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第4話:泥まみれの皇女と元社畜

私は深呼吸をして、今度は明確な条件を思い浮かべながら言葉を紡いだ。


「『教えて、インフォメーション』。彼女がすり潰している『草の名前』と、それを人間の傷口に塗った場合の『効果』は?」


ピロン♪


『♪〜検索開始します!』


『該当いたしました! 消費ストック【1】でご案内します!』


視界に浮かぶウィンドウに、すり鉢の中身を拡大したような鮮明な画像とポップなフォントのテキストが表示される。


『対象の植物は【ヒールウィード(特級)】です! 人間の傷口に塗布した場合、細胞を活性化させ、打撲や切り傷を急速に【回復】させる効果があります! なお、致死量の毒性は一切含まれておりません! お客様の健康をサポートする素晴らしいアイテムですね!』


「……っ」


私は小さく息を呑み、目を見開いた。


回復。


毒はない。


つまりこの得体の知れない魔女は、泥沼に落ちて全身打撲の重傷を負った私のために、私が眠っている間ずっと付きっきりで薬を作ってくれていたのだ。


『本日の残りのストックは【1】となります! 引き続きのご利用をお待ちしております!』


陽気な電子音が消えた後、部屋には薬草の青臭い匂いとすりこぎが鉢を擦る音だけが響いていた。


「……検索できた?」


女がジト目をこちらに向けた。


先ほどまで彼女を暗殺者か何かだと疑い、部屋の隅の箒で殴りかかろうとまで考えていた自分が急にひどく恥ずかしくなる。


毛布に顔を半分埋めながら小さく頷いた。


「……うん。傷薬、作ってくれてたのね。疑って……ごめんなさい」


「いいのよ、別に。崖から突き落とされた直後なら人間不信にもなるでしょ」


「えっ? なんで私が崖から落とされたって……」


「あんたが着てたドレス、皇族の紋章が入ってるけど泥と血でドロドロだったし。胸元の生地が、誰かに力任せに掴まれて不自然に伸びきってたし。検索ツールなんか使わなくても見れば大体わかるわよ」


女は呆れたように肩をすくめながら、出来上がった緑色のペーストを持って私のベッドに腰掛けた。


「ほら、腕出して。ちょっと沁みるけど我慢しなさいよ、お姫様」


「痛っ、あつっ……!」


腕の酷い擦り傷に緑色のペーストが塗られた瞬間、まるで焼けた鉄を押し当てられたような激痛が走った。


「動かない。特級のヒールウィードは細胞を強制的に繋ぎ合わせるから、ちょっと熱を持つのよ」


傷口に薬が塗られるたび、火に焼かれるような痛みに涙が滲む。


しかし、先ほどまで息をするのも辛かった胸の鈍痛や、ズキズキと脈打っていた全身の痛みが嘘のように引いていくのがわかった。


あのふざけたインフォメーションが言っていた通りだ。


彼女は本当に、私を治してくれている。


「……ありがとう。助けてもらった上に酷い態度をとってごめんなさい」


痛みに耐えながら頭を下げると、彼女は「別に」と短く返し、空になったすり鉢をテーブルに置いた。


「崖から突き飛ばされたら、そりゃ疑心暗鬼にもなるわ。で? あんた何者なの? その立派な紋章入りのボロ布、ただの貴族のお嬢様ってわけじゃないでしょ」


私は真っ直ぐに彼女の琥珀色の目を見つめ返し、ベッドの上で姿勢を正した。


泥だらけでも、命からがら逃げ出してきた惨めな姿でも、私から奪えなかったものが一つだけある。


誇りだ。


「私は、プリーズ=アフタミア。このアフタミア帝国の第6皇女よ。……と言っても、昨日第5皇子の派閥に暗殺されかけて、唯一の味方だと思っていたメイドに崖から落とされたばかりの落ちこぼれ皇女だけどね」


自嘲気味に笑う私を見て、彼女は「うげっ」とあからさまに嫌そうな顔をした。


「皇女様かぁ……。一番関わり合いたくない人種だわ。権力闘争とか派閥争いとか、前世の……ごほん、昔の嫌な記憶が蘇るから嫌いなのよね、そういうの」


「あなた、名前は?」


「ミド。ただの森の魔女よ。ま、捨て子だった私を拾ってくれた師匠が『髪が緑色だからミドでいいだろ』って適当につけた名前だから、家名なんて立派なものはないけどね」


ミド。


私はその名前を頭の中で反芻した。


無愛想で口が悪くて変な言葉を使うけれど、手当てをしてくれる指先はとても優しかった。


私を突き落としたエルドラの「偽りの優しさ」とは違う確かな体温があった。


「それで? 命拾いした第6皇女様はこれからどうするの? このまま森の奥で、私が死ぬまで匿ってあげよっか?」


ミドがからかうようにジト目を細めて聞いてくる。


森の奥で一生隠れて生きる。


それも一つの選択肢かもしれない。


無能な私にはそれがお似合いだと昨日までの私なら思っただろう。


けれど。


私の脳裏にフラッシュバックするのは燃え盛る離宮と、崖の上から私を見下ろして嘲笑ったエルドラの顔だ。


『第5皇子殿下がね、私を側室に迎えてくださると仰ったのよ!』


『私の輝かしい人生の『踏み台』になってちょうだい!』


――冗談じゃない。


私を裏切り、見下し、ゴミのように捨てたあいつらがぬくぬくと温かい城で勝ち誇っている。


私を殺した対価で着飾って美味いものを食べている。


そんなこと絶対に許せるはずがない。


胸の奥でどす黒い炎がボワッと燃え上がるのを感じた。


私は毛布を強く握りしめ顔を上げた。


「……帰るわよ、帝都へ」


「はぁ?」


「この『インフォメーション』があなたの言う通り、使い方次第でどんな情報でも引き出せる『検索エンジン』とやらなら……。私はこれを使って、あいつらの弱点を全部洗いざらい暴いてやる」


声が震えた。


恐怖からじゃない。


抑えきれない怒りと、反逆の歓喜からだ。


「私を殺そうとした第5皇子も、私を裏切ったエルドラも絶対に許さない。あいつらの隠したい秘密も不正も全部この力で暴き出して、徹底的に社会的に叩き潰してやる。あいつらの絶望を私が生き延びるための糧としてやる!」


私がギリッと奥歯を噛み締めて宣言すると、部屋の中にしばしの沈黙が落ちた。


「……そしてあいつらを全部片付けた後で……私は誰にも邪魔されない最高の『平穏』を手に入れてやるの。朝は小鳥のさえずりで起きて、好きな時に美味しいお茶を飲んで、誰の顔色も窺わずに昼寝をする。……そんな当たり前で贅沢な時間を、私は私の手で勝ち取るわ。綺麗事はあの泥沼に捨ててきたのよ!」


ミドは毒気を抜かれたように私を凝視し――それから、ふっと肩を揺らして、やがて腹を抱えて笑い出した。


「……あははっ! いいじゃない、その顔。無能で可哀想なお姫様かと思ったら案外いい性格してるわね。復讐の果てに『スローライフ』ねぇ。あんた、案外欲張りじゃない」


「すろー、らいふ……? よくわからない言葉だけど、響きは悪くないわね。ええ、そうよ。私はその『スローライフ』を手に入れるために、あいつらを踏み台にしてやるわ!」


ミドは面白そうに口角を上げると、ベッドの脇に立ち、私に向かって右手を差し出した。


「いいわ、手伝ってあげる。そのポンコツAIの『正しい命令プロンプトの出し方』、私が徹底的に叩き込んであげるわ。……ただし、私の『スローライフ』を脅かさない範囲で、だけどね」


「ええ、お願いするわ。ありがとう、ミド」


私はそのゴツゴツとした不格好な魔女の手を、しっかりと握り返した。


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