第13話:恩人の手土産と聖女との同盟交渉
「ええ。死の淵から蘇ってきたわ。……お姉様の窮地を救うためにね」
私が差し出した手を、シスタネお姉様は震える両手でそっと握り返した。
聖女と称される彼女の手は私の冷たい手とは違い、とても温かかった。
私は彼女を優しく引き上げ、土埃のついた純白のドレスを軽く払ってあげる。
「プリーズ……本当に、プリーズなのね。神よ、感謝いたします。あなたの不慮の事故を聞いた時、私は……ッ」
シスタネお姉様がサファイアのような瞳から大粒の涙をこぼす。
どうやら、彼女は私の死(偽装)を本気で悲しんでくれていたらしい。
少しだけ胸がチクリと痛んだが私は微笑みを崩さなかった。
「心配をかけてごめんなさい、シスタネお姉様。でも、感動の再会を喜ぶ前に少し状況を整理しましょうか」
私がそう言うと、シスタネお姉様はハッとして周囲を見渡した。
広場は完全に制圧されていた。
氷漬けにされた暗殺者たちをスイがテキパキと縛り上げ、ミドは負傷した聖騎士たちに治癒の魔法をかけて回っている。
そして広場の中央では。
「おらァ! 骨のある奴はいねえのか! もっと私を楽しませろォ!!」
返り血と魔物の体液でドロドロになったネネードお姉様が、戦斧を振り回しながら残党を探して暴れ回っていた。
完全にバーサーカーである。
「ひっ……! ネ、ネネードお姉様……!?」
シスタネお姉様が恐怖で顔を青ざめさせて私の背中に隠れた。
無理もない。
敵対する2・4・5派閥の最大武力であり言葉の通じない『不死身の狂皇女』なのだから。
「ああ、ごめんなさい。うちの前衛が少し元気すぎるみたいね。……おーい、ネネードお姉様! もう敵はいないわよ、そこにお座りなさい!」
私がパンッと手を叩いて犬を呼ぶように声をかけると。
「おう! 終わったか妹よ! どうだ、私の暴れっぷりは! これで今日の書類仕事は免除だな!?」
ネネードお姉様は嬉しそうに尻尾を振る(幻覚)ように駆け寄ってくると、ドスッと私の足元に座り込んだ。
その光景を見たシスタネお姉様と聖騎士たちが、文字通りポカンと口を開けて硬直する。
「な……狂皇女、いえ、あのネネードお姉様が……プリーズの言うことを、聞いている……?」
「ええ。彼女はもう私の陣営よ。色々あってワルモンドお兄様たちのやり方に愛想を尽かして、私に忠誠を誓ってくれたの」
「書類ゼロの世界のためにィ!!モガっ」
余計なことを叫ぶネネードお姉様の口を、後ろから歩いてきたスイが「殿下は黙っていてください」と物理的に氷で塞ぐ。
「お久しぶりです、第3皇女殿下。元・第2皇女派閥副官、スイ=アクリーム。現在はプリーズ殿下の第一の剣としてお仕えしております」
「スイ副官まで……!? い、一体どうやって……?」
シスタネお姉様が混乱の極みに達しているのを見て、私はフフッと笑いダボダボのローブの懐から例の物を取り出した。
「これを見てちょうだい、お姉様」
私が手渡した分厚い羊皮紙の束をシスタネお姉様は恐る恐る受け取った。
それはネネードお姉様の部屋の丸テーブルで、長らくガタつき防止の下敷きにされていた極秘文書だ。
「それは……?」
「第5皇子、ワルモンドお兄様の裏帳簿よ。他国への兵器の横流し、不正な資金洗浄、そして……政敵や邪魔者を秘密裏に始末させた暗殺部隊への報酬記録。すべて、ワルモンドお兄様の署名と魔力印付きで載っているわ」
「なっ……!?」
シスタネお姉様がページをめくる手がワナワナと激しく震え出す。
聖女としての高潔な怒りが彼女の表情を険しいものに変えていく。
「こんな……これほどの悪逆非道をワルモンドは裏で……! 許せません、これは明確な国家への反逆……神への冒涜です……ッ!」
(――かかったわね)
私は内心でガッツポーズをした。
シスタネお姉様のギフト『神の断罪』は、神あるいは彼女自身が対象を明確に『罪人』と認定しなければ発動しないという厳しい条件がある。
つまりこの裏帳簿の存在自体が、彼女の最強のギフトの引き金を軽くする『弾薬』になるのだ。
「私を殺そうとしたのも、今日大聖堂に向かうお姉様を魔物と暗殺者で襲わせたのもすべてワルモンドお兄様の差し金よ。……私はこの裏帳簿を使って彼を完全に破滅させたい」
私はまっすぐにシスタネお姉様の瞳を見据えた。
「だからお姉様とリピートお兄様の第1・3派閥に、これを手土産として譲渡するわ。私の集めた戦力……ネネードお姉様やスイの武力も、自由に使って構わない」
「プリーズ……あなたが、私たちに協力してくれるというの?」
シスタネお姉様が縋るような目で私を見た。
私は静かに頷き、ただ一つの絶対条件を提示した。
「ええ、同盟を結びましょう。……その代わり、ワルモンドお兄様を失脚させこの継承戦が終わった後は、私の身の安全と平穏な暮らしを完全保証してちょうだい。私は玉座には興味がない。田舎でミドと一緒に、スローライフを送りたいの」
「玉座を、望まない……?」
「ええ。この恐ろしい継承戦から、私を完全に解放してくれること。それがこの最強の戦力と情報を譲渡する条件よ」
私が言い切るとシスタネお姉様は羊皮紙の束を胸に抱きしめ、深く、深く頷いた。
「わかったわ。プリーズ、あなたが私と騎士たちの命を救ってくれたこと……そしてこの国の闇を暴いてくれたこと。決して忘れない」
シスタネお姉様が私の手を取って祈るように目を閉じる。
「私とリピートお兄様の名にかけて、必ずあなたに平穏な未来を約束するわ。……共にワルモンドお兄様の悪行を終わらせましょう」
交渉成立。
私は完璧な笑みを浮かべながら、背後でモガモガしながら「書類ゼロォォォ!」と叫ぼうとしているネネードお姉様を足で軽く小突いた。
誰の血も流さず私の最大の目的である『ワルモンドへの復讐』と『平穏なスローライフの確約』が、今ここでガッチリと結びついたのだ。
***
同じ頃。
帝都の奥深く、陽の光すら届かない冷たい地下室で。
「……何だと?」
豪奢な椅子に深く腰掛けていた第5皇子ワルモンドは、影から現れた報告者の言葉に持っていたワイングラスをピキリとひび割れさせた。
「シスタネの暗殺が失敗した、だと? ネクロノの影獣まで投入してなぜあんな小娘一人殺せない!」
「も、申し訳ありません! 突如として、第2皇女ネネード殿下とスイ副官が乱入してきまして……我々の部隊は文字通り一瞬で蹂躙されました……ッ」
「ネネードだと!? なぜあの脳筋女がシスタネを庇う! 奴は俺の陣営の要のはずだろうが!」
激昂するワルモンドに報告者はさらに絶望的な事実を告げた。
「そ、それが……ネネード殿下を従えていたのは……死んだはずの、第6皇女プリーズ殿下でした。彼女は化け物のような力で我々の作戦を完全に読み切っていたと……!」
ガチャンッ!!
ワルモンドの手の中でワイングラスが粉々に砕け散り、赤黒い液体が床に滴り落ちた。
「プリーズ、だと……? あの無能の小娘が、生きているというのか……ッ!」
暗い地下室にワルモンドの怒りと焦りに満ちた声が響き渡る。
反撃の狼煙はすでに上がっていた。
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