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第5話:魔女の講義と暴かれた真実

泥沼への落下から、三日が経った。


着ているのは、泥と血で使い物にならなくなったドレスの代わりにミドが貸してくれた彼女のお下がりの黒いローブだ。


長身のミドの服は私にはあまりにもダボダボで、袖を何重にもまくり上げ、裾を引きずらないように腰を紐できつく縛っている。


客観的に見ればひどく滑稽な格好だろう。


けれど、不思議と惨めさはなかった。


冷え切った離宮での日々に比べれば、薬草の青臭い匂いが充満するこの小さな小屋の生活は、驚くほど穏やかで充実していたのだ。


もちろん、ただのんびりしていたわけではない。


夜になれば、ミドによる厳しい『プロンプト作成の特訓』が待っていた。


その日の夜も、私は昼間にすり潰した薬草のペーストを青い小瓶に小分けにする作業を手伝いながら、ランプの灯るテーブル越しにミドの講義を受けていた。


「んー、そこの棚にある青い小瓶にどんどん詰めといて。こぼさないでよ、それ高値で売れるやつだから」


「わかってるわよ」


ミドは木の実をかじりながら私に向かって指を立てた。


「いい、リズ。あんたの初期ストックは『3』。毎日深夜の0時にストックが『最大値』まで回復する。回復するといっても一日に何度も無駄撃ちはできない。だからこそ一回の検索で確実に欲しい情報を引き出す必要があるの」


「ええ。一昨日みたいに『第5皇子は何してる?』なんていう曖昧でリアルタイムの監視が必要な重い命令を投げたら、またコストオーバーで弾かれるものね。対象の範囲が広すぎるし条件定義が甘かったわ」


「それと、もう一つ」


ミドは眉間を揉みながら心底嫌そうにため息をついた。


「毎回鳴り響く、そのバカデカくてマヌケな電子音と光り輝く電子板。心臓に悪いし、敵に居場所を教えるようなものだから、さっさと切りなさい」


「切り方なんてわからないわよ! 第一、どうやって……」


「ただのシステム設定の変更なら、わざわざ検索ストックを消費しなくてもできるはずよ。『インフォメーション』に向かって、音声出力をオフにして、他人の目には見えないようにしてテキスト表示のみに変更してって念じてみなさい」


言われた通り、私は半信半疑でウィンドウに向かって念じた。


(『インフォメーション』……音声出力をオフ。結果は、他人の目には見えないようにしてテキスト表示のみに変更して)


すると視界に浮かぶウィンドウがピカッと一度だけ明滅し、無音のまま新しいテキストが表示された。


『システム設定を変更いたしました。(※この操作にストックは消費されません)』


「……消えたわ! あの陽気な声がしなくなった!」


私が感動して声を上げると、ミドは「UIの基本ね」と呆れたように肩をすくめた。


「板も見えなくなったわ、これで敵のすぐ傍で検索してもバレなくなったわね。隠密行動の第一歩よ」


「ミド、あなた本当に何者なの……?」


「ただの元社畜よ。……さ、設定も終わったことだし、本番の検索、やってみなさい」


私は一つ頷き、小瓶にコルク栓をきゅっと押し込んでから、目を閉じて意識を集中させた。


現在、私のストックは満タンの『3』だ。


ここで一つ消費して、どうしても知っておかなければならない事実がある。


(『教えて、インフォメーション』。先日、帝都の城門前にある公式掲示板に張り出された、私(第6皇女)の死に関する公式発表の正確な文章を教えて)


私の視界にウィンドウが展開され、今度は完全な無音のままポップなフォントの文字だけがスラスラと並び始めた。


『該当いたしました! 消費ストック【1】でご案内します!

公式発表のテキストは以下の通りです。

【悲報:第6皇女プリーズ=アフタミア殿下は、療養中の森にて不慮の落石事故に遭い、無念の死を遂げられました。最後まで殿下を庇おうとした忠義のメイド・エルドラは奇跡的に生還。その深い悲しみと忠誠心に心を打たれた第5皇子殿下は、彼女の心を癒すため、エルドラを自身の側室として厚く保護することを決定いたしました】

以上となります! 本日もご利用ありがとうございました!』


「…………っ」


読み終えた瞬間、私の手から滑り落ちた青い小瓶がコツンと床に転がった。


「あ、ちょっと! こぼさないでって言ったそばから!」


ミドが慌てて床から小瓶を拾い上げる。


「まったくもう。……幸いあんたがきっちりコルク栓を押し込んだ直後だったから中身は無事だけど。……って、リズ?」


小言を言いかけたミドが不意に口をつぐんだ。


私がカタカタと小刻みに肩を震わせていたからだ。


「……ごめんなさい、ミド。少し、手が滑って」


私は感情の抜け落ちた声で短く謝罪し、視界に浮かぶテキストを何度も読み返した。


不慮の事故。


忠義のメイド。


悲しみに心を打たれた第5皇子。


どの口が言っているのだ。


私を殺そうとした張本人たちが私の死を都合のいい美談にすり替え、悲劇のヒロインと慈悲深い皇子を演じている。


怒りで視界が真っ赤に染まる。


ギリッと強く噛み締めた唇から血の味がした。


「……リズ? あんた、その顔。まさか検索でヤバい情報でも引いたの?」


ミドが怪訝そうな顔で覗き込んでくる。


私は震える声で、今インフォメーションが教えてくれた帝都の公式発表の胸糞悪い内容をそっくりそのままミドに伝えた。


それを聞き終えたミドは心底嫌そうに顔をしかめ、忌々しそうに吐き捨てた。


「……反吐が出るわね。どこの世界も権力を持ったクズのやることは同じだわ」


私は震える拳を膝の上で強く握りしめ、ゆっくりと顔を上げた。


「ええ。でもこれでわかったわ。あいつらは私が確実に死んだと思い込んでいる。そして私がこの能力を使って遠く離れた帝都の情報を正確に引き出せることもこれで証明された」


悲しんでいる暇などない。


この『インフォメーション』の恐ろしいところは、それが『事実』としてこの世界に一度でも刻まれた情報である限り、どんな隠蔽も無意味だということだ。


あいつらの裏帳簿の隠し場所も賄賂の証拠も、エルドラの本当の出自も、正しいプロンプトさえ打ち込めばすべて丸裸にできる。


「見てなさい。あいつらが築き上げた嘘の城ごと、この力で根底から叩き壊してやるわ」


私の言葉に、ミドは口角を上げて「頼もしい後輩だこと」と笑った。


***


それからさらに数日が経ち、私の体力も完全に回復したある日の朝。


私はいつものように目を覚ますと、日課となった朝一番の定点検索を行うためにウィンドウを呼び出した。


敵の懐に飛び込む前に、まずは自分の足場であるこの小屋の安全を確保するための、ミド直伝の防衛プロンプトだ。


「『教えて、インフォメーション』。現在、この小屋を中心とした『半径五キロ以内』で、明確にこの小屋を目的地として向かってきている人間の数と武装の有無は?」


ピカッ


いつものように該当なしの返事が来るかと思いきや。


『検索開始します!

該当いたしました! 消費ストック【1】でご案内します!

現在、小屋から東へ約一キロの地点を、5名の人間がこちらへ向かって進行中です! 全員が剣や魔法杖で【武装】しており、警戒態勢を取っています!』


「え……っ!?」


私は弾かれたように立ち上がった。


嘘でしょ。なぜ?


帝都は私が死んだと発表したはずだ。


エルドラたちの追手なら、もう私が死んだと思って引き上げているはず。


「どうしたの、リズ。朝から騒々しいわね」


寝癖を爆発させたミドがあくびをしながら奥の部屋から出てくる。


「ミド、武装した人間が5人この小屋に向かってきているわ! 距離はあと一キロよ!」


私の報告を聞いた瞬間、ミドの気だるげな目がスッと細められ鋭い光を放った。


「……私の結界を抜けてきてるってことは、ただの迷子や狩人じゃないわね。魔力探知に長けた優秀な手練れが混ざってる」


ミドは壁に立てかけてあった自分の身の丈ほどもある木杖を手に取ると、トンッと床を叩いた。


「逃げる? それとも、隠れる?」


私の問いに、ミドはニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


「せっかくのOJTの実践編よ。逃げるわけないでしょ」


ミドの言葉に私も強く頷いた。


そうだ、私はもう、ただ逃げ惑うだけの無能な皇女じゃない。


現在のストックは、さっき消費して残りが『2』。


相手の素性を暴き、弱点を突き、武装を解除させるには十分な数だ。


私は深く息を吸い込み、ダボダボのローブの袖を強くまくり直した。


「さあ、お出迎えの準備をしましょうか」

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