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第4章 : 薄い糸の上に立って

教室の隅で、アンケート用紙をまだ手に握ったまま、

私は何か――真実のように感じられるもの、あるいは少なくとも無視するには大きすぎる何かを見つけてしまった。


「花弁学園」


どれだけ長い間それを見つめても、その名前は変わらなかった。

文字はその場に留まり、黒いインクで整然と印刷されたまま、まるで私の頭の中の混乱など気にも留めていないかのようだった。

包帯の下で、胸がかすかに脈打った。

それはいつもの熱のせいではなく、もっと説明しづらい、別の圧迫感のせいだった。


――夏目コハルは、そこにいるのだろうか。


その疑問は、前触れもなく頭に浮かんだ。

そして、勢いよく開きすぎた扉のように、次々と別の疑問が続いた。


もし、私はその物語の中に最初から存在していなかったとしたら?


私は強く唾を飲み込んだ。

喉が、ひどく乾いていた。


もしこの世界が、私の読んだ小説の筋書きに本当に従っているのだとしたら――たとえ一部だけでも――

私の居場所は、どこにあるのだろう。


あの小説の序盤で、夏目コハルという名前を見た覚えはなかった。

一度も。

そこにあったのは、風早カイトと、彼の新しい学校、そして軽くて……普通に感じられる最初の出会いだけだった。


それはつまり、私は最初から含まれていなかったということなのだろうか。

ここにいる私の存在は、台本の外にあるものなのだろうか。

夏目コハルは、存在しないのだろうか。


それとも、もっと後になって登場するのかもしれない。

あの小説は長い。少なくとも、章の数を見る限りでは。

私は最後まで読んでいない。

物語が本格的に動き出す前で止めてしまった。

カイトが表紙に描かれていたすべての少女たちと出会う前。

小さな衝突が始まる前ですら。


……わからない。


そして、その無知は、足元でゆっくりと広がっていく穴のように感じられた。


もし、風早カイトが本当に存在しているなら。

もし、花弁学園が本当に存在しているなら。

もし、物語が私抜きで進んでいくのなら――


私は、いったい何なのだろう。


「夏目さん?」


私ははっと意識を引き戻された。


「わああ――!」


教室に紙の擦れる音と小さな囁きが満ちていた中で、私の叫び声はあまりにも大きく響いた。

すぐに、いくつもの顔がこちらを向いた。


「あっ……驚かせちゃったわね」


少し驚いた様子の担任の声。

彼女の手はまだ私の肩に置かれていた。どうやら、さっき触れたのは彼女だったらしい。


「どうしたの、夏目さん? どうして急に叫んだの?」


「す、すみません……」

私はすぐにそう言った。

自分の声が、いつもより高く聞こえた。


「何なの、急に叫んで」


「また黒竜が目覚めたんじゃない? ははは」


小さな笑い声がいくつか聞こえた。

私は俯き、アンケート用紙の端を指で強く掴んだ。

紙が、くしゃりと音を立てた。


私は集中しすぎていた。

あまりにも集中しすぎていて、担任の先生が後ろに立ち、何度も私の名前を呼んでいたことに気づかなかったほどだ。


「大丈夫よ、大丈夫」


担任は私の肩から手を離した。


「からかわないで」


そう言ってから、少し柔らかい声で続けた。


「それで、夏目さん。どうしてそんなに……緊張しているの?」


私はためらった。

言おうとしている言葉は、自分の頭の中で考えても妙に感じられた。


「わ、私……」

短く息を吸う。

「花弁……花弁学園って……本当に、存在するんですか?」


教室が、一瞬静まり返った。

それから、小さな囁き声と、押し殺した笑い声が混じって聞こえてきた。


「どういう意味?」


担任は怒った様子ではなく、むしろ困惑したように眉をひそめた。


「もちろん存在するわ。どうして、存在しないと思ったの?」


少し間を置いてから、付け加える。


「とても有名な進学校よ。多くの生徒が名門大学に進学しているわ。どうして? 行きたいの?」


私は頷いた。

動きは小さく、ほとんど分からないほどだったが、確かに頷いた。


「見て、花弁に行きたいんだって」


「無理でしょ。クラスでも一番頭悪いほうじゃん」


「だよね。あははは」


私はさらに頭を垂れた。

驚くような言葉ではなかったが、それでも胸に重くのしかかった。


担任はため息をつき、教室を見回した。


「やめなさい。アンケートを書きなさい。目標を持つのは良いことよ。からかわないで」


「はーい」


気の抜けた返事。


担任は私のほうを向いた。


「これは仮の調査よ。あまり深く考えなくていいわ。とりあえず書きなさい」


「……はい」


私は小さく答えた。


手をゆっくり動かし、慎重に記入していく。

一画一画が、取り消せない決断のように感じられた。


もしこの世界が本当に物語の一部なら、

花弁は、それを証明できる唯一の手がかりかもしれない。


もしかしたら、元の世界に戻る方法もあるのかもしれない。


そして、もし間違っていたとしても、

少なくとも、挑戦した結果の間違いなら受け入れられる。


担任は去る前に、横目で私を一度だけ見た。

その視線は責めるものではなかったが、確信もなかった。



その日から、大きな変化はなかった。

気づけば、一週間が過ぎていた。


毎日は、ほとんど同じ流れだった。

登校する。

座る。

授業を聞くが、すべてを吸収できているわけではない。

休み時間にトイレで薬を飲む。

教室に戻り、目を閉じて、チャイムが鳴るまで眠ったふりをする。


それ以来、学食には行っていない。


行けばどうなるか、わかっていた。

匂いも、味も、圧迫感も、記憶に近すぎた。

もう一度あれを感じたくなかった。


時々、西村とその友だちが、私をからかいに来ることもあった。


でも、今日は少し違った。


二時間目が終わり、休み時間になったとき、

別のクラスの生徒が教室の扉に立ち、私の名前を呼んだ。


「夏目コハルさん。カウンセリングルームに呼ばれています」


その声で、教室中がこちらを見た。


胸が、きゅっと締まった。


カウンセリングルーム。


私はぎこちなく立ち上がり、いつもより重く感じる視線の中を抜けて教室を出た。

廊下が、やけに長く感じられた。

足音が、大きく響いた。


カウンセリングルームは、静かな廊下の突き当たりにあった。

木製の扉は、固く閉じられていた。


ノックする前に少し立ち止まり、呼吸を整えた。


「どうぞ」


中から声がした。


ゆっくり扉を開けると、エアコンの冷気がすぐに肌に触れた。

廊下の空気とは違っていた。


部屋の中では、スクールカウンセラーが机の向こうに座っており、

脇にはいくつかのファイルが整然と並べられていた。

彼の表情は中立的で、職業的だった。

私を一瞥し、わずかに微笑む。


「夏目さん、ですね?」


「はい」


「どうぞ、座ってください」


私は背筋を固くしたまま、向かいの椅子に座った。

手は膝の上で組まれ、無意識に力が入っている。

室温のせいで、体が緊張していることに気づかなかった。


「担任の先生から報告を受けました」


彼はファイルを一つ開きながら言った。


「進路アンケートを書いているとき、とても真剣だったそうですね。特に、花弁学園について」


「……はい」


彼はゆっくり頷いた。


「良い学校です。興味を持つ生徒も多い」


少し間を置いてから、続ける。


「ただし」

声の調子は変わらない。

「記録を見る限り、現在の成績では……かなり厳しいですね」


その言葉は思ったより柔らかく聞こえたが、意味は明確だった。


「このままでは、競争は難しいでしょう。特に主要教科は」


私は視線を落とした。

指先が、冷たく感じられた。


改善しなければ、可能性はない。


彼はそう言わなかったが、はっきり聞こえた。


体が震え始める。

話そうとしたが、声が喉で詰まった。


「わ、私……」

息が漏れる。

「成績を上げたら……可能性は、ありますか?」


彼はすぐには答えなかった。

何かを測るように、私を見つめる。


「理論上は」

しばらくして、そう言った。

「可能です」


その言葉は、急に新鮮な空気が流れ込んだように感じられた。


「ただし」

彼は続けた。

「継続的な努力と時間が必要です。本気なら、今から成績向上に集中するべきでしょう」


私は素早く頷いた。


「やります……やってみます」


彼は紙に何かを書き込み、少し慎重な口調で尋ねた。


「何か、学習を妨げている要因はありますか? たとえば、家庭での学習環境など」


その質問で、胸が再び締めつけられた。


「……」

言葉が止まる。

「私……」


彼は無理に続けさせなかった。


「もし、勉強を難しくしていることがあれば、ここで話していいですよ」

彼は穏やかに言った。

「私たちは、助けるためにいます」


私は唾を飲み込んだ。


「助け」という言葉は、大きすぎた。

温かすぎて、どう説明すればいいかわからなかった。

胸が、少し苦しくなる。


膝の上で、制服の裾を指で握りしめる。


すぐには話せなかった。


数秒の沈黙の後、私は思っていたよりも小さな声で口を開いた。


「……もし、選択肢があまりない人でも」

足場を探るように、ゆっくり言う。

「助けは……ありますか?」


彼は視線を上げた。

驚いた様子ではなく、話の方向が変わったことを理解したようだった。


「どういう意味ですか?」


短く息を吸う。


「奨学金です」

ようやく言った。

「成績が……十分なら」


部屋は、また静まり返った。

時計の音が、かすかに聞こえる。


ガイダンスカウンセラーはすぐには答えなかった。

椅子にもたれ、落ち着いた声で言う。


「支援の道はいくつかあります。ただし、通常は最初に決まるものではありません」


少し間を置き、私が聞いているか確かめるようにして続けた。


「まずは、学力の安定です。実際に改善が見られるかどうか。そこから次を考えます」


私は頷いた。

頭が、ますますいっぱいになっていた。


「ですから」

彼は少し柔らかい口調で続けた。

「まずは一つに集中したほうがいい。成績を上げることです。他のことは、その後です」


私はまた頷いた。

反射的な動きだった。


「保護者の方に連絡することもできます」

彼はメモに視線を落としながら言った。

「将来のことを、より詳しく話し合うために」


「……やめてください」


言葉が、止める前に口から出てしまった。


彼は瞬きし、少し驚いた様子を見せた。


「どうしてですか?」


私は視線を落とした。

言葉が、舌に重くのしかかる。


「……忙しいので」

小さな声で答える。

「後で……自分で話します」


彼はすぐには答えなかった。

もう少し長く私を見つめ、何かを量っているようだった。


やがて、彼は頷いた。


「わかりました」


短くそう言い、ファイルを閉じる。


「ここから始めましょう」

「続けてください。意欲を失わないように」


私は立ち上がり、小さく頭を下げた。


「ありがとうございます」


カウンセリングルームを出ると、廊下は先ほどよりも静かに感じられた。


足音が柔らかく響き、頭の中は花弁と物語と自分でいっぱいだった。


もし一歩でも踏み外したら、何も残らないかもしれない。


元の世界に戻れるのだろうか。

それとも、せめて、なぜここにいるのかを理解できるのだろうか。


私は、同じ考えを何度も繰り返しながら教室へ戻った。


これが、唯一の道かもしれない。


失敗した先を、知りたくなかった。



最初のうちは、図書室で借りた本をただ見つめているだけだった。


視線はページを追っている。

内容も理解できる。

明夫の記憶の助けがあれば、書かれていることはわかる。


それでも、本を閉じるたびに、次に何をすればいいのかわからなかった。


ほぼ一か月、そんな勉強を続けた。


毎日違う本を開き、学んだことを思い出そうとし、

自分なりに整理しようとした。

だが、すべてが混乱していた。


追いつくべきものが多すぎて、

何が本当に重要なのかわからなかった。


そして、胸が重くなる一つの事実に気づいた。


――どこから始めればいいのかわからない。


その気づきは、私を落ち着かなくさせた。

このままでは、何も変わらない。

方向のない読み方だけで、花弁学園に入れるはずがない。



やがて、担任に聞く勇気を出した。


授業が終わり、教室を出ようとする担任に追いつく。


「先生」


思ったより少し大きな声が出た。


彼女は立ち止まり、驚いたように振り返る。


「え? どうしたの、夏目さん?」


「聞きたいことがあります」

私は言った。

気づかないうちに、手を強く握りしめていた。

「花弁学園に入るために、何を勉強すればいいのか……」


彼女の表情が変わる。


数秒、私を見る。


「……そんなことを聞くとは思わなかった」

やがて言った。

「でも、頑張ろうとしているのは良いことよ」


彼女はすぐには答えず、職員室についてくるように言った。



職員室の空気は、教室とは違っていた。


何人もの教師が机に向かい、

書類を読んだり、同僚と静かに話したりしている。

ペンが紙を擦る音が、はっきり聞こえた。


私が入ると、いくつかの視線が一瞬こちらを向き、すぐに作業へ戻った。


担任は席に着き、私の前の椅子を指した。


「座って」


私は背筋を伸ばして座る。

手は膝の上で固く組まれていた。


「それで」

小さなノートを開きながら言う。

「花弁学園に入るために、何を勉強すればいいか、ね」


「はい」


彼女はすぐには話さなかった。

私が持っている本、私の手元、そして顔へと視線を動かす。


「勉強は始めてる?」


「はい」


「いつから?」


「……一か月くらいです」


彼女はゆっくり頷き、何かを書き留めた。


「どうやって勉強してるの?」


その質問で、私は少し黙った。


「教科書を読んでいます」

私は答えた。

「これまで習ったところを復習しています。でも……どこから始めればいいのかわからなくて」


彼女はペンを止めた。


「内容は理解できている?」


「はい。でも、つながっていない感じがします」


彼女は今度は少し長く私を見てから、メモを何ページかめくった。


「成績は、まだ高くないわ」


そう言って、一度数字をじっと見る。


「……でも、前と同じじゃない部分もある」


私は驚いて、思わず顔を上げた。


「小テストの点が、少し良くなっている」

彼女は続ける。

「劇的ではないけれど、わかる程度にね。提出物も、前よりきちんと出している」


私はどう反応すればいいかわからなかった。

そこまで見られているとは思っていなかった。


「だから、少し驚いているの」

彼女は正直に言った。

「普段はあまり話さないのに、急に花弁の話をするから」


ノートを閉じる。


「簡単だとは言えない」

彼女は言う。

「花弁は、準備なしで入れる学校じゃない。でも、本気なら、今の立ち位置を把握する必要がある」


彼女は一つずつ質問を始めた。


どの教科が、一番勉強をやめたくなるか。

どの部分が、一番難しく感じるか。

暗記が苦手なのか、理解なのか、それとも始めること自体なのか。


私はできる限り正直に答えた。

途中で言葉が途切れることもあったし、短くなることもあったが、彼女は遮らなかった。


その後、彼女は説明を始めた。

強化すべき主要科目。

順番。

今は後回しにしていいもの。

今、掴んでおくべきもの。


「ここまで来るとは思っていなかった」

説明の途中で、彼女は言った。

「正直、アンケートを書いているだけだと思っていた。あのとき、カウンセラーに伝えておいて良かったと思う」


その言葉を聞いて、胸が締まった。


「でも今は」

彼女は続けた。

「本気だってわかる」


私は俯いた。


説明が終わり、私は息を吸って言った。


「ありがとうございます、先生」


彼女は頷き、それから包帯に視線を落とした。


鋭くもなく、急ぐでもない視線。


「夏目さん」

少し慎重な声になる。

「体は、まだ痛む?」


私はすぐには答えなかった。


「学校に戻ってから、もう二か月近いのに」

彼女は続ける。

「まだ包帯をしているわね」


私は黙ったままだった。


少し俯いてから、答える。


「黒竜の炎の封印が、まだ完全には安定していないので」


「……」


担任は黙り込んだ。


数秒、私を見てから、机に視線を移す。

何か言おうとして、口を開き、閉じたようだった。


「怪我のせいで包帯をしているわけじゃないのね?」

彼女は確認するように言った。


私は首を振った。


「……そう」

声には驚きも、嘲笑もなかった。


彼女は少し頷き、何か理解したような様子を見せた。


椅子にもたれる。


「夏目さん、あなたくらいの年頃だと、体や心の違和感を、自分なりの言葉で説明することもあるわ」


彼女は私を直接見ず、腕を組みながら続けた。


「そういうものは、時間とともに薄れることも多い」


「勉強に支障がなければ、問題ないと思うわ」


そう結論づけるように言い、立ち上がって机の上を整える。


「めまいや疲れを感じたら、すぐ言いなさい。無理しないで」


かすかな笑み。


「今は、勉強に集中しなさい。いいわね?」


私は頷くだけだった。



少しずつ、勉強の成果が現れ始めた。


小テストの点が、以前より良くなった。

高くはない。

目立つほどでもない。

それでも、数字は確かに上に動いていた。


教師たちは、答案を返すとき、少しだけ手を止めるようになった。

右上に書かれた名前が、本当に私のものなのか確かめるように。


私はそれらをきれいに保管するようにした。

すぐに捨てることはしなかった。


そんな日々が数か月続いた後、

もう先延ばしにできないことに気づいた。


このまま、ずっと隠し続けることはできない。


花弁学園に行くなら、彼女に伝えなければならない。


金曜日、いつもより早く帰ってきた日を選んだ。


母はリビングでスマホをいじっていた。

テレビはついていたが、ほとんど見ていない様子だった。


私は数歩離れた場所に立った。

小声で話すには遠すぎて、

気づかれずに退くには近すぎる距離。


数時間前に飲んだ薬がまだ効いているはずなのに、

頭が熱かった。


「……お母さん」


小さく呼ぶ。


すぐには振り返らない。


待つ。

数秒が長く感じられた。


やがて、こちらを見る。

疑問でも、興味でもない。

ただ、待っているだけの視線。


私は口を開き、閉じた。


もう一度、試す。


「……ちゃんと、勉強を始めました」


沈黙。


私は俯いた。

何度も考えた言葉なのに、一度に言うのが難しかった。


「行きたい学校が……あります」


彼女の視線が、わずかに変わる。

それだけで、胃が締めつけられた。


「どこ?」


平坦な声。

質問というより、命令だった。


短く息を吸う。


「花弁学園です」


沈黙。


テレビはまだ流れているが、音が遠く感じられた。

自分の心臓の音が、耳にうるさいほど響く。


彼女の視線は怒っていなかった。

冷静だった。

少し目を細め、気に入らないものを測るような目。


「花弁?」

彼女は小さく繰り返す。


私は小さく頷いた。

手が震えていたが、床に押さえつけた。


「高い学校よ。聞いたことがある」

彼女は言う。

「軽々しく口に出す名前じゃない」


説明しようとしたが、彼女は小さく手を上げた。

それだけで、私は黙った。


「いつから考えていたの?」

彼女は尋ねる。


数秒、ためらう。


「……数か月前からです」


彼女は短く笑った。

楽しそうな笑いではない。


「数か月」

繰り返す。

「今さら言うのね」


ゆっくり立ち上がる。

動きは急がない。

それが、余計に胸を締めつけた。


「つまり、その間ずっと」

近づきながら言う。

「黙って勉強して、成績を管理して、全部一人でやっていた」


私はすぐに、さらに深く頭を下げた。


「すみません」

急いで言う。

「怖かったんです。でも、頑張って――」


「怖かった?」


声が遮る。


少し高くなるが、怒鳴り声ではない。

鋭い。


「私が怖かったの?」

彼女は尋ねる。

「それとも、許さないと思った?」


私は答えられなかった。


「同じことよ」

彼女は冷たく言う。

「私を信用していないという意味だから」


言葉が、重く落ちる。

彼女の手が、強く握られる。


「こんな大事なことを、自分で決められると思ったの?」

彼女は続ける。

「私の家、私のお金、あの薬を使って――」


彼女の足が動いた。


蹴りは突然だった。

反応する前に体に当たり、私は横に倒れた。

息が、一気に吐き出される。


「この馬鹿な子」

彼女は本当に怒った声で言った。

「私がしてきたことへの礼が、それ?」


私は視界がぼやける中、なんとか膝をつこうとした。

彼女の足にしがみつき、懇願する。


「私は、ただ――」


次の蹴りが、顔に入った。

左目に激しい痛みが走る。

世界が傾いたように、視界が一気に歪んだ。


息を吸い、口は動き続ける。


「お願い……」

自分の声が、他人のもののように聞こえた。


「花弁……勉強します……ちゃんと――」


息が詰まる。


「お願いです……行かせて……花弁だけ……」


彼女の怒りは、すぐには続かなかった。


最後の蹴りのあと、彼女はその場に立ち止まった。

呼吸は荒いが、顔は再び平坦になり、何かが決まったようだった。


彼女は私を見下ろす。


「花弁」

その名前を、重さを量るように繰り返す。


「ああいう学校に、どれだけお金がかかるか知ってる?」


私は答えなかった。

左目の痛みが脈打つ中、頭を下げたままだった。


「保証もなしに、行かせると思う?」

彼女は続ける。


私は小さく首を振った。


「……頑張ります」

私は急いで言った。

「もっと勉強します。成績も上がってきて――」


彼女は手を上げた。

私はすぐに黙った。


「頑張るなんて安い言葉よ」

彼女は言う。

「誰でも言える」


彼女はテーブルに歩み寄り、引き出しを開け、中の薬瓶を取り出した。

小さな瓶が、手の中でかすかに音を立てる。


「これは」

彼女は瓶をゆっくり回しながら言う。

「簡単に与えられるものじゃない」


一度、間を置く。


「従っていたから渡していたの」

彼女は続ける。

「逆らわなかったから。自分の立場を知っていたから」


彼女の視線が、私に落ちる。


「でも今は、隠し事をしている」

淡々と言う。


「だったら、ルールを変える」


胸が、強く締めつけられた。


「これから取る成績は、全部見る」

彼女は続ける。

「定期試験だけじゃない。小テスト、提出物、順位」


少し間を置き、また私を見る。


「伸びが止まったら」

彼女は言った。

「これを止める」


手の中で、瓶がわずかに持ち上がる。

説明はいらなかった。


「それから、もう一つ」

彼女は言う。

「全部は払わない」


彼女は瓶を、柔らかな音を立ててテーブルに置いた。


「花弁に行きたいなら、奨学金を取ることね」

「一部でも全額でも、方法はどうでもいい」


左目の痛みが続く中、私は何度も頷いた。


「はい」

言う。

「取ります」


彼女は数秒私を見つめ、それから短く笑った。


「投資だと思いなさい」

彼女は言う。

「成功すれば、私の得。失敗したら――」


言葉は、最後まで続かなかった。


私は、さらに深く頭を下げた。


「……わかりました」


彼女は背を向ける。


「部屋に戻りなさい」

短く言う。

「この機会を与えたことを、後悔させないで」


私は立ち上がった。

体は震えていた。

左目はぼやけ、足取りも不安定だった。


それでも、振り返らずに歩いた。


背後では、テレビの音だけが静かに流れ続けていた。

こんにちは……作者です。更新が遅れてしまってすみません。

正直に言いますね。

実は、3日前にすでに約2,500語ほど書き終えていました。

でも、タイムスキップを書こうとしたときに、ちょっとプレッシャーを感じてしまって……lol

主人公視点を使いすぎていたせいだと思います。

なので、今回の冒頭部分は少しテンポを早めました。

そのせいで、少し違和感があるかもしれません。

物語のリズムを作るのが本当に苦手で……ごめんなさい。

これからは、もう少しうまく調整できるように頑張ります。

それと、更新が遅れたお詫びとして、今回は章を少し長めにしました。

そして、なぜか書き続けているうちに、そのまま第5章の下書きまで書いてしまいました…… -, -

もし忙しくなければ、明日か明後日には投稿できると思います。

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