表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第9章 バイバイ。俺の初恋編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/128

第88話 月が綺麗


 俺は店の赤いテープを貼ってもらった缶コーヒーを手に取って、店を出た。


 ~♪


 自動ドアを抜けた瞬間、夜の空気がふっと肌に触れる。


「ふぅ~。なんだかんだ疲れたな」


 青いベンチのほうを見ると――

 やっぱり、いた。


(……おや)


 桜井さんが、鼻歌を口ずさんでいる。


(鼻歌。めずらしいな)


 夜のコンビニで何度も顔を合わせてきたけど、彼女がこんなふうに感情をそのまま外に出しているのは、正直あまり記憶にない。


 俺は歩み寄りながら声をかけた。


「ごきげんだなあ」


 桜井さんは一瞬だけ肩をすくめるようにして、照れたように笑った。


「最近、ハマってる人の歌があってね」


「へぇー」


 何気ない相槌。


 それだけで会話が成立する距離感が、もう当たり前になっている。


「大河くん」


「ん?」


「ん」

 と短く言って、

 彼女は隣のベンチの“余白”を、右手でとんとんと示した。


 ――ああ。


 その仕草を見た瞬間、俺は思い出す。


 最初にここで会った夜の桜井澪。

 そして、学校で出会う昼の桜井澪。


 この二人が、間違いなく“同一人物”だと確信したきっかけ。


 それは――右手の甲に書かれていた、あの宿題の小さなメモ書き。


 そう。

 つまり彼女は左利きだ。


 だから、彼女は決まってベンチの向かって右側に座る。

 左手にはコーヒーの缶を持っているから、利き手じゃない右手を使って、こうして隣を示す。


「ん」


 もう一度、短く。


(……めずらしい)


 ここで、彼女のほうから誘うなんて。


 俺は示されるままに、ベンチに腰を下ろした。


「どうしたんだ、桜井さん。なんか言いたいことでもありそうだな?」


 俺はちょっと笑いながら問う。


「むー」


 桜井さんは答えず、左手に持った缶コーヒーを――


 ぐいっと、一気に流し込んだ。


 缶が小さく鳴り、夜の空気に、コーヒーの匂いが混じる。


 俺はその横顔を見ながら、このあと何が来るのかを、静かに待っていた。


 プシュ。


 俺も自分のコーヒーを開ける。


「大河くん!」


「ん?」


 缶を口に運び、ひと口含んだ――その瞬間だった。


「大河くん、ごめんなさい!」


「っ! ――ゲホゲホ!」


 予想外すぎるタイミングの謝罪だったせいで、コーヒーが喉の奥の変なところに入り、思い切りむせる。


「ゲホ! な、なんだよ急に……! びっくりするじゃないか……ゲホゲホ」


 桜井さんは、申し訳なさそうに視線を落とした。


「今日、休み時間の……ほら、深山くんの……その……あれのことなんだけど」


「……ああ、あれ。ね」


 俺の口の周りをコーヒーがつたう中、脳裏に浮かぶ昼間のあの衝撃のシーン。


「私、あんなふうに面と向かって、男の人に“好きだ”って言われたの、初めてだったから」


 ……まぁ、そうだろうな。いや、桜井さんに限らず、大抵の女子はそうなんじゃないかと思う。というよりはあの状況で勢いもあったろうが、告白なんて強行ができる深山の精神自体も、なかなかに見上げるものがある。同じ男として強くそう思うのだ。


「うん」


「すごく……びっくりしたの」


「わかるよ」


 少し間を置いてから、彼女は続けた。

 俺は自前のハンカチで口の周りのコーヒーを拭う。


「それで、思ったの……」


「なにを?」


 桜井さんは、しばらく言葉を探すように黙り込んでから、ぽつりと口を開いた。


「……私も同じように、大河くんに“好きだ”って言ったけど……」


 ドクン――


 胸が、少しだけ強く鳴る。


「でもそれって、すごく独りよがりで、自分勝手だったんじゃないかって……反省したの」


 夜風が、ふたりの間を静かに抜けていく。


「だから……ごめんなさい」


「……桜井さん……」


「私はね」

 彼女は小さく笑った。

「ただ伝えたかっただけだし、それだけで満足してるんだけど……」


 でも、と続ける。


「大河くんは、すごく誠実で、真面目だから。そう簡単には割り切れないよね」


「……」


「ホワイトデーのお返しだって、みんなの分、すごく悩んでたし」


 ――ああ。


 なるほど。


 深山に告白されたことへの戸惑い。

 それと同時に、自分が俺にした告白を重ねてしまったんだ。


 だからこその、自己嫌悪。


 俺は缶コーヒーを一度ベンチに置いて、夜空を見上げた。


「……桜井さんさ」


「……なに?」


「たぶんだけど、それ、間違ってると思う」


 彼女が、はっとこちらを見る。


「桜井さんの告白が独りよがりだったとか、自分勝手だったとか……俺は、少なくともそうは思ってない」


「でも……!」


「確かに、正直に言えば、俺も驚いた」


 続ける。


「でもさ、

 あんなふうに真っ直ぐ言われて、人として、男として、嫌なわけないだろ」


「……」


「それに、桜井さんの人となりを少しなりとも知ってる人間からすれば、どれだけの勇気を振り絞って言ったものかは痛いほどわかる」


 少し照れくさくて、視線を逸らしながら。


「それに、そうまで悩んだのは、桜井さんの気持ちが軽くなかったからだ。……と思う」


 桜井さんは、言葉を失ったように俺を見つめていた。


 夜のベンチの上。

 自販機の光と街灯の明かりの間で。


 俺たちは、

 それぞれの“好き”の重さを、静かに確かめ合っていた。


「それに、その理論で言うならさ」

 俺は苦笑して肩をすくめた。

「俺だって、渚先輩に告白したことを反省しなきゃいけなくなるしな」


「そんなこと……!」


 桜井さんが、思わず声を上げる。


「だろ? だからいいんだよ」


 空を見上げる。


 今日は、月がやけに綺麗に見えた。


「そっか……」


 彼女は小さく息を吐いて、

「……よかった……」


「ああ。……だけど、その代わり」


「その代わり?」


 桜井さんが、少し身を乗り出して俺の顔を覗き込む。


「この間も言ったけどさ。

 しばらくは、待ってもらうことになるぞ?」


「……」


「まだ、渚先輩の送別会も残ってるし」


 一瞬の間。


 そして桜井さんは、悪戯っぽく口角を上げた。


「あー。私はキープなんだぁ」


「むっ! 違うっての!」


「ふふっ。わかってるよ」

 くすくすと笑いながら。

「大河くん、そんなに器用じゃないもんね」


「ったく……。桜井さんがそれを言うのかよ」


 そう言いながらも、胸の奥が、少しだけ軽くなっているのを感じる。


「ねぇ、大河くん!」


 桜井さんが、急に立ち上がって空を指さした。


「月!」


「おぉ……!」


 そうか。

 

 桜井さんも。


 雲ひとつない空に、丸く、静かに浮かぶ丸い月。


「月が綺麗だよ! すごい!」


 その声は、驚きと、嬉しさと、少しの照れが混じっていた。


 俺はベンチから立ち上がり、彼女の隣で、同じ月を見上げる。


「……ほんとだな」


 言葉にしなくても、今はそれで十分だった。


 夜のコンビニの明かりの外。

 静かなベンチの上で。


 俺たちはしばらくの間


 同じ月を、黙って眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ