ヒッチハイク
長距離トラックの運転手にとって、高速道路は「職場」であり「日常」だ。
その日、俺は深夜の東名高速を、西に向かってひた走っていた。
最初のパーキングエリアで、トイレ休憩のためにトラックを停めた時、「それ」はいた。
喫煙所の薄暗い明かりの下、一人の男が立っていた。
痩せた体、フードを目深にかぶった、古いデザインのパーカー。
そして、胸元には「どこでもいいから乗せて」と書かれた、汚れたスケッチブックを抱えている。
(ヒッチハイクか……)
俺は「トラックは会社の規約で、赤の他人を乗せちゃいけないことになってるんでね」と、
心の中で呟き、見て見ぬふりをしてトラックに戻った。
2時間後。
次のサービスエリアで給油した時、また、いた。
さっきとは違う、かなり離れたSAのはずだ。
なのに、自販機の明かりの下に、ヒッチハイクをしている男が、立っている。
胸には、汚れたスケッチブック。
(珍しいな……)
さすがに気味が悪くなった。
俺は給油を早々に済ませ、SAを飛び出した。
そこからだ、俺の「日常」が狂い始めたのは。
仮眠のために立ち寄ったパーキングエリア。
夜食を買うために停まった、煌々と明かりが灯るサービスエリア。
どこで停まっても、必ず「それ」がいる。
駐車場の隅に。トイレの入り口に。売店のガラスの向こうに。
俺は、双眼鏡で「それ」を注視して、確信した。
フードから覗く青白い顔。虚ろな目。
全部、同じ服、同じスケッチブックを持った、同一人物だ。
「それ」は、俺が停まるたびに、少しずつ、俺のトラックが停まっている場所へと近づいてきていた。
俺は恐怖で、もう高速道路にいられなくなった。
次のインターチェンジで、無理やり高速を降りた。
国道に逃げ込んだんだ。
深夜の国道。心臓がバクバク鳴っている。
(もう、大丈夫だ。高速は降りたんだから)
だが、腹が減った。
空腹は、恐怖に勝る。
大型トラックが数台停まっている、国道沿いのドライブインを見つけ、駐車場にハンドルを切った。
「それ」は、いた。
ドライブインの入り口、公衆電話の横に、「それ」が立っていた。
あのパーカー。
あのスケッチブック。
俺は悲鳴を上げそうになり、ハンドルを切り返し、ドライブインに寄らずに国道に戻った。
(なんで!なんであいつが先にいるんだ!)
もうダメだ。どこにも寄れない。
ガソリンスタンドは?ダメだ、きっといる。
コンビニ?ダメだ、絶対にいる!
俺はどこにも寄らず、ひたすら車を走らせた。
やがて、見慣れた地元の景色が見えてきた。
午前3時。
赤信号で、俺のトラックは、静かな交差点の先頭で停車した。
(帰れる、あともう少しで家に帰れる……)
ホッと息をついた、その瞬間。
俺は、横断歩道の脇に立っている「それ」を、見てしまった。
パーカーの男が、土砂降りにでも遭ったかのようにびしょ濡れで(外は晴れているのに)、
あのスケッチブックを抱え、俺のトラックの運転席を、じっと見ている。
青信号に変わった瞬間、俺はアクセルを床まで踏み込んだ。
もう、何も考えられなかった。
どうやって家に帰り着いたのか、トラックをどこに停めたのか、家までの記憶が、一切ない。
俺は、自宅のマンションのベッドで、荒い息を繰り返していた。
鍵は閉めた。チェーンもかけた。もう、ここには誰も来ない。安全だ。
(疲れてたんだ、幻覚だ)
そう自分に言い聞かせ、目を閉じようとした、その時。
「ピンポーン」
深夜3時半。
静まり返った部屋に、インターホンの甲高い音が響き渡った。
(まさか)
震える足で、廊下に出る。
「ピンポーン」
「ピンポーン」
狂ったように、チャイムが鳴り続けている。
俺は、震える指で、インターホンの「モニター」ボタンを押した。
画面が、ボッと点灯する。
そこには、あのパーカーの男が映っていた。
カメラのレンズに、顔を押し付けるようにして、
びしょ濡れの、青白い顔で、
レンズの奥にいる、俺を、
ニタァ………と、
笑いながら、見ている。
そして、スピーカーから、水がゴボゴボと溢れ出すような音と共に、声が聞こえた。
「……オウチノナカニ……」
ヒッチハイク流行っているみたいですね
乗せたら、おなか空きません?
おごってください
みたいな。貧乏神かな?




