます。助かりましたわ」
「話はそれだけだ。帰れ」
帰れ。
は? それだけ?
ものすごく待たせておいて、渡すだけ渡したら「帰れ」?
…………ふざけてやがる。
ごほん。
だけど、たかが忘れ物を返すためだけに、嫌いな人間をこんな朝早くから呼び出すなんて……。
ちらりと視線を上げると、ルシアン様と目が合うけれど、その表情は相変わらず読めない。
だけど、今日ここに来たのは良かったのかもしれない。
私が、ある一つの仮定にたどり着いてしまったみたいだから。




