12・番衝動の暴走
衝突音と共に近づいてくる、悲鳴や怒号。
そして、獣の低い唸り声。
「あれは……」
カイルの声が低くなって、すぐに剣に手をかける。
けれど私は、それを制するように一歩前へ出た。
「喧嘩、かしら?」
喧騒に近づくと、すぐに私に気づいた人たちによって人垣が割れる。
そして露になったその中心にいたのは――、一人の獣人だった。
狼の耳と尾を持つ青年。
その目は完全に焦点を失っていて、荒い呼吸を繰り返している。
そしてなんといっても、周囲に向けられるその殺気は異常なものだった。
「番衝動の暴走だ……!!」
「近づくな!! 噛み殺されるぞ!!」
誰かが叫んだのを皮切りに逃げ惑う人々。
けれど、その中心で暴れる獣人は止まらない。
「……ああ、なるほど」
これは“発作の暴走”だ。
番を求める本能が暴走し、理性を焼き尽くしている状態。
未熟な青年期の発情期に起こりやすいらしく、だれかれ構わず噛み殺してしまうという。
「いつも、こうなの?」
「頻繁ではありませんが……この時期は、珍しくもありません」
カイルの声が重く響く。
逃げ惑う人々を横目にその以上に荒れ狂う獣人を観察していると、視界の端で、何かが倒れた。
「痛っ……」
見れば、まだ幼い獣人の女の子。
こけたときに怪我をしたのだろう。血を流している膝小僧を抱えて涙を浮かべる女の子に、私はすぐに駆けよると、視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「大丈夫?」
「え……?」
私が声をかけると途端におびえたように肩をすくめる女の子。
そりゃそうか。噂の”偽物王妃”が突然自分に話しかけてきたんだものね。
しかも最近では度々しのぶどころかがっつり王妃スタイルで現れる変な奴認定されているから、余計に警戒はされてるんでしょうね。……解せぬ。
「すぐ離れるから。ちょっとだけ我慢してね」
少しでも安心させるように微笑んで見せると、私は女の子の怪我をした膝小僧に手をかざし、身体の奥底にある魔力を少しずつ外に押し出していった。
「わ……」
私の手のひらからあふれ始める光に、女の子の小さく声が漏れる。
少しだけその表情を覗き見れば、女の子は驚いたような顔をしながらも、目をキラキラとさせて光に見入っていた。
そしてあっという間に、膝小僧の傷は綺麗に消えてしまった。
「すごい……」
「さ、もう大丈夫よ」
何が起こったのかわからない様子で目をぱちぱちする女の子に私がそう言って立ち上がった、その時だった。
「メメル!!」
どこからともなく声がして、現れたのは女の子よりももう少し大きい、少年獣人。────あの時屋敷で助けた少年だった。
「ぁ……王妃様」
少年は私に気づくと、すぐに頭を下げてからメメルと呼ばれたその女の子の手を引いて立ち上がらせた。
「あなた、この子の知り合い?」
「え、あ、は、はい。今いるスラムの……仲間で……」
スラムの仲間……。
ということは、この子も彼と同じような境遇の子なのかもしれない。
「そう……。この子、転んで怪我をしていたの。もう大丈夫だから、避難させてあげてくれる?」
私がそう言うと、少年はぽかんとして私を見つめてから、すぐに自分に起きたことを思い出したのだろう、はっとしてから深くうなずいた。
「あ、ありがとうございました!!」
「気を付けてね」
女の子を抱き上げて走り去っていく少年に手を振って、私は再び、暴走獣人に視線を移す。
「さて、と……。これ、静まるにはどうしたら?」
見た感じ、静まっていく気配すらないのだけれど……。
私が頬に手を当てそう尋ねると、カイルは眉間に深い渓谷を作って、未だ暴走を始める獣人を睨むように見る。
「鎮めるには力で抑え込むか、番を連れて来るしか……」
番。
普通でも見つけるのは困難だという存在なのに、都合よくこの場に現れるはずがない。
だからこそ、暴走は“災害”になる、というわけか。
「なるほどね」
そう小さくつぶやいてから、私は一歩、踏み出した。




