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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第9章 バイバイ。俺の初恋編

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第91話 さようなら。そして、


「だから、俺は先輩のことを、好きだと思ったんです」


「……そっか」


 少しの間。


 静かな時間が二人の間を流れる。


「それだけじゃあ、ないんでしょ。大河?」


 やっぱり、お見通しだ。


 俺はこの人には――きっと、一生敵わないのだろう。


「……はい」


 だからこそ、ここで逃げない。


 ちゃんと、けじめをつける。


「俺のその“好き”って気持ちは……先輩からしたら、ただの子供っぽい依存心でしかなかったんだって、わかったんです」


「大河……」


「俺は、先輩からもらうばっかりでした。

 一緒に立って、対等でいることはできませんでした」


 一度、拳を握ってから、言葉を続ける。


「だから……振られて当然だったって、今ならわかります」


 渚先輩は、何も言わずに聞いていた。


「あ、あっ! でも!」


 俺は慌てて言葉を足す。


「別に、卑下してるわけじゃないですよ! 最近は、生徒会の活動も忙しいですけど、ちゃんとやりがいがありますし。勉強も、ただの義務じゃなくて楽しくなってきましたし」


 言葉が、自然と溢れてくる。


「家族とも、前よりちゃんと話せるようになりましたし……友達とも、良い距離感でいられるようになりました」


 あれ?


「それから――」


 なんでここで、桜井さんの顔が浮かぶんだ。


「それから?」


「……なんだか、あぶなっかしくて放っておけない人も、いますし」


 一拍。


「あはは!」


 先輩は、今日一番の笑顔で声を上げた。


「なにそれ! 急に!」


「めっちゃ笑うじゃないですか……」


「だってさぁ!」


 渚先輩は、目尻に涙を浮かべるほど笑っている。


「一番あぶなっかしかった大河が、誰かの心配だなんて!」


「あははは!」


「いいでしょ別に!」


「ごめんごめん!」


 笑い声が、夜に静かに溶けていく。


 彼女が少し落ち着くのを待ってから、俺は最後の話をした。


「……あと、進路のことなんですけど」


「うん」


「東大を目指すって言ってたのも……正直、東京に行きたいって言ってた先輩の影響でした」


 先輩は驚かず、ただ静かに聞いていた。


「だから、もう一度、ちゃんと考え直そうと思ってます。自分が、本当はどうなりたいのか。どこへ向かうべきなのか」


 渚先輩は、やさしく微笑んだ。


「やっとだね」


「え?」


「やっと、本当の意味で成長した」


 その言葉に、息を呑む。


「今この瞬間、自分の足で歩き始めたんだよ。大河は」


 ――ああ。


 この人は、最後の最後まで。


 俺を“導く側”でいてくれたんだ。


「……はい」


 胸の奥が、すっと軽くなる。


「もう大丈夫です」


 俺は、まっすぐに言った。


「だから、安心して東京で頑張ってください。

 俺も――俺の場所で、ちゃんと頑張ります」


 渚先輩は、満足そうにうなずいた。


「うん。そう言ってもらえるなら、安心して行けるよ」


 俺の心と赤いベンチに、もう未練は残っていなかった。


 ――その時。


 ガタン。


 コンビニの角の向こうから、なにかがぶつかったような小さな音がした。


 先輩が、はっと顔を上げる。


「……え?」


「あ、いえ。大丈夫です」


 俺は反射的にそう答えた。


(……思ったより、早く着いてたのかな)


 今の話、聞かれちまったかな。

 ……まあ、いいか。


 変に誤魔化す必要も、もうない。


「もう俺の話は終わったからいいよ、桜井さん」


「……え?」


 その声に応えるように、

 コンビニの角から、ひょこっと姿を現したのは――


 夜の姿の、桜井澪だった。


 もう説明はいらないと思うけど一応。

 グレーのスウェットのセットアップ。

 この時間、この場所でしか見ない彼女。


「澪ちゃん!?」

 先輩が驚いたように声を上げる。

「どうして、ここに……?」


「えへへ。お久しぶりです、渚さん」


 澪は少し照れたように笑いながら、

 赤いベンチの前――俺たちのところまで歩いてくる。


 左手に下げていた袋から、取り出したのは――サクラコーヒーの缶コーヒーだった。


「……え、それ」


「私からのプレゼントです」


 そう言って、桜井さんは一本を渚先輩に差し出す。


「みんなで、一緒に飲みませんか?」


「……ありがとう!」


 先輩は、少し驚きながらも、素直に受け取った。


 そして、彼女はもう一本を――俺に差し出す。


「はい、大河くんも」


「ありがとうな、桜井さん。寒かったろ」


「ううん」

 首を横に振る。

「渚さんには、前にここでお世話になったし……私からも、ちゃんとお礼を言っておきたかったから」


 俺はうなずく。


 三人分の缶コーヒーが、赤いベンチの前に揃う。


「そっか。

 大河が送別会の時から、やけにスマホ触ってたのは――澪ちゃんに連絡してたからかー」


 渚先輩は、どこか楽しそうにそう言った。


「はい、正解です」


 桜井さんは胸を張る。


「今日が送別会なんだって話をしたら、もしできるなら、渚さんに会いたいって言い出してきかなくて……」


「ちょっと大河くん、私をきかん坊みたいに言わないでよ!」


「悪い悪い。冗談だって」


 俺が焦りながら桜井さんをなだめていると――


 先輩は、静かに笑っていた。


「よし……」


「なにが“よし”なんですか先輩?」


「なんでもないよ」


 桜井さんが次に言う。


「だって、ちゃんと渚さんに会って、言いたかったんです」


「なにを?」


 先輩が、優しく促す。


「お礼です。ずぶ濡れになった私のことを気遣ってくれたこと。そして何より、大河くんをここまで連れてきてくれたのは、間違いなく渚さんだと思ってるから」


 一瞬、空気が静かになる。


 桜井さんは両手で缶コーヒーを持ったまま、深呼吸してから言った。


「だから……ありがとうございます。私からもそれを伝えたくって」


 その言葉を受けて、渚先輩はしばらく何も言わなかった。


 ただ、夜空を見上げて――

 そして、ぽつり。


「……うん」


 短いけど、はっきりした返事。


「ありがとう、澪ちゃん」


 それから、ちらっと俺の方を見る。


 そして、桜井さんには聞こえないように耳打ち。


「ほんと、いい友達……ううん。いい“あぶなっかしくて放っておけない人を持ったね”。大河」


 先輩はくすっと笑って、缶コーヒーを軽く掲げた。


「ちょ! なに言ってんですか!?」


「?」

 桜井さんは首を傾げていた。


「じゃあさ」


 プシュ。


 先に開けた音。


「送別会の二次会――

 このベンチで、三人でってことで」


「はい!」

「はい!」

 桜井さんと俺は同時に返事をした。


 そして缶を開ける。


 プシュ。


 二つの音は重なっていた。


 その後、俺たちは――

 コーヒーが空になるまで、しばらくの間、他愛もない会話を楽しんだ。


 何を語り合ったのかは、あえて書かない。

 きっと、それは今ここで言葉にするものじゃない。


 またいつか。

 語る時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。


 ただ、はっきりと言えることがあるとすれば――


 この夜に飲んだコーヒーは、やっぱり苦かった。


 けれど、もう冷たくはなかった。


 そして――

 この日以降、渚先輩が俺の頭をくしゃくしゃにすることはもう二度となかった。


 それがどういう意味なのか。


 それだけはなんとなくわかります。


 ありがとうございました。


 そして、さようなら渚さん。

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