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第2章:地獄第九階層の守護者の誕生

足音が行き交い、子どもたちの笑い声に大人たちの声が混ざっていた。


私は、二つの大きな影の間で、小さな歩幅で歩いていた。


立ち止まり、顔を上げる。

首の長い動物が、目の前に立っている。


「ねえ、あれ。どうして首が長いの?」


ぼやけた顔の男が、微笑みながら上を指さして答える。


「上の木の葉を食べるためだよ、コハル」


「どうして草を食べないの?」


今度は、隣にいる女性がやさしく答えた。


「木の葉のほうが甘いのかもしれないわね」


「でも、どうやって水を飲むの? 水は下にあるのに」


「首を曲げるのよ」


そうして歩き続け、アイスクリーム屋の前に着いた。私は、店員がアイスを作る様子をじっと見ていた。


「コハル、アイス食べる?」


「うん」


「じゃあ、何味にする?」


「チョコレート」


女性はすぐに私を抱き上げ、屋台の前まで連れて行った。


「ほら、早くしてよ、ママ――」



新しいクラスメイトが来た。


砂場の近くで、一人で遊んでいる男の子に気づいた。私は友だちと相談して、一緒に遊ぼうと声をかけることにした。


「ねえ、一緒に遊ばない?」


私はにっこり笑って、後ろに立っている友だちを指さした。


彼は私の後ろを見て、こくりと頷いた。


「こっちおいで。一人で遊ばないで、一緒に遊ぼう」


私はその子の手を取って、友だちのところへ連れて行った。


「名前は? 私はコハルだよ」


歩きながら、私は彼に名前を聞いた。


「……カイト」



私はクローゼットの中に隠れていた。

ママとパパがキッチンに来たら、驚かせるつもりだった。


でも、突然、外でガラスが割れる音がした。


「私たちのこと、愛してないの、マサト!?」


「愛してないってどういう意味だよ! もちろん愛してる!」


「じゃあ、さっきあの女と何してたの!?」


体が震えた。

膝に顔を埋め、腕で強く抱え込む。

ただ、早く終わってほしいと、それだけを願っていた。



「放課後、あなたの家に行ってもいい?」


「え? もちろんだよ。ねえ、コハルちゃん。お父さんが新しい映画を買ってくれたんだ。右手に《黒竜の炎》の力を持つヒーローの話なんだよ」


「ほんと? 面白い?」


「もちろん! 絶対気に入るよ」


「じゃあ、家で待っててね」


「うん」


二人で笑った。



「ねえ、約束しない?」


「いいよ」


私は家で見つけた、二本の赤い糸を取り出した。


小指に、それを結ぶ。


「私の言う通りにして、カイトくん」


隣に座り、微笑みながら言う。


「ゆびきりげんまん

うそついたら針千本のーます

ゆびきった!」


「助け合おうね、カイトくん。約束」


「うん、約束」


彼は笑って答えた。


私は瞬きもせず、カイトを見つめていた。

小指は、まだつながったまま。

胸が、じんわりと温かかった。

この約束が、本当に私たちを同じ場所に留めてくれるような気がした。



胸の熱が、私を記憶から引き戻した。


私ははっと目を開く。

横になっていた場所は、涙で濡れていた。


ずっと夢を見ていた。

本当に、そこにいたかのように。


「……今のは、何の夢?」


夢というより、ずっと昔の記憶みたいだった。


どれくらい横になっていたのか、わからない。

思い出せるのは、断片だけ。

舌に残る苦味。

遠くから聞こえる母の声。

そして、また闇。


眠る前に起きたことを思い出す。


熱。

燃える感覚。

焦げる匂い。


突然、胃がひっくり返るようにうねり、吐き気がこみ上げた。

必死に、飲み込む。


息をするたび、胸が脈打つ。

内側から掴まれているみたいで、浅い呼吸しかできない。


起き上がろうとしたが、痛みで弾き返された。

体は諦め、視線だけが彷徨う。


部屋は以前と同じ。

ただ、今は少しはっきり見える。


視線が光の源に向かう。

マットレスの真上にある、換気用の小さな窓。


暗すぎて、壊れたランプの光も弱く、今まで気づかなかった。


換気口からの光が、直接目に入る。

眩しすぎて、顔を背けても、鉄格子の影が視界に残る。


静けさが耳を圧迫し、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。


私は弱々しく手を上げ、青白い手のひらを見つめる。

やはり、この体は私のものではない。


残された記憶が、細切れに蘇る。

笑い声。足音。誰かが名前を呼ぶ声。


その中で、最もはっきりしていた名前。


コハル。


夢の内容はほとんど覚えていない。

ただ、幼い頃は明るかった少女が、どうしてこんなことになったのか。


換気口の光が白い斑点になり、記憶の中の顔と、視界の鉄格子の影が重なっていく。


何の罪を犯したら、こんな目に遭うのだろう。

帰りたい。

父さん、母さん、壮太、置いてきたすべてが恋しい。


天井を見つめたまま、抗えない痛みに身を委ねる。

部屋を照らす光が、少しずつ強くなっていくまで。


音は、何もなかった。


やがて、扉の外から足音が聞こえる。

一歩、また一歩。


「ねえ、バカ女。もう起きてる?」


あの女の声が戻ってきて、体が一瞬で強張った。


扉が開く。

同じ顔、同じ匂い。

ただ、服だけが違う。


頭が真っ白になる。

心臓の鼓動が鈍くなり、喉に息が詰まる。

首筋から指先まで、冷たいものが走った。


「ずいぶん長く寝てたわね。三日も世話してあげたのよ。私がどれだけ忙しいか、わかってる?」


彼女は、部屋に入るつもりもなく、扉口に立っていた。


「痛い?」

笑みを浮かべる。

「火傷、まだ痛む? 熱い? 内側から刺されるみたい?」


唇の端に貼りついた笑顔。

目は空っぽのまま。

何かを待つように、動かない。


私は何も言えなかった。

ただ見つめる。

涙が、また勝手に溢れた。


数秒の沈黙の後、彼女はポケットに手を入れた。


「これ、何かわかる?」


母は、小さな透明の薬瓶を取り出した。

中には、白い錠剤。


胸が重くなる。

口を開いても、音が出ない。


「……薬」


ようやく、そう言った。


彼女は瓶を弄び、渡そうとしない。


「これを飲めば、胸の焼けるような痛みや、刺すような痛みが和らぐのよ」


それを聞いて、体を起こそうとした。


右胸に、突き刺すような痛みが走る。

喉に息が引っかかる。


無意識にマットレスを掴み、揺れる視界に耐えながら、必死に起き上がる。

背中は強張り、肩が震えた。


「お願い……もう、耐えられない……」


欲しいのは、それだけ。

胸の熱を和らげてくれる、薬。


「でもね、薬は安くないの。代償が必要よ」


「払う……払います」


考える前に、口が動いた。


「どうやって? あなたのものは全部、私のものでしょう? さて、どう払うのかしら?」


彼女の手の中で、瓶が揺れる。

錠剤が、かすかに触れ合う音。


その小さな音が、異様に大きく聞こえた。


私は瓶から目を離せなかった。

マットレスを掴む手に、力が入る。


「……何でもします、母さんのために」


「ふうん。じゃあ、絶対に逆らわないこと。私の言う通りにすること」


私は、ただ頷いた。

視線は、瓶に釘付けのまま。


「……約束します」


「覚えておきなさい」


彼女は、薬を自分の足元に置いた。


「這って取りなさい。約束がどれだけ強いか、見せてもらうわ」


選択肢はない。


体に無理やり命令を出す。

膝と手が、少しずつ前に進む。


膝が床に触れた瞬間、右胸の痛みが弾けた。

焼けた皮膚が、動くたびに引き攣れる。

息が、途中で止まる。


それでも、這い続けた。


わずかな動きで、熱が肩まで広がる。

手は震え、視線は足元の瓶だけを追う。


床の冷たさが、体の灼ける感覚と対照的だった。


ようやく、瓶が目の前に来た。


震える手で掴み、落としそうになりながら蓋を開ける。

錠剤を口に入れ、水もなしに飲み込んだ。


「ほら、ちゃんと従えるじゃない」


彼女は私の頭を撫でた。


私は、ただ彼女の足元を見ていた。

恐怖で、顔を上げることができなかった。


「あなたには、まだ返すべき借りがたくさんある。だから、ちゃんと用意してあるのよ」


そのとき初めて、彼女が薬箱を持っていたことに気づいた。

私は、小さな瓶しか見ていなかった。


母は、扉の前にいる私の横を通り過ぎ、薬箱をマットレスのところへ運んだ。


「戻ってきなさい。這って。汚い体の包帯、替えてあげるかもしれないわ」


私は顔を上げないまま、向きを変えた。


胸の焼ける感じは和らいだが、腕に力が入らず、頭がふらつく。

熱は引き、鈍い痛みが残る。


体を支えるたび、手が滑った。


ゆっくりと、マットレスへ向かって這う。


「学校には、事故で休むって伝えておいたわ」


彼女は言った。


「ほら、いい母親でしょ。感謝しなさい」


私は顔を上げた。

満足そうな表情。


「……あ、ありがとう……」


無理に、笑おうとした。


彼女の目が、冷たくなった。


「気持ち悪い顔。汚い顔を向けないで」


私はすぐに俯き、そのまま彼女の前まで進んだ。


背筋を伸ばして座る。

視線は床に固定。

もう、顔を上げなかった。


彼女は私の前に座り、薬箱を床に置く。

中身はわからない。

小瓶や金属が触れ合う音が、静かな部屋に響く。


彼女は手を伸ばした。


掌が頬に触れ、撫でる。

次の瞬間、口を掴まれた。


「二度と死のうなんて考えないこと。許さないから。

次に同じことをしたら、傷じゃなくて、顔に押し当てるわ」


瞳が揺れた。

思わず深く息を吸い、胸にまた痛みが走る。


私は何度も頷いた。

頭が、くらくらする。


「ごめんなさい……ごめんなさい、お母さん……もうしません……」


彼女は乱暴に手を離した。


何も言わず、胸の包帯を外し始める。


ゆっくりと布が剥がされ、赤く、不均一な皮膚が露わになる。


「見て、この傷。気持ち悪いでしょう?」


彼女は、わずかに笑った。


「これは、あなたがしたことへの罰。誰にも言っちゃだめよ」


そばに置かれた薬瓶を指さす。


「言ったら、もう薬はあげない」


胸が締め付けられた。

やっと痛みが引いたところなのに。


「どう隠そうが構わない。誰にもバレなければね。

明日からは、自分で処置しなさい。私は忙しいから」


私は、黙って頷いた。


彼女は、傷の手当てを始める。


触れ方は不安定で、速かったり、途中で止まったりする。

胸に何かが触れるたび、熱湯を浴びせられるような痛みが広がった。


「……っ」


「静かにしなさい」


私は息を止め、歯を食いしばる。


彼女の手は、また動き、また止まる。

彼女にとっては短い時間でも、私には永遠のようだった。


一度、目を閉じ、また開く。


何をしているのか、どこから触れるのか、いつ止まるのか。

明日は、自分でやらなければならない。


その考えが、体をさらに硬くした。

痛みは波のように押し寄せ、時折、勝手に体が震える。


何をされているのかは、わからない。

ただ一つだけ、はっきりしている。


――すべてが終わるまで、黙って覚えていなければならない。


やがて、包帯が胸に巻かれた。


彼女は何も言わず、部屋を出ていった。

床には、薬箱だけが残された。


閉まった扉を見つめ、視線を胸の包帯に落とす。


しばらくして、また足音。

皿が床に置かれ、私を見ることなく、扉が閉まった。


私は、その皿を遠くから見つめていた。

その場から、動かなかった。


聞こえるのは、自分の呼吸だけ。


薬と包帯、かすかに残る食べ物の匂いが混ざり、頭がぼうっとする。


床の皿から、目を離せない。

中身は見えない。

私のためなのか、残り物なのか、わからない。


また、空腹を感じた。


でも、すぐには動けなかった。

次は、何が起こるかわからない。


結局、空腹が勝った。


傷が開くのが怖くて、這うことはせず、体を少しずつ引き寄せた。


動くたび、胸の包帯が引っ張られ、消えきらない痛みを思い出させる。


手を伸ばすのをためらい、ようやく皿を引き寄せる。


中身は、少し冷めたお粥。

上には、小さな魚の身。


前は骨だけだったから、まだましだと思った。


震える手で、スプーンを取る。


静かな部屋に、金属が触れる小さな音。


一口、食べる。


薄味で、舌にかすかな温かさだけが残る。

数口で、胸が重くなり、喉が締まる。


止めた。


スプーンが手から滑り、皿に戻る。


それを見つめ、視線を扉へ向ける。


誰もいない。


もう一度、スプーンを取る。


一口。

また一口。


飲み込むたび、胃が不快になる。


手が、震え始めた。


壁にもたれて座る。

お粥は、半分残ったまま。


これ以上、無理だった。


意識は、先ほどの記憶の断片へ戻る。


誰か別の人のものみたいなのに、胸に温かく、痛みを残す。


私は、目を閉じた。


明日からは、自分でやらなければならない。



数日後、私は立てるようになった。

ただ、右手を動かすたび、胸から肩へ痛みが走る。


母がくれた薬がなければ、ここまで動けなかっただろう。


鏡の前で、視線が止まる。


青白い肌の、細い少女が映っていた。


その顔は、空虚だった。


胸から首にかけて包帯が巻かれ、両腕もぐるぐるに包まれている。

手のひらだけが露出していた。


包帯の下には、まだ薄く痣が残っている。

数日前の出来事の名残。


これが、今の私の体。


元の体に何が起きたのかはわからない。

ただ、後で見つけた家族が、ショックを受けないことを願った。


ポケットから薬瓶を取り出し、水も飲まずに飲み込む。

喉は乾いたが、もう慣れていた。


手の中で、黒く塗った薬瓶を見つめる。


母の言葉が、蘇る。


「これは罰よ」


「誰にも言うな」


「言ったら、もう薬はあげない」


「誰にもバレなければいい」


私は鏡の中の自分を見て、笑おうとした。

そして、言った。


「私は、もう津丸明夫じゃない」


「私は、夏目コハル」


「魔王城を守る、地獄第九階層の守護者」


「右手に《黒竜の炎》の力を封じたカプセルを、魔王から授けられた存在」


静かな部屋で、自分の声が奇妙に響いた。


嘘は馬鹿げている。

でも、理由を説明する少女でいるより、地獄の守護者でいるほうが、ずっと楽だった。


この物語があれば、誰の質問にも答えなくて済む。


私は、ガラスに映る微笑む顔を見つめていた。

こんにちは……作者です。更新が遅れてしまって、すみません。

とても優しそうなお母さんですね。でも、これはフィクションです。忘れないでください。

この出来事は現実ではありません……はい、本当に現実ではありません。

そして、物語のメインは学校が舞台です……。

今回は、彼女の過去を少しだけお見せしているだけです。

すでに下書きは書いてありますが、すべてを描写する必要はないと判断しました。

ところで、キャラクターを区別しやすくするために、

他のキャラクターにも髪の色を設定したほうがいいでしょうか?

物語に影響するわけではなく、ただの外見設定なのですが……。

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