第9話:帝都潜入とガタつく机の下の国家機密
ガタゴトと馬車が石畳を揺れる音がする。
私とミド、そしてスイを乗せた地味な作りの馬車は、深夜の深い闇に紛れて帝都の巨大な城門へと差し掛かっていた。
「止まれ! 所属と通行の目的を述べよ!」
門兵の鋭い声と共に馬車が停止する。
私はミドのダボダボのローブのフードをさらに深く被り、顔を完全に隠した。
現在の時刻は深夜の十一時五十五分。私の『インフォメーション』のストックはまだゼロのままだ。
(……頼んだわよ、スイ)
私が無言でプレッシャーをかけると、向かいの席に座っていたスイは「はっ」と小さく頷き、コホンと咳払いをして表情を『完璧な氷』に切り替えた。
「――第2皇女殿下直属部隊副官、スイ=アクリームである。森での調査任務より帰還した」
スイが馬車の窓から顔を出し、冷え切った声で告げる。
その瞬間、門兵たちの空気がピリッと張り詰めたのがわかった。
「す、スイ副官殿! これは失礼いたしました! しかしこんな深夜に……馬車の中のそちらの二名は?」
「森で捕らえた不審な魔術師だ。殿下の暗殺を目論む逆賊の可能性があるため、これより直ちに我が拠点の地下牢へ連行し、私が直接尋問を行う」
氷のように冷酷なスイの声音に、門兵がヒッと喉を鳴らした。
「そ、そうでありましたか! どうぞお通りください!」
「うむ。ご苦労」
あっさりと門が開かれ、馬車は再びゆっくりと動き出した。
帝都の城壁を抜けた瞬間、私は深く被っていたフードをバサリと脱ぎ捨てた。
「さすがは氷の副官。完璧な外面ね」
「恐れ入ります。……しかし自分で言っておいて何ですが、私がプリーズ殿下を尋問するなど恐ろしくて想像しただけで胃が……ッ」
スイが顔を青くして胃のあたりを押さえる。
その時だった。
ボーン、ボーン……。
遠くで帝都の大時計が深夜0時を告げる鐘を鳴らした。
『♪〜ストックが最大値【3】に回復しました! 本日もインフォメーションをご活用ください!』
私の頭の中で陽気な電子音が響き渡る。
弾切れの不安から解放された安心感と全能感が全身を満たしていく。
これで、いつでもハッタリの引き金を引ける。
「さて。まずはあなたの拠点……ネネードお姉様の屋敷に向かいましょうか。まだお姉様は泣き喚いているの?」
「いえ。先ほど拠点に先発させていた部下から魔法通信が入りました。殿下は装備無しの状態から着替えて、私の不在に腹を立てながら鍛錬場で案山子を粉砕しているとのことです。今なら執務室は空のはずです」
「上出来ね」
馬車は第2皇女派閥の巨大な屋敷の裏口に滑り込んだ。
スイの案内で私とミドは誰にも見咎められることなく、屋敷の奥にあるネネードお姉様の執務室へと侵入することに成功した。
「……うわぁ。なんというか、個性的ね」
部屋に入ったミドが呆れたような声を漏らす。
私も同感だった。
皇女の部屋だというのに、優雅な装飾品は一つもない。
あるのは無骨な武器の数々と体に良さそうな粉末が入ったツボ、そして……部屋の隅に山積みになった、未処理の書類のタワーだった。
「私の……私の苦労の結晶がまたこんなに手付かずで放置されて……ッ!」
書類の山を見た瞬間、スイが過呼吸を起こしそうになっていたが、今は彼女を慰めている暇はない。
「スイ、あの丸テーブルね」
私は部屋の中央にある簡素な木製の丸テーブルに歩み寄った。
手をかけて揺らしてみるとカタカタと音を立ててガタつく。
そしてその短くなった脚の一つを埋めるように、分厚い羊皮紙の束が二つ折りにして下敷きにされていた。
「これね。……ワルモンドお兄様がネネードお姉様に宛てた密約と裏金の証拠」
私は机を持ち上げ、その薄汚れた羊皮紙の束を引っ張り出した。
中を開いて確認する。
間違いない。
他国との不正な取引記録と邪魔者を暗殺部隊に始末させた証拠の数々が、ワルモンドの署名付きでズラリと並んでいる。
これを第1皇子や第3皇女の陣営に持ち込めば、第5皇子ワルモンドは一発で政治的に完全に終わる。
国家を揺るがす最強の爆弾だ。
「よし。これで第一目標は達成よ。撤収しましょ――」
私が羊皮紙を懐にしまったまさにその瞬間だった。
「――おいスイ!! どこほっつき歩いてやがった!!」
バンッッ!!!
爆発音のような轟音と共に、部屋の頑丈な扉が蹴り開けられた。
「ひぃっ!?」
スイが悲鳴を上げて飛び退く。
舞い散る木屑の中から現れたのは、燃えるような紅蓮の髪を短く刈り込み、引き締まった長身に軽装の鎧を纏った女――第2皇女ネネード=アフタミアだった。
「テメェがいないから復活した後の着替えが見つからなくて苦労したじゃねえか! ……あぁ? なんだ、その見慣れねぇローブの奴らは」
ネネードお姉様はギラギラと飢えた獣のような目で私とミドを睨みつけた。
その全身から放たれる闘気だけで空気がビリビリと震えるのがわかる。
これが軍の最前線で死と復活を繰り返す狂皇女のプレッシャー。
私は一歩も退かず、ダボダボのローブのフードをゆっくりと下ろし、彼女に向かってにっこりと微笑んだ。
「お久しぶりね、ネネードお姉様」
「……あ?」
私の顔を見た瞬間、ネネードお姉様の目がほんの一瞬だけ、信じられないものを見るように大きく見開かれた。
だがその微かな揺らぎは瞬きする間に消え去り、獲物を見つけた肉食獣のように凶悪な笑みをカッと深めた。
「お前、たしか死んだはずの……誰だっけ? ああ、無能の第6皇女か! ワルモンドの野郎、暗殺に失敗したくせに死んだなんて嘘の報告しやがったな! 面白ぇ! お前がなんで生きてて、なんでウチの副官連れ回してんのか知らねぇが……」
ネネードお姉様が背中に背負っていた巨大な戦斧をズンッ! と床に突き立てる。
「私の部屋にコソコソ忍び込んだからには、ただで帰れると思うなよ! まずはお前ら全員ミンチにしてからゆっくり話を聞いてやる!!」
問答無用。
交渉の余地ゼロ。
スイの言った通り、この狂皇女は自分にとって都合の悪い事態が起きればすべて物理で解決しようとする正真正銘の脳筋だった。
「お、お待ちください殿下! プリーズ殿下に手を出してはなりません!!」
スイが必死に止めに入ろうとするが、ネネードお姉様は全く聞く耳を持たない。
斧が振り上げられ、圧倒的な暴力が私に襲いかかろうとしたその時。
私は一歩前へ踏み出し、冷たく、そして絶対的な自信に満ちた声で言い放った。
「やれるものならやってみなさいな。……あなたがここで私を殺せば、シスタネお姉様が黙っていないわよ?」
ピタッ。
その名前を出した瞬間。
振り下ろされようとしていた巨大な戦斧が、私の鼻先わずか数センチのところでピタリと止まった。
ブォンッ! と凄まじい風圧が顔を打ち据える。
全身が総毛立つような圧倒的な質量。
だがその殺気立った一撃のわりには、不思議と私の足元を震わせるような踏み込みの衝撃はなかった。
私のハッタリ、シスタネお姉様の名前が効いたのか。
理由はともかく、彼女の斧が完全に停止した今、交渉の主導権は私が握った。
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