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第1話:絶望の崖とふざけた保留音

はじめまして、作者の 有休 ありか と申します。

本日3月14日より連載を開始いたします。

初日である本日は、この第1話を含めて7話までを公開予定です。

明日以降も、毎日更新を目標に頑張ります。

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします!

冷たい雨が容赦なくドレスを打ち据える。


かつて美しい純白だった絹は泥と血にまみれ、水を吸って鉛のように重かった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


肺が焼け切れるように痛く、喉の奥からは鉄錆のような血の味がした。


限界をとうに超えた足は木の根に躓くたびに悲鳴を上げるが、それでも歩みを止めるわけにはいかない。


「姫様、こちらへ! 早く!」


暗い森の中、前を走るメイドのエルドラが私を急かすように振り返った。


雷光が森を照らす一瞬に浮かび上がった彼女の必死な横顔と背中だけが、今の私にとって唯一の道標であり希望だった。


私、プリーズ=アフタミアは、このアフタミア帝国の第6皇女だ。


皇族に多いとされる美しい金糸の髪も、アメジストのように澄んだ紫の瞳も、今は無様に泥と雨に塗れている。


元より小柄で華奢な体は、水を吸ったドレスの重さに今にも折れてしまいそうだった。


もっとも私にとって皇女という身分は、名ばかりの肩書きに過ぎないのだけれど。


この世界では、人は皆生まれながらにして神様から『ギフト』と呼ばれる特殊能力を授かる。


炎を操る剣、傷を癒す奇跡、獣を使役する力。


強力なギフトを持つ者ほど尊ばれ、皇族とて例外ではない。


けれど、私に与えられたギフトは『インフォメーション』という、名前以外は使い道が一切不明の代物だった。


火も出せないし剣も生み出せない。


ただ名前だけがそこにある、完全なる『ハズレ』の力。


『無能なハズレ皇女』


『皇室の面汚し』


そんな陰口を叩かれ、母が亡くなってからは帝都の隅にある埃っぽい離宮へ追いやられていた。


ドロドロの皇位継承争いなんて私には最初から無縁のはずだったのだ。


なのに今夜、突如として放たれた第5皇子派閥の暗殺者たちによって、私のささやかな居場所はあっけなく火の海に沈んだ。


たとえ無能であっても、血を引いている以上は将来の目障りな種になる。


そう判断されたのだろう。


泥濘に足を取られ、無様に転倒した。


泥水が顔に跳ねる。


背後からは雨音を切り裂くように、確実にこちらを追ってくる兵士たちの金属音と怒声が迫っていた。


「リズ様! 立てますか!?」


「エル……ごめんなさい、私、もう……」


「諦めないでください! ずっとお傍にいるとお約束したではありませんか!」


エルドラは泥だらけになった私の両手を強く握り、無理やり引き起こしてくれた。


亡き母の代から仕えてくれている彼女だけが、私を見捨てなかった唯一の味方だ。


カビ臭いパンを分け合い、冷たい隙間風の吹く部屋で寄り添って眠った。


彼女の温かい手がなければ、私はとっくに心が折れていた。


エルドラに手を引かれ、どうにか森を抜け出した。


しかし辿り着いた先は行き止まりだった。


眼下に黒々とした深い森が広がり、遥か下の方で濁流が渦巻いているのが見える断崖絶壁。

降りる道などどこにもない。


「リズ様、こちらへ!」


崖の縁ギリギリに立ったエルドラが、私に向かって両手を差し伸べた。


背後の茂みが大きく揺れ、松明の明かりがすぐそこまで迫っている。もう時間がない。


「あぁ……エル。あなただけは、私を裏切らなかった――」


安堵の涙を浮かべ、その温かい手を取ろうとした瞬間。


「ごめんなさいねぇ、リズ様ぁ!」


エルドラの両手が私の胸ぐらを掴み、そのまま信じられないほどの力で、崖の外側へと私を力一杯投げ飛ばしたのだ。


宙に浮く体。


足元から地面が消え去り、内臓がせり上がるような浮遊感が襲う。


何が起きたのか理解できない。


雷光が、エルドラの顔を鮮明に照らし出した。


常に私を気遣い、優しく微笑んでいた彼女の顔はそこにはない。


代わりに張り付いていたのは、口角を歪なほどに吊り上げた冷酷で嘲笑に満ちた表情だった。


「エ、ル……!?」


「第5皇子殿下がね、あなたを崖から突き落とせば私を側室に迎えてくださると仰ったのよ! 豪華なドレス、温かい食事、宝石! 全部私のものになるの!」


「いつまでも無能なあなたの泥船に乗って、カビ臭いパンをかじるのはもううんざりだったのよ! 私の輝かしい人生の『踏み台』になってちょうだい!」


あはははははっ! と響く笑い声が夜の闇に遠ざかっていく。


嘘だ。


ずっと一緒に生きてきたじゃない。


私にはもう、あなたしかいなかったのに。


裏切られたという事実が冷たい風と共に全身の血を凍らせていく。


私の人生は一体何だったのか。


誰からも愛されず、無能と蔑まれ、最後はたった一人の身内に私欲のために捨てられる。


もし神様から与えられたギフトが剣や魔法なら、こんな無様に殺されることもなかった。


名前しかわからない、使い方もわからない『ハズレ』の力なんかでさえなければ。


「あああああああっ! なんなのよ! 私の人生なんなのよぉぉっ!!」


死の恐怖と底知れぬ絶望、そして激しい怒りが入り混じり、私は夜空に向かってこれまで一度も使えなかった己のギフトの名前を絶叫した。


「『教えて! インフォメーション』ってなんなのよぉぉぉっ!!」


 ――ピロン♪


猛スピードで落下し、真っ暗だった私の視界いっぱいに、眩いほどに明るい半透明の光の板が出現した。


『♪〜ご利用ありがとうございます! カスタマーサポートAI【インフォメーション】です!』


脳内に直接響き渡る、事務的でやたらと明るい合成音声。


さらには、どこか間の抜けたオルゴール調の『保留音』が、♪チャンチャカチャ〜ン……と、陽気に鳴り響き始めたのだ。


『ただいま初回セットアップを行っております! お客様の現在の生存率は【0.02%】です! 大変危険な状態ですので、セットアップ完了まで今しばらくお待ちくださいませ!』


「……は?」


死の淵に向かって真っ逆さまに落ちている私の口から、間の抜けた声が漏れる。


え、なにこれ。生存率0.02パーセント?


お待ちくださいって、私、いま絶賛落下中なんですけど!?


「ふざけないで! 落下中に待てるわけないでしょ!!」


♪〜チャンチャカチャ〜ン、チャンチャカチャ〜ン……


絶対的な死の恐怖と、あまりにも場違いな陽気さの激突。


どう考えても助かる見込みのない絶望的な空の中で、私はけたたましく鳴り響く保留音を聞きながら、理不尽すぎる現実にただ目をひん剥くことしかできなかった。

次話に続きます!

(本日この後、21時まで20分おきに7話までを連続更新します!)

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