福を呼ぶ蛇
父の遺品を整理していたら、埃まみれの小さな桐箱が出てきた。
中に入っていたのは、黒く艶光りする、蛇がとぐろを巻いた形をした石だった。
そして、父が昭和の頃につけていた日記。
そこには、ダム建設の土木工事に従事していた頃の、衝撃的な事実が書かれていた。
『昭和五十二年。山中より多数の土器、石器が出土。
工期に間に合わわぬ故、監督の指示により全て破砕、埋め戻す』
そして、次のページにこうあった。
『一点、異様に惹かれる「蛇石」あり。
これを懐に入れ、持ち帰る。
誰にも言うな、
と石が囁いた』
その日から、父の人生は一変した。
日記には、些細だが、しかし異常なほどの「幸運」が綴られていた。
『パチンコで連日大勝ち』
『現場で俺だけ昇進した』
『宝くじが当たった』
父は小さな幸せを手に入れ続けた。
だが、日記の後半は、徐々に黒いインクで塗りつぶされていく。
『妻が原因不明の病で倒れた』
『息子(俺)が、階段から落ちて大怪我をした』
『現場の同僚が、事故で死んだ。俺の身代わりになったようだった』
父は気づき始めていた。
この「蛇石」が、父の幸運の代償として、父の最も身近な人間の「運」を喰らっていることに。
日記の最後は、こう締めくくられていた。
『恐ろしくなった。石を捨てた。
元の山に返そうとしたが、辿り着けなかった。
川に投げ捨てた。
頼む、これで終わってくれ』
だが、話はそこで終わらなかった。
父が石を捨てた翌日、父は全ての「幸福」を失った。
バブルが崩壊し、父の会社は倒産。
賭け事で得た金は、全て詐欺で失った。
そして母は、父の目の前で息を引き取った。
父は、「幸福だった時間」そのものを、利子付きで奪い返されたのだ。
私は、その黒い「蛇石」を、父の遺品である桐箱ごと、ゴミに出した。
こんな呪われたもの、持っていられるか。
その日の夜、私は仕事で大きな契約を取り付けた。
そして翌日、欲しかった限定品の腕時計の懸賞が当たった。
おかしい。
私は、あの石を「捨てた」はずだ。
私は恐ろしくなって、自室のクローゼットを開けた。
そこには、捨てたはずの桐箱が、まるで最初からそこにあったかのように、静かに置かれていた。
そして、箱の横には、小さなメモが落ちている。
父の震える文字だった。
『オマエニモ、ワケテヤル』
私は、父が支払わされた「代償」の記憶を、鮮明に思い出していた。
そして、今日手に入れた「小さな幸福」が、これから始まる絶望への、最初の一歩であることを、理解してしまった。
この石は、もう、私を離さない。
拾うことで、他のモノも拾ってしまうと考えています。
でも、我慢できずに拾わずにいるか
その時になってみないと分からないですね。




