第14話:深夜の暗殺部隊と完璧すぎるお茶会
帝都の高級住宅街に用意された、豪華な別邸の一室。
かつてプリーズの専属メイドだったエルドラは、最高級のシルクで仕立てられた真紅のドレスに身を包み、豪華な長椅子で優雅に脚を組んでいた。
「あぁ、なんて素晴らしい香りなのかしら……」
グラスに注がれた年代物のワインを揺らし、エルドラはうっとりとため息をつく。
首元には、無能な第6皇女の離宮には存在しなかった大粒のダイヤモンドがギラギラと輝いていた。
「泥船の皇女様をあの泥沼に突き落として、本当に大正解だったわ。これからはワルモンド様の寵愛を受ける側室として、この帝都で一生遊んで暮らせるのよ。ふふっ、あはははっ!」
自らの裏切りを自画自賛し、笑い声を上げるエルドラ。
だが、その下品な笑い声は突然の轟音によって強制的に中断された。
バンッッ!!!
「ひぃっ!?」
部屋の重厚な扉が蹴り開けられ、第5皇子ワルモンドが血走った目で室内に踏み込んできた。
「ワ、ワルモンド様ぁ! どうされたのですか、そんな恐ろしいお顔で。何か嫌なことでも……ああっ、私でよければ優しく癒して差し上げ――」
エルドラが甘ったるい声を出してすり寄ろうとした次の瞬間、ワルモンドの裏拳が彼女の頬を打ち据えた。
「あぐっ……!?」
悲鳴を上げて床に転がり、手にしていたワイングラスが砕け散る。
真紅のワインが、自慢のドレスを無惨に汚していった。
「ワ、ワルモンド、様……? な、なぜ……?」
混乱と恐怖で涙目になるエルドラの胸ぐらを、ワルモンドが乱暴に掴み上げる。
「調子に乗るなよ、下賤なメイドが。誰が貴様のような強欲で品のない女を本気で側室にするものか!」
「え……?」
「貴様を厚遇しているのは、世間に亡き妹を最後まで守ろうとした忠義のメイドを保護した、慈悲深い皇子という美談をアピールするための、ただの政治的な嘘だ!」
ワルモンドの怒号が響き渡る。
「シスタネの暗殺は失敗。さらに、死んだはずのプリーズが生きて帝都に戻ってきているという報告が入った! あいつが生きていると世間にバレれば、貴様の忠義のメイドという設定は完全に崩壊する! その時点で、貴様の価値はゴミ以下になるんだよ!!」
「そ、そんな……プリーズが、生きている……!?」
「目障りだ! そこで震えていろ!」
ワルモンドはエルドラを床に投げ捨てると、部屋の影に控えていた漆黒の装束を纏う男たち――自身のギフト『絶対契約』で縛り上げた、最強の隠密暗殺部隊に目を向けた。
「今夜だ。今夜中に第3皇女の迎賓館に滞在しているプリーズの首を物理的に刎ねろ! 同盟が盤石になる前に、あの小娘さえ消せば……ッ!」
「御意」
音もなく頭を下げる暗殺部隊。
ワインにまみれたエルドラは、自分がただの使い捨ての駒であったという絶望と、復讐にやってくるかもしれない元主君への恐怖で、ガタガタと震えることしかできなかった。
***
「……くちゅんっ」
同刻。
第3皇女であるシスタネお姉様が手配してくれた、帝都の一等地にある豪華な迎賓館の寝室で。
ふかふかのベッドの上でくつろいでいた私は、小さなくしゃみをした。
「どうしたの、リズ。風邪?」
向かいのソファで高級な果物をかじっていたミドが首を傾げる。
「ううん、誰かが私の噂でもしてるのかしらね。……エルドラあたりが、ワルモンドお兄様にこっぴどく怒られて泣き喚いてるとか?」
私がくすりと笑うと、ミドは呆れたように肩をすくめた。
エルドラ。
私の全てを奪い、さらなる富を得ようとした強欲な裏切り者。
彼女への精算は、必ず私自身の手で果たすつもりだ。
――とは言ったものの、実は今、私の心中は少しだけ穏やかではなかった。
時計をチラリと盗み見る。
時刻は午後11時58分。
敵の動きをある程度封じたとはいえ、ここは敵地・帝都のど真ん中。
手負いの獣が大人しく泣き寝入りするはずがない。
もし日付が変わる前……私の『インフォメーション』のストックがゼロの状態で不意打ちを受けたら、かなり分が悪いのだ。
ボーン、ボーン……。
やがて、待ちに待った部屋の大きなアンティーク時計が、深夜0時の鐘を鳴らした。
『♪〜ストックが最大値【3】に回復しました! 本日もインフォメーションをご活用ください!』
「……っ、よし! さてと」
私は安堵と共に大きく背伸びをして、無音設定のウィンドウを呼び出した。
(『教えて、インフォメーション』。今夜、ワルモンドお兄様が私に向けて仕掛けてくる物理的な攻撃手段と、その正確な進入ルート・時間は?)
ピカッ、とウィンドウが明滅し、テキストがスラスラと表示される。
『該当いたしました! 消費ストック【1】でご案内します!
【ワルモンドの次の一手】(※暗殺部隊への作戦伝達ログより抽出):今夜午前2時ちょうど、第5皇子直属の暗殺部隊(絶対契約の縛りあり)5名が、この迎賓館の『東棟・3階のバルコニーの窓』から侵入を試みます!
全員が致死性の毒刃を装備し、対象の寝込みを襲う計画です!
(本日の残りストック:2)』
「…………ふぅ、よかった。午前2時ね。ビンゴだわ」
表示されたテキストを見て、私はホッと胸を撫で下ろし、それから極悪な笑みをこぼした。
「ミド。ワルモンドお兄様から、深夜の刺客が5人いらっしゃるそうよ。時間は午前2時。侵入経路は、この部屋のバルコニーの窓よ」
「はぁ。全く、あいつらも学習しないわね。……でもあんた、さっきまで『0時前に来たらどうしよう』って顔でソワソワしてたじゃない。準備に2時間も猶予があって助かったわね」
「フ、フンッ! 優秀な暗殺者なら、警備が手薄になる『丑三つ時(午前2時)』を狙ってくることくらい、最初からお見通しだったわよ!」
「はいはい。で? どうするの、予測バッチリだったお姫様」
「決まっているじゃない。来客には、温かいお茶でおもてなしをしなくちゃ」
私はベッドから降りると、パチンと指を鳴らした。
「ネネードお姉様とスイを起こしてちょうだい。最高に意地の悪い歓迎会の準備をするわよ」
***
午前1時59分。
迎賓館の東棟・3階。
音一つ立てず壁面を這い登ってきた5つの黒い影が、バルコニーに降り立った。
彼らはワルモンドお兄様の絶対契約により、死ぬまで任務を遂行する最強の暗殺者たちだ。
リーダー格の男が、特殊な道具で窓の鍵を無音で開ける。
標的の第6皇女は、この奥のベッドで無防備に眠っているはず。
一瞬で首を刎ね、離脱する。完璧な手筈だった。
静かに窓が開き、暗殺者たちが室内に足を踏み入れた――その瞬間。
突如として、部屋中の魔力ランプが一斉に点灯し、真昼のような眩い光が室内を照らし出した。
「なっ……!?」
暗殺者たちが目を眩ませ、反射的に武器を構える。
だが、彼らの視界に飛び込んできたのは、無防備に眠る皇女の姿ではなかった。
「いらっしゃい。ちょうどお湯が沸いたところよ」
バルコニーの窓の真正面。
優雅な丸テーブルがセッティングされ、私が湯気を立てるティーカップを片手に微笑んで待ち構えていたのだ。
「ば、馬鹿な! なぜ我々の動きが……ッ!」
「遅刻しなくて偉いわね。午前2時ちょうど。さあ、私の陣営のルールを教えてあげる」
私がティーカップをコトリと置いた瞬間。
「我が主君の睡眠時間を邪魔するとは、万死に値する」
部屋の隅から、氷のような冷気を纏ったスイが滑るように飛び出した。
彼女が『氷の大剣』を一振りすると、暗殺者たちの足元の床が一瞬にして絶対零度に凍りつき、5人の両足が床に完全に固定された。
「ぐおっ!? あ、足が……ッ! 氷の副官、なぜここに!」
「私はプリーズ殿下の第一の剣。そして」
スイが冷たく言い放つと同時、部屋の奥の扉がバンッ!と蹴り破られ、巨大な戦斧を肩に担いだネネードお姉様が満面の笑みで飛び出してきた。
「しゃらァァァァッ!! テメェらをここで全員ぶっ飛ばせば、明日の朝の面倒な事後処理の書類は、全部妹とスイがやってくれるんだな!?」
「ええ、許可するわ。心置きなく物理でわからせてあげなさい」
「ひ、ひぃぃっ! 不死身の狂皇女……ッ! ば、化け物どもがぁぁッ!!」
逃げ場を失い、床に縫い付けられた暗殺者たちに向かって、ストレス(書類仕事への恐怖)を力に変えたネネードお姉様の大立ち回りが始まった。
「オラオラオラァ! 毒刃なんて私には効かねえんだよォ!」
ドゴォォン! バキィィッ!
夜の迎賓館に、暗殺者たちの悲鳴と物理的な粉砕音が響き渡る。
もちろん手加減するように言ってあるので、命に別状はない。
私はその光景を、ミドが淹れてくれた温かいお茶をすすりながら優雅に眺めていた。
「……ねえミド。このお茶、少し渋いわね」
「贅沢言わないの。深夜の乱闘を見ながら飲むお茶なんて、こんなもんよ」
わずか数分後。
そこには全身を打撲でボロボロにされ、首から下を完全にスイの氷でパックされた5人の暗殺者が、綺麗なオブジェのように並べられていた。
私はカップを置き、リーダー格の男の顔の前まで歩み寄った。
「さて。あなたたちを殺すつもりはないわ。その代わり、ワルモンドお兄様にお土産を持って帰ってもらうわよ」
私はあらかじめ用意しておいた一通の封筒を、氷漬けにされたリーダーの胸元にねじ込んだ。
「ワルモンドお兄様に、こう伝えなさい。あなたの見ている盤面は、常に私の手元に透けているわよ、ってね」
***
翌朝。
ワルモンドの地下室に、巨大な氷の塊に閉じ込められた5人の暗殺者が届けられた。
氷の中から見つかった一通の手紙。
そこには、ワルモンドが今日実行しようとしていた資金洗浄の別ルートの詳細な金額と場所が、完璧な数字で記されていた。
「なんだこれは、なんなんだあいつは……ッ!!」
手紙を読んだワルモンドは、ついに恐怖で顔を歪め、その場に力なくへたり込んだ。
絶対的な情報を持つ底知れぬ化け物の影が、彼の首元に確実な冷たい刃を突きつけた瞬間だった。
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