第2話:生存率0.02%とカスタマーサポート
ヒュウウウウウウウッ!
耳元で風が獣の咆哮のように轟いている。
真っ逆さまに落下していく私の体は、容赦ない重力に引かれ、暗い森の底へと猛スピードで吸い込まれていた。
冷たい雨粒が弾丸のように頬を打ち据え、涙は重力に逆らって上へと飛んでいく。
眼下には黒々とした樹冠が迫っていた。
あと数十秒。
あと数十秒で激突する。
間違いなく全身の骨が砕け散り、私の人生は血肉の華を咲かせて終わる。
そんな絶体絶命の最中。
私の視界を覆い尽くす半透明の光の板は、空気を読む気など微塵もない様子で、能天気な保留音を鳴らし続けていた。
『♪〜チャンチャカチャ〜ン、チャンチャカチャ〜ン……ピロンッ!』
不意にマヌケな音楽が止んだ。
『大変長らくお待たせいたしました! カスタマーサポートAI『インフォメーション』初回セットアップが完了いたしました!』
脳内に直接響く、やたらとテンションの高い合成音声。
『現在のお客様の初期ストックは【3】となっております! 毎日深夜0時にストックは【最大値(現在のMAX:3)】回復いたします。本日はどのようなご用件でしょうか?』
「ご用件もストックもどうでもいい! 助けて! 私が助かる方法を教えて!!」
空中で手足をジタバタさせながら、私は半狂乱で叫んだ。
神様からもらったギフト。これが本当に私を助けてくれる力なら、奇跡でも魔法でもなんでも起こしてよ!
私を空に浮かせて!
あるいは時間を巻き戻して!
『♪〜検索中……ピロンッ!』
ウィンドウの中央に、赤い警告マークが点滅した。
『【ERROR(Code:2)】! 誠に申し訳ございません。お客様の要求は検索コストが【5】必要なため、現在の最大ストック【3】ではお答えすることができません!』
「はあああああああっ!?」
嘘でしょ!?
せっかく起動したのに、肝心なところで使えないの!?
役立たず!
ポンコツ!
やっぱり私のギフトは、どこまでいっても完全なるハズレだったんだ!
『なお、現在のお客様の生存率は【0.02%】となっております! 大変危険な状態ですので、お早めの対応を強くおすすめいたします!』
「煽ってんじゃないわよ!! 対応できるならとっくにしてるわよ!!」
木々の枝葉が、もう鼻先まで迫っている。
死ぬ。
確実に死ぬ。
エルドラの嘲笑う顔が脳裏をよぎった瞬間、私は冷静になった。
――いや。
死の恐怖で真っ白になりかけた時、ひとつの鋭い閃きが走った。
時間が極限まで引き伸ばされたような感覚の中で、私の思考が急速にクリアになっていく。
違う。
この能力は、魔法使いや神官のように奇跡を起こす力じゃない。
名前は『インフォメーション』。
そしてさっき、こいつは『お客様の要求は検索コストが5必要だ』と言った。
つまり、「私が助かる方法(奇跡の実行)」という、未来の事象を丸ごと変えるような無茶なお願いだから、コストが高すぎて弾かれたんじゃないの?
なら、もっと条件を絞って、ただの『周囲の情報』として質問すれば……!
残された時間は、ごくわずか。
私はカッと目を見開き、迫り来る森に向かって、今の自分が物理的に干渉できる限界の条件を叩きつけた。
「教えて! インフォメーション! この真下、私が体をよじって届く『半径一メートル以内』で、一番落下の衝撃を殺せる場所はどこ!?」
『♪〜検索中……ピロンッ!』
お願い、間に合って……!
『該当いたしました! 消費ストック【1】でご案内します!』
直後、私の視界のすぐ右下――ほんの数十センチ先の空中に、眩しく光る『赤い矢印』が出現した。
その真下には巨大な樹木の枝が複雑に折り重なり、泥深い沼が広がっている。
『あちらのポイントへ向けて、ただちに軌道を修正してください!』
「無茶言わないでよ!!」
悪態をつきながらも私の体はすでに動いていた。
必死に体を右にひねり、破れたドレスの裾を両手で強く握りしめ、滑空する鳥の翼のように大きく広げて風の抵抗を利用する。
二の腕の筋肉が千切れそうなほど悲鳴を上げた。
ほんの少しだけ。
本当に、手が届くかどうかのわずかな距離だけ、体が右に流れる。
赤い矢印が示す、生存率が0.02%から跳ね上がる、たった一点の生存ルートへ向かって。
バキバキバキバキバキッ!!!
「あぐっ、う、あああああああっ!!」
全身を何度も太い枝に打ち付けられ、骨が軋む。
容赦なく皮膚が裂け、激痛が脳を貫く。
しかし、幾重にも重なった太い枝葉が確実に落下のスピードを殺していく。
そして最後は。
ドシャアアアアアアッ!!
派手な水音と泥の飛沫と共に、私は冷たくて深い泥沼の中へと頭から勢いよく叩き込まれた。
「かはっ……、げほっ、ごぼっ……!」
泥水が鼻や口から入り込み、激しくむせる。
全身の骨がきしむような激痛。
泥水の不快な味。
ちぎれそうなほどの肺の痛み。
けれど手足は動く。
私は……生きている。
泥だらけの顔をわずかに上げると、暗闇の沼に、やたらと明るい声が響き渡った。
『目的地周辺に到着いたしました。音声案内を終了します! 本日の残りのストックは【2】となります!』
ピロン♪
『またのご利用をお待ちしております!』
……なんて、ふざけた能力なの。
「最悪、ね……」
安堵と想像を絶する疲労が一気に押し寄せてくる。
私は泥にまみれたままゆっくりと目を閉じ、今度こそ完全に意識を手放した。




