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第3話:ポンコツ検索と緑髪の魔女

泥水の不快な味と、全身を何度も巨木に打ち付けられた強烈な痛みの記憶。


「あっ……!」


ハッと息を呑んで跳ね起きようとした瞬間、全身の筋肉と骨が悲鳴を上げた。


息をするだけで肋骨がきしむような鈍痛が走り、私はたまらず顔をしかめて毛布の上に倒れ込む。


ここはどこだろう。


ぼやける視界を何度か瞬きして焦点を合わせると、古びた木の天井を見上げていた。


粗末だけれど清潔なベッドの上に寝かされており、泥だらけだったはずの体は、糊の効いた簡素な麻の服に着替えさせられている。


「……あー。やっと起きた」


不意に声がして、私はビクッと肩を震わせた。


「あんた、まるまる一晩うなされてたわよ。その傷じゃ無理もないけど。……ほら、もうお昼よ」


痛む首を無理やり巡らせると、部屋の隅にある作業机で、すりこぎを使って何かをゴリゴリとすり潰している女がいた。


深い緑色のボサボサの長髪に、目深に被った大きな魔女帽子。


ダボダボのローブを着た彼女は、まるで何日も徹夜が続いているかのような、ひどく気だるげな琥珀色のジト目を私に向けていた。


「あんた、森の北側の『底なし沼』に落ちてたわよ。たまたま私が通りかかったから拾ったけど、普通ならあんなの助からないわ。運が良かったわね」


女はあくびを噛み殺しながら、抑揚のない声でそう言った。


助けられた……?


私は毛布の下でこっそりと拳を握りしめ、痛みを堪えながら警戒心を限界まで高めた。


ここはまだ、私を殺そうとした第5皇子の刺客たちがうろついている森の中だ。


こんな森の奥深くに住んでいる得体の知れない魔女が、ただの親切心で行き倒れを助けるはずがない。


身ぐるみを剥がされるか、それとも回復させてから奴隷商人か何かに売り飛ばされるか。


もしや、エルドラたちが差し向けた追加の追手という可能性すらある。


相手の素性を知らなければ、殺される。


私は浅い呼吸を繰り返し、極小の囁き声で、例の言葉を唱えた。


(『教えて、インフォメーション』……目の前の女の『危険度』と『目的』は?)


ピロン♪


『♪こちらインフォメーションです!〜検索開始します!!』


「ひっ!?」


脳内ではなく、空中に唐突に現れた光のウィンドウから、やたらと陽気で巨大な電子音が部屋中に響き渡った。


しまった、音声出力の切り方なんてわからない!


『該当いたしました! 目の前の女性の危険度は【MAX】! 目的は【不明】です! 本日もご利用ありがとうございました!』


最悪だ。


何の役にも立たないポンコツ回答なうえに、盛大にこちらの動きをバラしてしまった。


危険度MAX。


殺される。


そう思って身構え、部屋の隅にある箒でも何でもいいから武器になりそうなものを探そうとした私の耳に、女の言葉が飛び込んできた。


「……ちょっと、あんた」


女は信じられないものを見るような、あるいはひどく呆れたような目で私の顔――正確には私の視界に浮かぶウィンドウのあたり――を見つめていた。


「それ……『検索エンジン(AI)』に『プロンプト(命令)』投げてんの?」


「……え?」


エーアイ?プロン、プト?


聞いたこともない奇妙な単語の羅列に、私は間抜けな声を漏らす。


女は大きなため息をつき、ボリボリと頭を掻きながらベッドの傍まで歩いてきた。


長身の彼女に見下ろされ、私はシーツを握りしめて体を強張らせる。


しかし、彼女は私に危害を加えるどころか、手に持っていたすりこぎで私の視界に浮かぶウィンドウをトントンと叩くような仕草をした。


「……プロンプトって何? これは、神様から授かった由緒正しき私の『ギフト』よ!」


私が反論すると、目の前の女は信じられないほど深い深呼吸をした。


言葉の通じない相手に一から説明しなければならない時の、諦めと疲労が混ざったようなため息だった。


「ああ、そっか。あんたこっちの住人だもんね。神様ねぇ……。まあ、どこの神か知らないけど、随分とタチの悪いUIの検索ツールをよこしたものね」


「ゆー、あい……?」


「まさか転生してまで、新人のOJT……ポンコツAIのプロンプト作りの指導をすることになるなんて。前世のブラック企業なみに労働環境悪いんじゃないの、これ」


女はブツブツと独り言のようにぼやきながら、再びジト目で私を見下ろした。


「いい? その『インフォメーション』ってやつは、万能の神様じゃない。ただの『膨大な知識を持った、融通の利かない道具』よ」


「ゆ、融通の利かない道具……」


「そう。『危険度』とか『目的』なんて、人間の感情や主観が混ざる質問はあいつらが一番苦手とする処理なの。さっき【MAX】なんて答えたのは、あんたが怯えてるのを読み取ったか、計算を放棄して適当にエラー吐いただけよ」


言われてみれば、思い当たる節がある。


崖から落ちる時、「私が助かる方法」という漠然とした願いは、ストック不足で弾かれた。


けれど、「一番衝撃を殺せる場所」という具体的な質問には、見事に答えてくれたのだ。


「本当に私の目的を知りたいなら、私の『行動』や『事実』という客観的なデータだけを調べなさい」


女はそう言って、再び部屋の隅に戻り、すり鉢の中で緑色の草をゴリゴリとすり潰し始めた。


「ほら、私が今すり潰してるコレ。これが何かをあいつに聞いて、自分の頭で推測してみなさい」


試されている。


私はゴクリと唾を飲み込み、頭をフル回転させた。


事実。


客観的なデータ。


もし、彼女が私を殺そうとしているなら、あの草は『毒』のはずだ。


そうだ、この女の主観なんてどうでもいい。


いま目の前にある物質の情報を抜き出せばいいだけなんだ。


私は深呼吸をして、今度は明確な条件を思い浮かべながら言葉を紡いだ。

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