19・シスコンとは、最強である
大広間の扉が開いた瞬間、ざわめきとたくさんの視線が一気にこちらへ向けられた。
『人間の王女と結婚をしたとは聞いたが結婚式をしていないとは、どのような関係なのだろう』
という、周辺諸国の興味の視線。
それに、『あれが噂の”偽物”王妃か』『我らが王とその番様も可哀想に』という嫌悪と哀れみの視線。
私はそれらを一身に受けながら、ルシアン様から一定の距離を取ったまま、ゆっくりと歩みを進めた。
背筋を伸ばし、表情を崩さないように。
ただ”王妃”として、そこに在ることを一番に考えながら。
大丈夫。
何があっても、後ろをついて来てくれているカイルがいるから。
やがて国王の場である壇上へ登壇すると、ルシアン様が一歩前に出た。
「本日は、我が国の建国を祝うこの場によくぞ参集してくれた」
よく通る声が、大広間に響き渡る。
今までの冷ややかな態度など微塵も感じさせない、完璧な“王”の顔。
きっと彼が番に夢中になっていなければ。
そしてその番が、少しでも自分に盲目になる彼を諫めることが出来ていたならば、立派な王であったのかもしれない。
そう思うと、番というものが一種の呪いのように感じられて、哀れに思えた。
「王妃となったクリスティは人間族だが、種族を超え、このウルバリスをより発展させていけるよう、力を尽くすことをここに宣言する」
白々しいほどに体裁を整えたような宣言。
けれど、決して“妻”とは、言わないのね。
最後まで、彼は私を”王妃”としか呼ばなかった。
まるでそれ以上でも、それ以下でもない存在だと言っているみたい。
それでも私は、微笑みを崩すことなく背筋を伸ばしてまっすぐ前を向いていた。
それが、今の私の役目だから。
挨拶が終わると、音楽が再び流れ始め、招待客たちが次々とこちらへ挨拶に訪れた。
皆表向きには好意的に張り付けた笑顔で話をしてくるけれど、その裏にあるのはどれも同じようなものだ。
それならばこちらも、同じように笑顔を張り付けて、淡々と受け流し続けるに限る。
そうにっこり笑っては頷き、にっこり笑っては頷きを繰り返していた、そんな時だった。
「クリスティー!!」
聞き慣れた、ひときわ明るい声が目の前から飛んできた。
「会いたかったわー!!」
それは満面の笑みで駆け寄ってくる、私の実のお姉様。
「マリーお姉様……!!」
その笑顔を見た瞬間、思わず、頬が緩むのが分かった。
さっきまでの体裁を整えるためだけの笑顔とは違う、心からの笑顔。
変わらない。
本当に、何も変わっていない。
私の大好きなお姉様だわ。
その勢いのまま抱きついてきそうな距離で止まりながら、マリー姉様は私をじっと見つめた。
「もう、ちゃんと元気そうじゃない!! 心配したんだからね!! ちゃんと寝てる? ちゃんと食べてる?」
「ふふ。ええ、おかげさまで」
相変わらずの過保護具合に苦笑しながらも、久しぶりのそれが嬉しくて仕方ない。
隣をちらりと見上げれば、ルシアン様の眉間に深い渓谷が刻まれていた。
そうよね。ルシアン様からしたら、一番警戒しておくべきは私の親族ですものね。
「久しいな、クリスティ」
「お兄様!!」
続いて前に出てきたのは、マルボロ王国の王太子、スージャ──そう、私の実の兄だ。
相変わらず穏やかな微笑みを浮かべているけれど……うん、その目は笑っていない。
そしてもう一人。
「やあ、クリスティ。綺麗だねぇ」
「ポプア様、ご無沙汰しております」
軽やかに笑うのは、オーレン王国の王太子であり、姉の夫。
この三人が揃えば──嫌な予感しかしない。
案の定、マリー姉様がにっこりと笑顔を浮かべたまま、ルシアン様へと向き直る。
「ルシアン国王」
声は柔らかいのに、なぜか空気が張り詰める。
「妹を絶対、絶対に幸せにしてくださいね?」
笑顔。
それも完っ璧な笑顔。
さすが元マルボロ王国第一王女で、オーレン王国の王太子妃として王妃教育を完ぺきにこなしたお姉様。
笑顔の圧がすごい。
「何せ、結婚すると知らせを受けたのも突然でしたし、知らせを受けたと同時に結婚したという知らせも流れてきたものですから。それも、結婚式もしていないでしょう? 私、妹の晴れ姿を見るのを生きがいに生きてきたのに……。これでは私、あらぬ想像をしてしまいますわ」
「い、いや、それは……少しタイミングが悪く……」
歯切れ悪く言い訳を並べようとするルシアン様に、続けて、お兄様が一歩前へ出た。
「クリスティは我々にとって大事な妹なので、それをお忘れなきよう。今は軍事力など、どうにでもなる時代でもありますから」
同じく笑顔で、暗にお前たちからの軍事力などなくてもどうにでもしてみせるから、何かあれば妹も資金も引き揚げさせるぞ、と圧をかけるお兄様。
そして、追い打ちをかけるようにポプア様が肩をすくめる。
「はっはっは。相変わらず二人はクリスティ至上主義だねぇ」
軽く笑いながらも、その視線はしっかりとルシアン様を捉える。
「だけど、僕にとってもクリスティは大事な義理の妹だからね。ルシアン国王、よろしくお願いしますよ?」
────完全に包囲された。
周囲がざわめくのが分かる。
各国の賓客たちも、このやり取りに興味津々といった様子だ。
私は思わず、内心で小さく息をついた。
やりすぎだわ、3人とも。
相変わらず私のことになると容赦ない。
だけど同時に、心がぽかぽか温かくなる。
守られているのだと、一人じゃないと、実感してしまうから。
視線を横に向けると、ルシアンがわずかに引きつった表情を浮かべていた。
「……ああ、無論だ」
低く答える声は、とてつもなく硬い。
「王妃として、相応に扱うつもりだ」
その“その場しのぎ”の言葉を、三人はどう受け取ったのか。
お姉様はにっこりと笑みを深め、お兄様は静かに目を細め、ポプア様は楽しそうに笑う。
気持ち悪いほどの空気に、私も同じように、笑みを作った。




