第12話:大聖堂への襲撃と最強の前衛の乱入
雲一つない青空から眩しい正午の陽射しが降り注いでいた。
帝都の中央に位置する白亜の『大聖堂』。
その前へと続く幅広の石畳の道を、第3皇女シスタネお姉様を乗せた純白の馬車が、十名ほどの聖騎士たちに護衛されながらゆっくりと進んでいく。
その優雅な光景を、私たち四人は大聖堂を見渡せる高い建物の屋根からひっそりと見下ろしていた。
「……きたわね」
私の呟きと同時だった。
シスタネお姉様の馬車を囲むように、石畳の影が突如としてドロリと黒く濁り沸騰したように泡立った。
『ギシャァァァァッ!!』
『グルルルゥ……ッ!』
影の中から這い出してきたのは、四つん這いの異形の化け物たち――『影獣』だ。
第4皇子ネクロノお兄様のギフト『深淵の闇』によって喚び出された魔物である。
実体があるようでない不定形の体は、物理的な剣撃を半ばすり抜けてしまう厄介な相手だ。
さらに周囲の建物の屋根から、黒装束に身を包んだ第5皇子ワルモンドお兄様の手練れの暗殺部隊が音もなく一斉に飛び降りてきた。
「敵襲ォォッ! 殿下をお守りしろぉぉッ!!」
護衛の聖騎士たちが剣を抜き瞬時に馬車を取り囲んで円陣を組む。
激しい金属音と魔物の咆哮が白昼の広場に響き渡った。
「おおっ! 始まったな! 行っていいか!? なあ妹よ、もう突撃していいか!?」
私の隣で、身の丈ほどもある巨大な戦斧を構えたネネードお姉様が、尻尾を千切れんばかりに振る大型犬のようにソワソワと足踏みをしている。
「まだよ、待て。……今助けに入っても、ただの通りすがりの援軍にしかならないわ」
私はネネードお姉様の鎧の襟首をガッチリと掴んで引き留めながら、眼下の戦況を冷静に分析した。
ワルモンドお兄様が放った戦力は合わせて三十以上。
対する聖騎士は十名。
「ぐああっ!? こ、この化け物、剣が効かんぞ!」
「隙間を狙え! 確実に数を減らすんだ!」
影獣の爪が聖騎士の盾を紙のように引き裂き、その隙を暗殺者の毒ナイフが正確に突く。
じリじリと、しかし確実に聖騎士たちの防衛線は削られていく。
「シスタネ殿下はご自身のギフト『神の断罪』を使わないのでしょうか?」
スイが眉をひそめて眼下を見つめる。
「使えないのよ。あのギフトは『神が罪人と認定した対象』を消し飛ばすことができる能力だけど、発動条件がものすごく厳しいの。対象の名前、犯した罪の認識、そして神への祈り……不意打ちの乱戦じゃ、条件を満たす前に押し切られるわ」
私の言葉を証明するように、一際大きな影獣が聖騎士の隊長に飛びかかった。
隊長が吹き飛ばされ、ついに馬車への道が開いてしまう。
「くそっ……! 殿下、お逃げください――!」
暗殺者の凶刃と、影獣の牙が無防備になった馬車の扉へ同時に迫る。
その時、扉がバンッ! と開き、純白のドレスに身を包んだ美しい銀髪の女性――シスタネお姉様が姿を現した。
彼女は傷ついた騎士たちを背に庇うように前に出ると、絶望的な状況の中で胸の前で両手を強く組み合わせた。
「ああ、神よ……! どうか彼らをお救いください……ッ!」
シスタネお姉様の悲痛な祈りの声が広場に響く。
護衛の騎士たちが疲弊して膝をつき、対象が完全な絶望に包まれた瞬間。
誰一人として死者は出ていないが、精神的にはこれ以上ないほどのどん底。
(――『インフォメーション』が弾き出した、誰も死なせずに私たちが介入できる『ギリギリの限界点』……! 今だわ!!)
私は、掴んでいたネネードお姉様の襟首からパッと手を離した。
「よし! 行って、お姉様!! スイ、ミド、護衛の騎士たちを絶対に死なせないようにサポートを!!」
「しゃらぁぁぁぁぁッ!! 書類ゼロの世界のためにィィ!!」
私の号令と同時。
ネネードお姉様は嬉々とした雄叫びを上げ、ミドの魔法で気配を消して隠れていた建物の屋根から広場の中央へ向かってまるで巨大な隕石のように飛び降りた。
ズッドォォォォォンッ!!!
シスタネお姉様の目の前。
襲いかかろうとしていた三体の影獣の脳天に、ネネードお姉様の戦斧が重力と落下の勢いを乗せて直撃した。
物理攻撃が効きにくいはずの影獣が、その理不尽な質量と速度の前には無力だった。
石畳がクレーターのように爆散し、三体の魔物は悲鳴を上げる間もなく一撃で物理的にミンチとなって霧散する。
「なっ……!? なんだ、空から……ッ!?」
「ネ、ネネードお姉様……!?」
シスタネお姉様と暗殺部隊が、突如として舞い降りた『不死身の狂皇女』の姿に目を剥いた。
土煙の中から、紅蓮の髪を揺らしたネネードお姉様がニィッと獰猛に笑う。
「ハハハハハ! 弱い、弱すぎるぜ! テメェらまとめて、私の書類仕事のストレス解消の道具になりやがれェ!!」
「ひっ、第2皇女だと!? なぜここに……構わん、やれ!」
暗殺者のリーダーの指示で数人の刺客がネネードお姉様の背後から一斉に斬りかかる。
だが――彼らの凶刃が鎧に届くより早く、ネネードお姉様の体がブレた。
「……あァ? 遅いんだよ、雑魚が」
ゴギィンッ!!
巨大な戦斧の腹が死角からの剣撃をまとめて叩き割り、そのままの理不尽なスピードで暗殺者たちを弾き飛ばした。
不死身の保険に頼るまでもない、圧倒的な技量と速度で蹂躙する狂戦士の戦い方。
彼女が戦斧を一振りするたびに暴風のような衝撃波が発生し、敵兵がまとめて宙を舞う。
「ば、馬鹿な! なんだこのデタラメな強さは……ッ! ええい、聖騎士にとどめを――」
暗殺部隊のリーダーがターゲットを切り替えようとしたその直後。
灼熱の太陽が照りつける広場の気温が急激に氷点下まで下がり、石畳がピキピキと白く凍りつき始めた。
「――そこまでだ。逆賊ども」
澄み切った氷のような冷たい声。
ネネードお姉様の嵐のような暴力とは対照的に、スイが音もなく優雅に広場へ舞い降りていた。
その手には、彼女のギフトである『氷の大剣』が冷気を放ちながら握られている。
「こ、今度は『氷の副官』スイ=アクリーム!? 馬鹿な、第2皇女派閥がなぜ我々の邪魔を……ぐああっ!?」
スイが滑るように石畳を駆け抜ける。
完璧な氷の顔を作った彼女の剣閃は、ネネードお姉様のような派手さはないが冷徹で正確無比だった。
影獣の核を正確に貫き凍結させ、暗殺者の武器を腕ごと氷漬けにして無力化していく。
「大地の根よ。彼らを護る盾となりなさい」
さらに、ミドが建物の屋根の上から静かに杖を振るう。
すると砕けた石畳の隙間から鋼鉄よりも硬い極太の茨の蔓が生き物のように数十本も伸び、膝をついていた聖騎士たちを優しく包み込んで安全なドーム状の結界を作り出した。
影獣の爪も暗殺者の投げナイフも、全て茨の盾が弾き返す。
「な、何が起きているの……? あなたたちは、敵のはずじゃ……」
シスタネお姉様が腰を抜かしたまま呆然と呟く。
圧倒的だったワルモンドお兄様の私兵団は、突如として乱入してきた2・4・5派閥の武力の要である二人と、底知れぬ大魔女の連携によってわずか数分で壊滅状態に追い込まれていた。
広場には氷漬けになった暗殺者と霧散した影獣の残骸、そして高笑いしながら残党を追いかけ回すネネードお姉様の姿だけが残った。
私は、ゆっくりと建物の階段を下り、静寂が戻った広場へと歩み出た。
ダボダボのローブをパサリと翻し、ポカンと口を開けているシスタネお姉様に向かってとびきり優雅な淑女の笑みを浮かべる。
「お久しぶりね、シスタネお姉様」
「……え? あ、あなたは……」
シスタネお姉様のサファイアのような瞳が限界まで見開かれた。
「嘘……。プリーズ、なの……? あなたは、落石事故で亡くなったと……」
「ええ。死の淵から蘇ってきたわ。……お姉様の窮地を救うためにね」
私は計算通りに用意した台詞を口にし、唖然とするシスタネお姉様の前に跪いて手を差し伸べた。
誰も死なせずに、最大のピンチを救う。
これ以上ない『最高の恩売り』が、見事に完了した瞬間だった。
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