第8話:皇位継承の勢力図と私が玉座を選ばない理由
「さて。スイ、あなたを私の直属の副官として迎えるにあたって、一つだけ私の秘密を教えてあげるわ」
「ひ、秘密、ですか?」
「ええ。私の『インフォメーション』は無敵だけれど、一日に検索できる回数が決まっているの。今日の分は使い切ってしまって、今はすっからかん。次に回復するのは、今夜日付が変わる深夜0時よ」
私があっさりと最大の弱点を口にすると、スイは目を見開いて息を呑んだ。
「なっ……!? そ、そんな重大な弱点を、なぜ昨日まで敵だった私に……ッ!?」
「簡単なことよ。私は面倒な作戦とか考えずに、のんびりスローライフを送りたいの。だから、限られたストックのやりくりや、『いつ、誰に能力を使うべきか』の情報整理とスケジュール管理は、有能なあなたにバッチリ補佐してもらおうと思って」
「えっ」
「それに、あなたの一番恥ずかしい秘密はもう私が握っているんだもの。絶対に裏切らないでしょ?」
私が悪びれずに微笑むと、スイはガタガタと震えながら深く頭を垂れた。
(なんという器の広い御方だ……! 出会ったばかりの私に自身の最大の弱点(命綱)を預けることで、私をただの部下ではなく『運命共同体』として迎え入れてくださるのだ……ッ!)
(そして……改めて確信した。この御方の底知れぬ情報処理能力と、盤面を支配する圧倒的な知略……この御方こそが、私達を救う『真の救世主』なのだと……ッ!)
勝手に震え上がり、なぜか瞳にギラギラとした希望の光を宿したスイに、私は満足げに頷いた。
「というわけで、ここからはあなたの口から直接教えてちょうだい。現在帝都で激化しているという皇位継承戦の勢力図を」
私が促すと、スイはコホンと一つ咳払いをして、真剣な副官の顔に戻った。
「はっ。現在、帝都は完全に二つの派閥に割れています。一つは私や第2皇女殿下が属していた第2・4・5皇子皇女派閥。もう一つが、第1皇子と第3皇女が率いる第1・3派閥です」
「……なるほどね」
私は小さくため息をついた。
自分の『インフォメーション』をハズレ能力だと嘲笑われ、冷や飯を食わされてきた私だ。
優秀な兄弟たちがどんな化け物じみたギフトを持っているかくらい、嫌でも耳に入ってきている。
「第4皇子ネクロノお兄様の『深淵の闇』と、第5皇子ワルモンドお兄様の『絶対契約』。そして、あなたの主である第2皇女ネネードお姉様の不死身『リスポーン』。……随分と、厄介な連中が手を組んだものね。というかあんたたちの第2派閥、第5派閥と敵対していたわけじゃなかったのね」
私がお姉様お兄様の名を挙げて話すと、スイは重々しく頷いた。
「……はい。ワルモンド殿下の『絶対契約』による裏工作と、ネネード殿下の『不死身』による特攻戦術は軍の脅威そのものです。ですが、プリーズ殿下が勘違いするぐらいにはその……仲が悪いです……」
「なるほどね。同じ派閥なのに、内部で牽制し合うためにあんな致命的な裏帳簿を握っていたってわけ」
そして私を殺そうとした黒幕――ワルモンド。
スイの口から改めてその名が出た瞬間、私の中でドロリとした冷たい感情が沸き上がった。
私は一度小さく息を吐いてその感情を押し殺すと、スッと冷めた声で話を先へ促した。
「……それで? 対する1・3派閥はどうやってその化け物たちに対抗しているの? 第3皇女シスタネお姉様の『神の断罪』と……第1皇子リピートお兄様の『復唱の時』で?」
「おっしゃる通りです。特にリピート殿下のギフト『復唱の時』は……不思議なことに彼の宣言した作戦や予言は必ず現実になると言われており、その絶対的な先見の明とカリスマでかろうじて拮抗を保っている状態です」
言ったことが本当になる能力、ね。
私はふぅと息を吐き出し、ランプの灯りを弄っているミドとスイに向かって自身の決意を語った。
「帝都の状況はわかったわ。スイ、ネネードお姉様の部屋にある裏帳簿、絶対に回収するわよ」
「はっ。しかし……プリーズ殿下は、その帳簿を使って第5皇子を失脚させた後、第6皇女として玉座の争いに名乗りを上げるおつもりですか?」
スイが緊張した面持ちで尋ねてくる。私は即座に首を横に振り肩をすくめた。
「冗談じゃないわ。誰があんな面倒くさい玉座になんか座るものですか。私は安全な辺境でミドと一緒にのんびりスローライフを送りたいのよ」
「えっ……」
「でもね……私を暗殺しようとしたワルモンドが、のうのうと生きてふんぞり返っているのだけは絶対に許さない」
ギリッと奥歯が鳴った。
無能だと虐げられ冷たい離宮で怯え、最後は信頼していたエルドラにまで裏切られて泥沼に突き落とされた。あの惨めな記憶は、決して消えない。
「だから私は第1皇子と第3皇女を利用するわ。あの二人が勝てば国は安定するし、私は命を狙われることなく平穏に暮らせる。……私は裏から盤面を操作してワルモンドたちを徹底的に引きずり下ろす」
「裏ボス宣言いただきました。……ホントいい性格してるわねぇ」
ミドが楽しそうに笑う。
スイはゴクリと息を呑み、「その第一歩が、ネネード殿下の部屋の裏帳簿というわけですね」と引き締まった声を出した。
「ええ。でもスイ、一つ懸念があるわ。その部屋に忍び込んだ時、もし運悪く装備無しから着替えたネネードお姉様と鉢合わせたらどうなるかしら?」
「間違いなく、問答無用で物理攻撃が飛んできます。あのお方は脳筋なので、あなた様に使ったような秘密を暴露しての精神攻撃は一切通じません」
「やっぱり。……ねえ、物理攻撃が意味をなさない不死身の狂皇女に対して、何か有効な対抗策はないの?」
私の問いに、スイは少し考えてから答えた。
「……一つだけ。物理的な対抗策ではありませんが、ネネード殿下が唯一警戒している力があります。第3皇女シスタネ殿下のギフト『神の断罪』です」
「ああ、なるほど……」
私は納得した。
シスタネお姉様の『神の断罪』は、神が罪人と認定した対象を『条件付きで消滅』させることもできる能力だ。
「いくら不死身のリスポーンでも魂ごと消し飛ばされては復活できませんから。ネネード殿下も自らが罪人認定されることだけは本能的に避けています」
私は口元をローブの袖で隠し、ミドとスイからは見えないようにとびきり極悪な笑みを浮かべた。
「あの狂皇女にもちゃんと怯える弱点はあるのね。……いいわ。鉢合わせた時のためのとっておきのハッタリを思いついたから安心して案内しなさい」
「ハ、ハッタリ、ですか……?」
「ええ。脳筋には少し複雑なシステムの話をしてあげるのが一番効くのよ」
***
そして、数時間後の朝。
深い朝霧が立ち込める中、ミドの小屋の外では四人の兵士たちが徹夜で直立不動のまま待機していた。
ギィ、と扉が開き、中からスイが姿を現す。
その顔を見た瞬間、兵士たちはヒッと小さく息を呑んだ。
氷の副官と呼ばれた彼女の目は一晩中泣き明かしたように真っ赤に腫れ上がり、その表情にはかつての冷酷な威厳はなく、どこか憑き物が落ちたような……あるいは、完全に魂を抜かれたような虚ろで従順な色を浮かべていたからだ。
実際には、ブラック職場の愚痴を吐き出してスッキリしただけである。
「総員、聞け」
スイが静かな、しかし確かな声で告げる。
「我々は本日、ただいまをもって第2皇女派閥を離反する。……我々の真なる主君は、第6皇女プリーズ殿下ただお一人である!」
「「「「は、ははぁーーッ!!」」」」
四人の兵士たちは一切の反論も疑問も挟むことなく、地面に額を擦り付ける勢いで土下座した。
彼らの頭の中ではすでに完全な方程式が出来上がっていた。
(あの泣く子も黙る氷の副官が、たった一晩で身も心もボロボロにされて完全に服従させられている……!?)
(やはり第6皇女殿下は底知れぬ力を持つバケモノだ……! 逆らえば絶対に消される……ッ!)
兵士たちがガクガクと震えながら忠誠を誓う姿を、私はダボダボのローブのフードを深く被ったままミドの隣で満足げに見下ろした。
「どうやらあなたの部下たちも話のわかる人たちみたいね」
「はっ。プリーズ殿下のご威光の賜物かと」
完全に私の狂信的ファンクラブと化した兵士たちに、私は静かに命を下した。
「馬車の御者として一人残して、残りは先発隊として帝都に向かい、目立たない馬車と検問を抜けるためのルートを手配しなさい。帝都への潜入は今夜――最も闇が深くなる深夜0時に決行するわ」
「「「「御意!! 闇夜に乗じての隠密行動ですね、さすがは殿下!」」」」
すっかり信者と化した兵士たちが感激したように敬礼して散っていく。
彼らの姿が見えなくなった後、私の隣に立つスイが小声で囁いてきた。
「……深夜0時。殿下の『インフォメーション』のストックが完全に回復する時間に合わせて、ですね」
「ええ、その通りよ。さすがは私の優秀な副官ね」
こうして、私とミド、そして心強い手駒たちを加えた一行は、全ての因縁が待つ帝都へ向けて静かに森を出発した。
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