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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第10章 覚醒の期末テスト編

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第92話 巻き込まれ系×やれやれ系


 体育の時間。


 今日は長距離走だった。


 今回は他クラスとの合同授業。

 運動場には普段よりも多くの生徒が集まっていて、あちこちから笑い声や軽口が飛び交っている。


「今日は合同か。人多すぎ」


 隣で橘が肩を回しながら言った。


「しかも長距離。テンション下がるわー」


「お前、サッカー部なんだから余裕だろ」


「余裕と好きは別問題な?」


 そんなやり取りをしながら、俺たちはスタート位置付近で授業開始を待っていた。


 他クラスの生徒も混じっているせいで、運動場全体がいつも以上にざわついている。

 教師たちは少し離れたところで打ち合わせ中。準備運動までは、まだ少し時間がありそうだった。


(……俺も運動は好きでも得意というわけでもない。だけど、テスト勉強やその他もろもろの気晴らしには丁度いいか)


 俺が軽く足首を回していると、橘がこちらを見てニヤッとした。


「お、今日はやる気じゃん。なぁ大河。せっかくだし、一緒に走るか?」


「いやいや、さすがにお前の速さには敵わないって」


「遠慮すんなって。遅かったら途中で置いてくし」


「なんだそりゃ」


 そんな軽口を叩きあっていると――


「やあ、大河くん」


 背後から声がかかった。


 聞き覚えのある声に振り返る。


「……深山」


 そこに立っていたのは、またしても――深山湊介だった。


 相変わらず、姿勢がいい。

 体操服姿でも、どこか自信がにじみ出ている。


「合同授業とは聞いていたけど、君がいるとは思わなかったよ」


「だな。でれば出会いたくなかったな」


 その様子を見て、橘が「ああ」と声を漏らす。


「廊下で桜井さんに公開告白した深山王子じゃん」


「覚えてもらっていて光栄だよ」


 深山は軽く笑ってから、俺のほうに視線を戻した。


「で? あの後、桜井さんからの返事はあったのか?」


 俺が問う。


「いや。まだそれに関しての返事は聞いていないよ」


「ふーん」


俺の返事のあとに、橘が遠慮なく斬り込んできた。


「なんでだよ。あんな堂々と告ったんだから、さっさと返事を聞いちまった方がよくないか?」


「橘……!」


 思わず肘で小突く。


 だが深山は、意外にもすぐに噛みついてはこなかった。


「橘くん、だったね。

 僕はね――」


 そこまで言いかけた、その時だった。


「大河くん!」


 少し息を切らした声。


 振り向くと、体操着姿の桜井さんがこちらへ小走りで近づいてくるところだった。


「おぉ、桜井さん」


「今日は男女別々だけど、お互い頑張ろうね!」


 にこっと笑う。


 その笑顔に空気が緩む。


「ああ。桜井さんも無理するなよ」


「大河くんもね!

 あ、橘くんも頑張ってね!」


「サンキュー、桜井さん!」


 橘も気持ちよく笑顔で返す。


 ――そのときだった。


 桜井さんの視線が、俺たちの横に立つ深山へと移る。


「あ」

「あ」

 ほぼ同時に、小さな声。


 深山と桜井さんは、数秒のあいだ、言葉もなく見つめ合っていた。


 ほんの一瞬。


 けれど、不自然なくらい長く感じる沈黙。


「……深山?」


 俺が声をかけても、深山は反応しない。


 まるで、時間が止まったみたいに固まっている。


(おいおい……)


 その空気に気づいたのか、桜井さんが少しだけ視線を逸らした。


「あ、じゃあ……もうすぐ集合だと思うから、私行くね」


「あ、ああ」


 そう言って、彼女は軽く手を振り、女子の集まっている方へと戻っていった。


 その後ろ姿を見送ってから、俺は改めて深山を見る。


「……おい」


「……」


「深山?」


「……ふぅ」


 深山はそれだけ言って、視線を前に戻した。やや落ち着いた様子だ。


 その様子に、橘が首をかしげる。


「なんだよ。こいつ、急に大人しくなりやがって」


「深山、お前まさか――」


 俺が言いかけた、その瞬間だった。


「やめてくれ!

 その先は言わないでくれ!」


 珍しく、深山が慌てたように声を荒げる。


 だが――

 ここまで来て、俺は止まらなかった。


「……今になって恥ずかしくなって、緊張してるのか?」


 深山の肩が、ぴくりと反応する。


「……っ」


 図星、らしい。


(マジかよ)


 橘が吹き出す。


「ははっ! なんだそれ。そんなハートでこないだから、ついさっきまであんなに吠えてたのにか?」


「うるさい!」

 深山は顔を背ける。

「……悪いか」


 その声は、さっきまでよりずっと小さい。


(ああ……)


 なるほど。

 深山湊介という男は、闘争心と衝動で突っ走るタイプではあるが、馬鹿ではないんだ。


 勢いで言葉を叩きつけて、

 あとからちゃんと考えて、

 そして今になって、全部を実感してる。


 ――桜井さんの前で、あんなことを言ったという事実を。


「……まあ」


 俺は肩の力を抜いて言った。


「それなら、それでいいんじゃないか」


「なんだって?」


「あんなに緊張するくらいに、桜井さんのこと、本気ってことだろ?」


 深山は、ちらりと俺を見る。


 その目には、俺への闘志が残っている。

 

 悔しい。

 負けたくない。

 こいつにだけは。


 そういう気持ちが見える。


「……そうだよ」


 はっきりと言った。


「本気だからこそだ。僕は勉強でも恋愛でも、そしてスポーツでも君には負けない」


「いいんじゃないか?」


俺は、そんな彼の気持ちを軽く受け流そうとした。


……のに。


「桜井さんは、君には渡さないよ!」


「は?」


 また、変なことを言い出した。


「おいおい。俺は別に桜井さんとは――」


「確かに君のことは全部知ってるわけじゃない。でも、彼女は君のことが好きじゃないか! 見てればわかる!」


 妙なところで鋭い。


 いや……それだけ、桜井さんのことを見ていたということか。


「ちょっと待て。お前が桜井さんにどんな感情を持とうが、それは個人の自由だ。でも、俺を巻き込むのはやめろよな」


「大河くん。今日の長距離走のタイムで、僕と勝負だ」


「はあ? なんでそうなるんだ」


「言ったろ? スポーツでも君に負けるわけにはいかないんだ。それに、確かに君や橘くんの言う通り、僕はこのままじゃただの臆病者だ。

 だから――今日の長距離走で君に勝って、もう一度、桜井さんに向き合って、あの日の返事をもらう!」


 橘は、隣で完全に呆れている。


 俺は、どう答えるのが正解なのかわからなかった。


「俺が勝った場合はどうすればいいんだよ」


「僕が勝つさ」


 一点の曇りもない深山の瞳。


 ――その時。


 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴り、ほぼ同時に、向こうから教師の号令が聞こえてくる。


 生徒たちが一斉に動き出した。


「じゃあ、決まりだね。大河くん」


「あ! おい、待てって! だから俺を巻き込むなって――」


「もう行っちまったぜ、大河」


「ったく……」


「お前も大変だな。色々と」


「……ほんとにな」


「で? あいつと勝負すんの?」


「ないない。俺が恋路を邪魔する道理もないからな」


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