16・なんだか、すごく嫌です
ルシアン様からの話が終わってすぐに、私は別邸────王妃の屋敷への帰路についた。
ガタンゴトンと馬車が揺れる。
あー、ようやく肩の力を抜くことができるわ。
別邸は私にとっては『檻』ではあるけれど、あの誰もが敵で威圧的ににらみつける夫がいる王宮よりは幾分もマシだもの。
まぁ、こちらも敵が多いのは同じだけれど、それでも私にはカイルという強い味方がいるし。
と、視線をすぐ目の前に座っているカイルに向ける。が────。
「……どうしたの?」
目に飛び込んできたカイルの様子に、私は思わず声をかけた。
「あなたらしくない顔してるわよ?」
彼は普段、どんな時でも落ち着いていて、感情を表に出すことは少ない。
それなのに今は、あからさまに不機嫌そうに眉を寄せている。
そういえば謁見の間を出てからも一度も声を発していなかったわね、カイル。
私の声に、カイルははっとしたように顔を上げるけれど、その表情はすぐには戻らない。
やがて、低く、何かを押し殺したような声が、滑車の音だけが響く馬車の中に発せられた。
「……こういう時だけ利用して……、何だかずるいと思いまして」
「へ……?」
一瞬、言葉の意味がわからなくて、思わず間の抜けた返事をしてしまった。
だけど次の言葉で、私の鼓動が小さく胸を叩くのを感じることになる。
「腑に落ちません。あなたは政略結婚で嫁がされてすぐ、あの屋敷に一人追いやられたというのに……。……なんだか、すごく嫌です」
「カイル……」
ああ、そういうことか。
この人は、怒っているのだ。
私のために。
突然嫁いできた偽物王妃なんかの為に。
思いもよらなかったその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……ふふ」
あんまりにも予想外すぎて、思わず笑みがこぼれてしまったじゃないの。
「……何がおかしいのですか」
不満げに言うカイルに、私は首を横に振る。
「いいえ。ただ、少し驚いただけ」
こんなふうに、真正面から私を慮ってくれることに、まだ慣れていないだけ。
私は身体を前のめりにしてから、じっとカイルを見つめた。
「あら、一人じゃないわ」
「え……?」
「ふふ、あなたがいるもの」
「っ……」
私の言葉に、カイルの表情がわずかに揺れた。
「パーティでもよろしく頼むわよ? 頼りにしているわ、私の護衛騎士様?」
そういたずらっぽく微笑むと、彼は一瞬言葉を失ったように固まる。
それからすぐに困ったように視線を逸らして、小さく息をついた。
「……ずるいのは、あなたも同じのようです」
「ん?」
ぼそりと呟く声。
え、何? どういうこと?
その呟きについてはさっぱりわけがわからない私だけれど、その頬が、わずかに緩んだのだけは見逃さなかった。
やがて彼は、あらためて私の方へ向き直ってから、いつもの落ち着いた柔らかな声でこう答えた。
「もちろんです。私はあなたの護衛騎士ですから」
その一言が、どうしようもなく心強くて、私はもう一度だけ、小さく笑った。




