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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第10章 覚醒の期末テスト編

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第93話 似た者同士


「はぁっ! はぁっ!」


 気がつけば――

 俺は、全力で走っていた。


(なんで、こうなった……)


 スタートの合図が鳴った瞬間、

“別に、俺は俺のペースで走るだけだ”

 なんて思っていたはずなのに。


 最初の一周を過ぎたあたりで、

 俺の先を走る深山の呼吸が、妙に整っていることに気づいた。


 一定のリズム。

 ぶれないフォーム。

 視線は前だけ。


(こいつ……思ったより、やる)


 そう思った瞬間だった。


 深山が、ほんのわずか――

 

 俺を見て笑った。


「……っ! あいつ……」


 それが、いけなかった。


 俺の中で、カチ、と何かが音を立てた気がした。

 断っておくが、桜井さんのことは関係ない。


(負けられねぇ……!)


 そう思った瞬間、脚に力が入る。

 地面を蹴る感触が、はっきりと伝わってくる。


 風を切る音。

 横腹が痛い。

 耳が冷たい。


 いつの間にか――

 俺と深山は、完全に並走していた。


 互いに、視線は前。

 言葉はない。


 でも、わかる。


 負けたくない。

 ここだけは、譲れない。


「ずい、ぶんと……っ、食らいついてくるね、大河くん……!」


 並走したまま、深山が息を切らしつつも言葉を投げてくる。

 彼も余裕を装っているが、顔が青い。深山も決して運動神経の良いほうではないのだろう。


「そんなに僕に負けて……っ、

 桜井さんを盗られるのが……気に食わないのかな……?」


「……っ、馬鹿言え……!」


 肺が限界を訴えている。


「今日は……っ、ただ走りたい気分なだけだよ……!」


「へぇ……!」


 深山が、わずかに笑う。


 ゴールは、まだ先だ。


 それでも、脚は止まらない。

 止める気も、ない。


 その少し後ろ。


 必死に呼吸を整えながら走る橘が、俺たちを見て叫んだ。


「はぁ……っ、はぁ……っ……

 あいつら……どんだけ負けず嫌いなんだよ……!」


 その声に、少しだけ笑いそうになった。


 俺と深山は、ほとんど同時に、さらに速度を上げた。


 ゴールへ向かって。


 ――その瞬間だった。


 ぐきり、と。


 踏み出した右脚が、内側へ入る。


「っ――!」


 重心が崩れ、

 視界が大きく傾いた。


 俺はそのまま前へ――転んだ。


 肘と膝に、鈍い衝撃が走る。


「痛ってぇ」


 一瞬、呼吸が止まった。


 横目で見えた深山は、こちらをちらりと振り返る。


 ほんの一瞬、戸惑ったような表情。


 ――だが。


 彼は、止まらなかった。


 歯を食いしばり、そのまま前へ走り続けていく。


(……ああ、それでいい)


 勝負の途中だ。


 情けをかけられるほうが、よっぽど屈辱だ。


 そこへ――


「おい、大河!」


 荒い息と一緒に、橘が追いついてくる。


「大丈夫か!?」


「ああ……っ」


 俺は地面に手をつき、ゆっくりと上体を起こした。


「……大丈夫だ」


「おい大河、もう無理すんなよ」


「……」


 肘は擦りむいているが、脚は、まだ動く。


 立ち上がって、正面を見る。


 ゴール付近。


 すでに走り終えた女子たちが、

 何人も集まっている。


 その中に――


(……桜井さん)


 体操着姿の彼女がいた。


 やや遠いから、こちらを見ているかは、わからない。


 でも。


(……まだだろ)


 こんなところで、終わってたまるか。


 俺は、拳を握る。


 そして、再び一歩を踏み出した。


 火は、まだ消えていなかった。


「大河……」



 * * *



 走り終わったあと。


「大河、おつかれ」


 橘が、ぽんと俺の背中を叩いた。


「ああ……」


 結局、深山に勝てなかった。


 俺は両手を膝に置き、荒い呼吸を整える。

 胸が上下するたびに、肺が熱い。


(……しかし、俺ってこんなに速く走れたんだな)


 自分でも少し驚いていた。

 限界を超えて本気で走るなんて、いつぶりだっただろう。


 視線を上げると、少し離れたところで深山が、自分のクラスの連中に囲まれていた。


「すげーな深山!」

「やるじゃーん!」

「マジで速かったぞ!」


 素直な賞賛の声が飛び交っている。


 その様子をぼんやり眺めていると――

 ふと、俺の目は彼の足元に引き寄せられた。


(……深山)


 くるぶしのあたり。


 良く見るとソックスに、はっきりとした赤いシミができている。


 彼はそれを気にする様子もなく、笑っていた。


「……あいつ」

 誰に言うでもなく、つぶやく。


「あいつも、相当な負けず嫌いだな」


 しばらくして、深山が俺のところへ歩いてきた。


「大河くん」


「……深山か」


 短い言葉を交わす。


 俺たちは、互いの足の傷については触れなかった。


 視線が合っていたのは、ほんの数秒のはずなのに長く感じられた。


「今回は、僕の勝ちだったね」


 深山が静かに言う。


「これで、堂々と桜井さんの返事を聞ける」


「だから、それは元々お前の自由だって言ってるだろ」


 俺はそう返す。


「……そうだね」


 深山は、素直にうなずいた。


 俺は彼の顔を見ないまま、背を向けて続ける。


「でもな。明日からの期末テスト――そっちは負けない」


「っ……。大河くん」


 それから、深山ははっきりと言った。


「ああ。望むところだよ」


 そのときの彼の表情は、俺には見えなかった。


 けれど――

 なぜだか、どんな顔をしていたのかは、想像がついていた。

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