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第7話:深夜のお茶会とブラック職場からの引き抜き

「……お茶、入ったわよ。毒は入ってないから安心して飲みなさい」


ミドがコトリと湯気を立てる木の実のお茶をテーブルに置いた。


小さな丸テーブルを挟んで向かい側に座っているスイは「は、はい、頂戴いたします……」とまるで処刑を待つ罪人のようにガチガチに緊張しながらカップを両手で包み込んだ。


外はすっかり暗くなり日付が変わろうとしていた。


朝から丸一日、ミドの薬草のすり潰しや薪割りを強制的に手伝わされた兵士たちは、小屋の外でヘトヘトになって待機している。


そして疲労困憊のスイを交えた奇妙なお茶会が始まってから数時間。


私は世間話をするでもなく、ただニコニコと微笑みながらスイを見つめ続けていた。


――というのは、あくまで表向きの顔で。


(早く……早く0時になってぇぇぇッ!!)


内心の私は、ダボダボのローブの下で冷や汗を流しながら、必死に壁の時計の針を睨みつけていた。


今の私のストックはゼロ。


もしこの長すぎる沈黙に耐えきれなくなったスイが、「ええい、ままよ!」とヤケクソで氷の剣を振り回してきたら、今の私では絶対に勝てないのだ。


ハッタリだけで命を繋ぐ、恐怖のチキンレース。


私の笑顔の筋肉もそろそろ限界を迎えようとしていた。


「あの……プリーズ殿下」


耐えきれなくなったのか、スイが恐る恐る口を開いた。


「なぜ私のような者を生かして留め置かれるのですか。殿下のその……全てを見通す神の眼の如きお力があれば、我々など一瞬で葬り去ることもできたはず……」


私の能力を完全に全知全能のバケモノ級ギフトだと勘違いしているスイに、私は(内心ホッと胸を撫で下ろしながら)クスリと笑った。


「言ったでしょう? 情報交換がしたいの。それに……」


ボーン、ボーン。


壁に掛けられた古びた時計が、深夜の0時を告げる鐘の音を響かせた。


(……きたわ)


その瞬間、私の頭の中で『ストックが最大値【3】に回復しました!』という陽気なアナウンスが脳内に直接響いた。


これで、手札は満タンだ。


私はカップを置き、まっすぐにスイの瞳を見据えた。


「あなたの仕える第2皇女について、少し調べさせてもらったの」


「っ……! 殿下のことまで、すでに……!」


スイがビクッと肩を跳ねさせる。


私は無音のウィンドウを呼び出し、ストックを一つ消費して頭の中でプロンプトを打ち込んだ。


(教えて、インフォメーション。第2皇女の『数時間前から1分前までしていた行動』を教えて?)


ピカッ、と明滅したウィンドウに、即座にテキストが表示される。


『該当いたしました! 消費ストック【1】でご案内します!


【現在の状況】:第2皇女殿下は数時間前、単身で魔境に突撃して魔物に敗北し死亡しました。『リスポーン』の祝福により自室のベッドで復活を果たしましたが、安全地帯の外で死亡した為、所持アイテムを全ロストし、装備無し状態となりました。その為、部屋の隅で「スイィィ! 私の服はどこだー! なんでまだ机に書類の山が残ってんだよォォ! 早く片付けてくれぇぇ!」と泣き喚いていました。』


(『りすぽーん』の祝福……ああ、お姉様の不死身の祝福の事ね。『ぜんろすと』は……ミドが使っていたような奇妙な言葉の羅列ね。でも前後の文脈から意味はわかるわ)


そして私はあまりの情報の濃さと情けなさに、思わず吹き出してしまった。


「…………っ、ふふっ」


「な、何がおかしいのですか……! 私の主君を、愚弄するおつもりですか!」


スイがわずかに声を荒らげる。彼女なりに、主君に対する忠誠心はあるらしい。


だが、私は知っている。


その忠誠心が、すでに限界ギリギリの社畜精神で保たれていることを。


「愚弄なんてとんでもない。ただ……あなたの苦労が偲ばれて、ね。スイ」


「……え?」


「第2皇女殿下。自身が絶対に死なない『リスポーン』の祝福を持っているのをいいことに、いつも危険な戦場に突撃していくんですってね。……数時間前にも単身で魔境に突撃して、また死んだそうじゃない」


「なっ……!? なぜ、たった今起きたばかりの帝都の事象まで……ッ!?」


スイがガタッと椅子から立ち上がった。


私は構わず、残酷な事実を読み上げる。


「彼女、ついさっき自室のベッドで生き返ったみたいだけど、身につけていた物を全部落としてきたらしくて今は装備無しで泣き喚いているわよ。『スイィィ! 私の服はどこだー! なんでまだ机に書類の山が残ってんだよォォ! 早く片付けてくれぇぇ!』って」


「あ、あ、あのお方はまた私を置いて一人で無茶な特攻を……ッ!!」


ボロボロと氷の副官の目から大粒の涙が溢れ出した。


「わ、私が……私がいつも、どれだけ苦労して魔境に散らばった装備を回収して、装備無しで復活する殿下の着替えを用意して回っていると思っているんですかぁぁッ! 自分が死なないからって生身の我々を危険な魔境の事後処理に引っ張り回して!そのくせ事務仕事は全くしないから、結局全部私が徹夜で押し付けられて……ッ!」


ダムダムとテーブルを叩きながら、スイが号泣し始めた。


これまでの溜まりに溜まったブラック職場への不満が、ついに決壊したのだ。


「もう嫌だ……っ! 毎朝鏡の前で自分を奮い立たせないと出勤するのも辛かったんです……! スイウサちゃんがいなかったら、とっくに胃に穴が開いて倒れてましたよぉぉ……ッ!」


わああん、と泣き伏すスイの背中を、ミドが「よしよし、辛かったわねぇ。前世の私を見てるみたいだわ」と同情に満ちた顔で撫でている。


私は席を立ち、泣きじゃくるスイの傍まで歩み寄りながら、頭の中でもう一つのプロンプトを組み立てた。


第2皇女は、第5皇子がでっち上げた私の美談を疑って副官を送ってきた。


つまり二人は政敵として激しく対立しているということだ。


ならば第2皇女は第5皇子を追い落とすための何かを握っているのではないか?


(『教えて、インフォメーション』。第2皇女が所有している物の中で、第5皇子の致命的な弱点となる物は何? どこにある?)


『♪〜検索中……ピロンッ!

該当いたしました! 対象が【帝都の重要機密】に触れるため、消費ストック【2】でご案内します!(本日の残りストック:0)』


よし。少し重いコストだが、背に腹は代えられない。


表示されたテキストを確認し、私はスイの肩に優しく手を置いた。


「私の元に来なさい、スイ」


「……え、ひぐっ……?」


「私なら、脳筋特攻なんて絶対にしない。週に二日は必ずお休みをあげるし……ええと、ミドが言っていた『ゆうきゅうきゅうか』というやつも保証するわ。……言葉の意味はよくわからないけれど、とにかく絶対に休める『魔法の権利』なんですって。スイウサちゃんを堂々と愛でる時間だって作ってあげる」


私が悪魔のように甘く囁くと、スイは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、すがりつくように私を見た。


「ほ、本当ですか……!? 徹夜で書類の山を片付けなくても……?」


「ええ、約束するわ。……その代わり、一つだけ仕事をしてちょうだい。第2皇女の部屋の丸テーブル、ガタつく脚の下に第5皇子の裏帳簿が下敷きにされているわね?」


「……ッ!! なぜ、私が殿下にいくら進言しても『これは机のガタつきを抑える最適な紙切れだ!指一本でも動かしたらおしおきだからな!』と言われ、泣く泣く放置するしかなかったあの帳簿の場所まで……!」


「私の眼から逃れられる秘密はないのよ。……スイ。あの帳簿は私を殺そうとした第5皇子を破滅させるための最高の武器になる。あなたも私と一緒にあいつらに一泡吹かせてやらない?」


私が見下ろして微笑むと、スイはごくりと息を呑んだ。


恐怖からではない。


絶対的な情報力を持つ私への畏怖と、自分をブラック職場から救い出してくれるという希望の光を見たからだ。


「……一生、ついていきます」


スイは椅子から降りると、ダボダボのローブを着た私の前にその場でおもむろに跪き深く頭を垂れた。


「このスイ=アクリーム! ただいまをもって第2皇女派閥を離反し、真なる主君、プリーズ=アフタミア殿下にこの身と剣を捧げます……ッ! スイウサちゃんと共に!」


「ええ、歓迎するわ。……最後の一言は余計だけど」


頼もしい、そして少しポンコツな戦力が手に入った。


私は深夜の小屋の窓から遠く離れた帝都の空を見つめた。


さあ、待っていなさい、エルドラ。第5皇子。


あなたたちの築き上げた嘘の城を、これから根底から叩き壊してあげるわ。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


リズとミド、そしてスイ。この少し変わった三人組の行く末を、これからものんびり見守っていただけると嬉しいです。


初日の連載(7話まで)をお楽しみいただけましたら、

ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に変えて応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!

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