18・夫との初めての接触……は、しません。
「おぉ……久しぶりにちゃんと王女だわ。いや、今は王妃か」
建国パーティ当日。
朝からしっかりと準備を整えた私は、大きな鏡の前に立ってその化けた姿を見ていた。
いつもよりもずっと手の込んだ装い。
王妃として、人前に立つための姿。
背後では使用人たちがまだ無言で私のドレスを最終調整している。
普段ならここまで丁寧に支度を整えることはない。
私がいちいち指示しなければ誰一人として進んで手伝おうとはせず、指示が面倒になって私が一人で支度をしているもんだから、ドレスはある物を着るからそれなりにはなるものの、メイクやヘアセットは必要最低限だ。
だけど、今日は違う。
建国パーティの為の、ルシアン様による王命だから。
ただ、それだけの理由。
全くくだらない縄張り意識だこと。
最後の仕上げに髪を整えられ、私はゆっくりと立ち上がった。
「……どうかしら」
誰にともなくそう呟いたとき、扉のそばに控えていたカイルと鏡越しに目が合って、その瞬間、目を大きく見開いて彼の動きがぴたりと止まった。
「……カイル? どうしたの?」
私が呼びかけると、カイルははっと我に返ったように瞬きをして、ほんのわずかに視線を逸らしてから、短く言った。
「……とても、綺麗です」
短く、飾り気のない、だけどとっても真っ直ぐな言葉。
カイルらしいそれに、思わずくすりと笑みがこぼれる。
「あら、あなただけよ、そう言ってくれたの」
冗談めかして言えば、カイルはわずかに眉を寄せた。
「……他の者は節穴です」
その言い方があまりにも彼らしくて、私は肩を揺らして笑った。
「ふふ、ありがとう」
――それから間もなくして、私たちは王宮に向かうために迎えに来た王家の馬車に乗り込んだ。
そんなに距離があるわけがないし今更なのだから、自分の屋敷のものを使うつもりだったのに……体裁をきっちりと整えに来た、というところかしらね。
すぐに王宮に到着すると、馬車の扉が開かれ、私も外へと足を踏み出す。
するとそこにいたのは──。
「来たか」
「ルシアン様」
正装に身を包み、王としての威厳を纏った仮初めの夫──ルシアン様だった。
そしてそのすぐ隣には、やっぱりピンク色の煌びやかなドレスをまとったリリィ様が当然のように寄り添っている。
……ええ、うん、まぁ……想像通りだわ。
だけど、これだけ体裁を整えたのならリリィ様は置いて来るのではという予想もどこかでしていた分、乾いた笑いが出そうになる。
それを必死にこらえながら、私はゆっくりと夫のもとに歩み寄った。
その瞬間、ふと、違和感を覚えた。
視線。
ルシアン様が、まっすぐこちらを見ている。
いや、見ているというより…………見入っている?
心がここにないかのように。
惚けて、何かに夢中になるかのように。
それはまるで────人が恋に落ちる瞬間と同じように見えて、ただただ、違和感だった。
「……?」
私は首をかしげ、小さく声をかけた。
「あの、私に何かついてます?」
その一言で、彼ははっとしたように目を瞬かせる。
「っ、いや、何でもない」
わずかに視線を逸らすその様子は、いつもの彼とは明らかに違っていた。
動揺?
いや、何を?
私何かおかしなことでもやらかしたかしら?
まぁいい。今はそれを深く追及する理由もない。
だけど、次に来る言葉は予想通りで、さっきまでの違和感が吹き飛んだ。
「……貴様に触れられるのは虫唾が走るが、今日は仕方がない」
ルシアン様はそう言って、自らの腕を曲げた。
──エスコートのための仕草だ。
「手を」
番を控えさせて履いても、一応はエスコートしてくれる、というわけね。
ならば、今はそれに応えるのが、“王の妻”としての役目。
だけど──。
「陛下。契約が」
そう言うとルシアン様はそれを思い出したかのようにはっとして、すぐに腕を下ろした。
そう、私達には3つの契約があり、触れることは絶対にできないし、一メートル以上近づくことはできないのだ。
ここを徹底してカモフラージュできないのは自業自得、というわけだ。
「……行くぞ」
低く告げる声に、私は小さく頷いた。
「ええ、陛下」
そう返事をして、契約に触れないようルシアン様の数歩後を歩きながら、初めて“王妃クリスティ”として、王宮の中へと足を踏み入れる。
ちゃんとついてきているかどうか気になるのか、ルシアン様も時折振り返っては私を確認してまた歩き出す、の繰り返し。
その銀色でモフモフの耳はぴんと尖って警戒しているのに、尻尾は妙にフリフリと横に揺れて喜びを表している。
いや、意味が分からない。どっちよ。




