第11話:作戦会議とワルモンドの次の一手
深夜の第2皇女の私室にスイの悲痛な叫び声が響き渡る。
書類仕事をすべて押し付けられると知り、床に崩れ落ちる優秀な副官。
そんな彼女をミドが「まあまあ、前世の私よりマシよ」と謎の慰め方でヨシヨシと撫でている。
「よし、書類ゼロだ! うおおおッ!!」
そしてその横では、私の極悪なハッタリ(自動送信)にまんまと騙され、書類仕事から解放された喜びに震える不死身の狂皇女、ネネードお姉様が拳を天に突き上げていた。
私はガタガタと揺れる丸テーブル――先ほど私が脚の下から裏帳簿を引っこ抜いたためバランスが崩れている――に肘をつき、三人の様子を満足げに眺めた。
これで手駒は揃った。
ここからは私を暗殺しようとしたワルモンドお兄様への反撃のターンだ。
「さて、騒ぐのはそのくらいにしてちょうだい。今後の作戦会議を始めるわよ」
私がパンッと手を叩くと、スイはハッとして立ち上がり、コホンと咳払いをして完璧な氷の顔を作った。
ネネードお姉様も「おう! 誰を殴ればいいんだ!?」と鼻息を荒くしてテーブルに身を乗り出してくる。
「私達第6派閥の方針としては、このワルモンドお兄様の裏帳簿を敵対している第1・3派閥……つまり、リピートお兄様とシスタネお姉様に直接手渡しして同盟を結ぶわ」
「同盟……ですか」
スイが顎に手を当て険しい表情を浮かべた。
「しかしプリーズ殿下。2・4・5派閥と彼らは現在絶賛ドンパチの真っ最中です。第2派閥であるネネード殿下の顔を見た瞬間に、問答無用で殺し合いに発展する危険性が高いかと」
「おう! シスタネの顔を見たらとりあえず一発ぶん殴りたいぜ!」
「ほら、言ったそばから! 殿下は少し黙っていてください!」
スイが胃を押さえながらネネードお姉様をたしなめる。
主従が逆転しているような光景だが、ネネードお姉様は「ちぇっ」と口を尖らせるだけで大人しく引き下がった。
どうやら本当に書類仕事が嫌だったらしい。
「スイの懸念はもっともよ。だからといって普通に裏帳簿を送りつけても、ワルモンドお兄様の邪魔が入って揉み消される可能性が高い。だからこそ、直接会って信用させるための最高のタイミングと手土産が必要なの」
「手土産、ですか?」
「ええ」
私はニヤリと笑い、視界の端で静かに待機しているウィンドウを呼び出した。
「お姉様を屈服させるのに能力を使う必要はなかったから……今日の私のストックは、まだ3回とも手付かずで残っているのよ」
「……ッ!!」
スイが息を呑む。
対象のあらゆる秘匿情報を暴き出す(と思い込んでいる)化け物能力が、まだフル装填されている。
その事実が彼女を震え上がらせたようだ。
私はストックを一つ消費するつもりで、頭の中でプロンプトを打ち込んだ。
(『教えて、インフォメーション』。ワルモンドお兄様が第1・3派閥に対して企てている『最新の作戦データ』と、その実行に向けた『機密通信ログ』をすべて抽出して!)
ピカッ、と明滅したウィンドウに、即座にテキストが表示される。
『該当いたしました! 消費ストック【1】でご案内します!
【ワルモンドの次の一手】(※対象が暗殺部隊へ発した命令文書および通信ログから抽出):明日のお昼頃、第3皇女シスタネ殿下が帝都大聖堂へ祈りを捧げに向かう道中を狙い、暗殺部隊を差し向ける計画です。また、確実を期すために第4皇子ネクロノ殿下のギフト『深淵の闇』で召喚された異界の魔物も同時に投入されます。』
「…………ふふっ、なるほどね」
表示されたテキストを読み、私は思わず邪悪な笑みをこぼした。
「どうしたの、リズ。またえげつない情報を引いたわけ?」
ミドが呆れたように聞いてくる。
私はウィンドウを消しながら、全員に向けて情報を共有した。
「明日の昼、ワルモンドお兄様が大聖堂へ向かうシスタネお姉様を暗殺部隊と魔物で襲撃するそうよ」
「なっ……!? なぜ、これから起こる敵の極秘作戦まで……ッ!?」
スイが限界まで目を見開いて驚愕する。
彼女の中での私のヤバさが、また一段階跳ね上がった音がした。
「おいおいマジか! 妹よ、テメェの能力本当に何でもありだな! 最高じゃねえか!」
ネネードお姉様がバンバンと私の背中を叩く。
痛いからやめてほしい。
「ワルモンドお兄様もシスタネお姉様の『神の断罪』が邪魔なんでしょうね。だから確実に仕留めるためにネクロノお兄様の魔物まで借りて勝負に出るみたい」
「なるほど……。しかしプリーズ殿下、その情報を事前に得たということは、我々がシスタネ殿下に警告に向かうと?」
スイの問いに私はチッチッと指を振った。
「警告なんかしないわ。そんなことをしても罠だと疑われるだけよ」
「では、どうするのですか?」
「決まっているじゃない。暗殺部隊と魔物がシスタネお姉様を襲い、彼女の護衛たちが次々と倒れ……いよいよ絶体絶命のピンチ、という一番美味しい瞬間まで私たちは物陰で高みの見物を決め込むの」
私が悪役そのものの笑みを深めると、スイとミドの顔が引き攣った。
「そ、それではシスタネ殿下や護衛の命が……ッ!」
スイが慌てて声を上げる。
私はクスリと笑ってスイの言葉を遮った。
「誤解しないで、スイ。見捨てるわけじゃないわ。私の陣営から絶対に死人は出さない。……護衛の騎士たちが疲弊して武器を落とし、シスタネお姉様が『ああ、神よ! もう駄目だわ!』と絶望しかけたそのギリギリの瞬間よ」
「え?」
「誰も死なないけれど、私たちが最大の恩を売れる絶妙なタイミングをインフォメーションで計算して、そこに飛び込むのよ」
私は無音のウィンドウを呼び出し、現在の残りストック【2】をすべて注ぎ込むつもりで、強烈なプロンプトを打ち込んだ。
(『教えて、インフォメーション!』 両陣営の戦力差と過去の戦闘データから、シスタネお姉様の護衛部隊から死者が出て防衛線が完全に崩壊するまでの時間と、誰も死なせずに私たちが介入できる『ギリギリの限界点』を割り出して!)
ピカッ、とウィンドウが明滅する。
『該当いたしました! 複雑な未来予測シミュレーションのため、消費ストック【2】でご案内します!(本日の残りストック:0)』
『【シミュレーション結果】:交戦開始から約7分後。対象の護衛戦力から死者が出て防衛線が完全に崩壊します。その崩壊の直前、シスタネ殿下が神に祈りを捧げた瞬間が、介入の限界点となります』
「……完璧ね」
私は表示されたテキストを読み、満足げにウィンドウを閉じた。
私がウインクを飛ばすと、スイはポカンと口を開けた後、ハァと深い安堵の息を吐き出した。
「な、なるほど……。冷酷な見殺しではなく被害をゼロに抑えつつ、最大限の恩恵を引き出す計算……」
スイがガタガタと震えながら、しかしその瞳には「根は優しい主君でよかった」という深い畏敬と忠誠の念を込めて私を見つめていた。
「おっしゃぁぁ!! よくわかんねえが、そのギリギリのタイミングってやつで私が飛び出して魔物ごと暗殺部隊を物理でミンチにしてやればいいんだな!?」
ネネードお姉様が戦斧を手に、嬉々として立ち上がった。
「半分正解よ、お姉様。相手はミンチじゃなくて半殺しね。そうやって絶体絶命のピンチからシスタネお姉様を無傷で救い出せば、私たちは文句なしの命の恩人になれる。 恩人からの手土産なら、この裏帳簿の信憑性も完璧なものになるわ」
「……見事です。誰も死なせずに全ての盤面を支配する。私の新しい主君はとんでもない策士ですね」
スイが感嘆の溜め息を漏らし、深く頭を下げる。
「よし、決まりね! 明日の昼までにしっかり準備して、完璧なコンディションでシスタネお姉様に恩を売りに行くわよ!」
「おう!! 暴れまくってやるぜ!!」
「はっ! 直ちに準備を整えます!!」
「……あんた、本当に主人公の立ち位置じゃないわね」
こうして、ガタつく丸テーブルでの作戦会議は終了した。
手付かずのストックを活用し、ワルモンドの次の一手を完全に読み切った私たち。
待っていなさい、ワルモンドお兄様。
あなたが周到に準備したその暗殺計画ごと、私が根こそぎ喰い破ってあげるわ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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