隣人
夜の物音って響きますよね
夜中の二時。
真上の部屋から、いつも聞こえてくる音がする。
何かを引きずるような、低い音。
ギ……
ギ、ギギ……
ギギ……
と、床を擦るような、妙に生々しい音。
引っ越してきて半年、毎晩この音に悩まされていた。
最初は上の階の住人が夜勤なのか、DIYでもしているのかと思った。
けれど、週末も、祝日も、毎日決まって二時になると始まる。
一度、管理会社に相談したことがある。「上の階から、毎晩変な音がするんです」と。
担当者は困ったように言った。
「お客様、上の部屋は空室ですよ。もう半年以上、誰も住んでいません」
空室? 半年も?
その夜から、あの音はさらに鮮明になった。
ギ……
ギ、……
ギギ……。
まるで、何か重いものを、ゆっくりと、しかし執拗に、部屋の端から端まで引きずり回しているような音。
そして、その音に混じって、ごく小さく、しかし確実に、「ぁァァ…」という、呻き声のようなものが聞こえるようになった。
私は恐ろしくなって、眠れない夜を過ごした。
ある朝、エレベーターに乗ろうと玄関を出ると、目の前の廊下に、点々と黒いシミが落ちているのに気づいた。
一見すると泥水か何かだが、よく見ると、それは血のように乾いて、ひび割れている。
シミは私の部屋のドアの前から、上の階へと続く階段に向かって伸びていた。
私は反射的に、上を見上げた。
二階の踊り場には、誰もいない。
だが、一瞬、何かが隠れるような気配を感じた。
その日を境に、私の生活は一変した。
夜になると、あの引きずる音と呻き声に加えて、天井の壁を叩くような音が始まった。
ドンドン、ドンドン。
最初は不規則だったその音は、次第にリズムを持つようになった。
それはまるで、、、
「助けてくれ」
と訴えかけるモールス信号のように聞こえる。
私は天井を見上げ、その音に耳を澄ませた。
そして、最も恐ろしいことに、私自身の部屋にも異変が起きたのだ。
クローゼットの扉が、勝手に少しだけ開いている。
朝、目覚めると、枕元に置いていたはずのスマートフォンが、ベッドの下に落ちている。
そんな小さな現象が、毎日のように起こるようになった。
ある夜、私はついに、恐怖に耐えかねて飛び起きた。
真上から聞こえる、引きずる音と呻き声。
そして、
「ドン、ドン、」
と壁を叩く音。
そのリズムが、まるで私に語りかけているように感じたのだ。
「…タ…ス…ケ…テ…」
私は震える手でスマートフォンのライトを点けた。
そして、恐る恐る、天井の壁へとライトを向けた。
ひび一つない白い天井。
そこには何もいない。
だが、ライトの光が当たった瞬間、
壁の中央に、黒い湿った染みが浮き上がった。
それは、まるで人の手形のようにも見える。
その手形は、
ゆっくりと、
しかし確実に、
壁から血を滲ませるように、
広がっていった。
そして、その染みから、
誰かの視線を感じた。
壁の向こうに、「何か」が、私を見ている。
それは、私と同じように、助けを求めているのか?
それとも、私を、自分のいる場所へ引きずり込もうとしているのか?
その夜から、私は眠れなくなった。
毎晩、真上から聞こえる音と呻き声、そして壁を叩く音。
そして、
天井の黒い手形は、
ゆっくりと、
ゆっくりと、
私の部屋の天井全体へと広がっている。
私は知っている。
いつか、
その手が、
天井を破り、
私を、
あの空っぽの部屋へと引きずり込む日が来ることを。
そして、私が、
次の「何かを引きずる音」の源になることを。
作者は毎週土曜日の11時でした
マジで夜のDIYは止めて欲しいと、願いましたが
誰も住んでいないので、無理でした
あなたが聞こえる物音って、本当に誰かが出してる音ですかね?




