表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第9章 バイバイ。俺の初恋編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/132

第87話 夜のコンビニでやっぱり君はブラックコーヒー


 夜の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、俺はコンビニの自動ドアをくぐった。


 ~♪


 お馴染みの電子音。


「おはようございます」


 そう言いながらバックヤードのほうへ回ると、いつもと少しだけ様子が違っていた。


 机の前に、店長。

 そして、その向かい側には――見覚えのない、学生らしき男の子が座っている。


 俺とその男の子は一瞬目が合う。


(……おっと、面接か)


「おはよう、吉野くん」


 店長がこちらに気づいて、軽く手を上げる。


「おはようございます」


 俺はそれ以上何も言わず、軽く会釈だけしてロッカールームへ向かった。

 邪魔をするわけにもいかない。


 ロッカーを開け、上着を脱ぎ、服に袖を通す。エプロンを腰に巻いて、紐をきゅっと結ぶ。


 その一連の動作は、もう体が覚えている。


 タイムカードを打刻してから、連絡帳を手に取る。


(えーっと……)


 本日の注意事項。

 廃棄時間について。

 品出しの変更点について。

 ホットスナックの補充のタイミングについて。


 ひとつひとつ目を通し、頭の中で整理する。


(……よし)


 エプロンのポケットから印鑑を取り出し、確認済みの欄に、ポンと押した。


 それから、バックヤードの扉を開けて店内へ。


「お疲れさまです」


「あら、おはよう吉野くん。じゃ、引き継ぎね」


 レジの向こう側に立っていたのは、パートの柳さんだった。

 昼間の時間帯に入ることが多い、三十代後半くらいの女性だ。絶賛子育て中の主婦さんでもあるので、夜遅くの勤務はできないため、俺と入れ違いになるパターンが多いのだ。


「今日は忙しいですか?」と聞くと、柳さんは少しだけ肩をすくめる。


「まあまあ、って感じかな。夕方にお弁当が一気に出たくらいで、あとは落ち着いてるよ」


「了解です」


 バーコードリーダーの位置を確認しながら、引き継ぎを受ける。


「あ、あとね」

 柳さんが、少し声を落として言った。

「バックヤードで店長が面接してたでしょ?」


「はい。見ましたよ」


「やっぱり新しい子、何人か入れる予定みたい。渚ちゃんが抜けたから、その穴埋めね」


「ですよね……」


 そう答えると、柳さんは苦笑した。


「ほんと、時間経つの早いよねぇ。渚ちゃんも、ついこの前まで『若い子だなぁ』って思ってたのに。もう就職だなんて」


「柳さん視点だとそう感じるんですねえ」


「吉野くんも、ずいぶん落ち着いてきて頼りになるけど、あと一年くらいだもんね?」


「……そうなっちゃいますね」


「でしょ?」


 柳さんは、少し残念そうに笑った。


「こうなったら、次の新人の子が入ったら教育係は吉野くんね! 次の後継者をバンバン育ててもらわないと!」


「ぼ、僕がですか!?」


「うん! いけるいける」


 即答だった。


 思わず苦笑する。


「ほら、じゃあレジ代わるね」


「はい。お疲れさまでした」


 柳さんは手を振ってバックヤードへ向かった。


 バーコードリーダーを手に取り、釣り銭を確認。

 レジに立った瞬間、俺も仕事モードへと脳内のスイッチが切り替わる。


「いらっしゃいませ」


 いつもの声。

 いつもの場所。


 ――やっぱり、この空気は落ち着く。


 だけど。


 バックヤードのほうで、かすかに聞こえる会話の気配が、今日は少しだけ、気になっていた。


(……新人、か)


 渚先輩がいなくなって。

 そして、また新しい誰かが入ってくる。


(今度は俺が誰かを……)


 このコンビニも、少しずつ変わっていく。


 俺はレジに立ちながら、そんなことを、ぼんやりと考えていた。



 * * *



 数時間後。


 レジに立ちながら、俺はなんとなく――

 本当に、なんとなくだけど、感じていた。


(……今日は、たぶん来るな)


 もちろん確証はない。

 ラインが来たわけでも、約束をしたわけでもないからだ。


 ただ、そういう日がある。


 最近はなんとなく。


 夜のコンビニは相変わらず静かで、

 有線のBGMに最近話題のライバーのタイアップ広告が耳に流れ込む。


 ホットスナックのチキンを補充して、棚の前出しをして、レジに戻る。


 いつもの動線。

 いつもの夜。


 時計を見ると、二十一時を少し回っていた。


 ちょうどその時――


 ~♪


 自動ドアの開閉音。


「いらっしゃいませ」


 反射的にそう言って顔を上げる。


 そして。


(……当たった)


 そこに立っていたのは、見慣れたグレーのスウェット姿――桜井さんだった。少し大きめのマフラーを首に巻き、耳にはあの白いイヤホン。


 目が合う。


 彼女は小さく、でも確かに笑った。


 それだけのやり取りなのに、胸の奥が、すっと落ち着く。

 

 桜井さんはいつもの棚へ向かい、桜印のブラックコーヒーを一つ手に取る。


 やがて、桜井さんはレジの前に立った。


 バーコードを読み取る。


 ピッ。


「ポイントで支払いたいです」


「はい、かしこまりました。では、こちらへタッチをお願いします」


 画面を示すと、桜井さんは慣れた手つきでスマホをかざす。


 気心は知れている。

 それでも――レジ越しでは、ちゃんと敬語。


 この距離感が、俺たちにはちょうどいい。


「ありがとうございました」


「はい」


 桜井さんは軽く会釈して、店を出ていった。


 ガラス越しに見える背中は、迷いなく、やはりというべきか――外の青いベンチへ向かっていく。


 外の空気は、少しずつ柔らかくなり始めていた。

 真冬とは違って、夜風に当たるのも、それほど苦じゃない。


 この時期になると、あのベンチに腰掛ける時間も、自然と長くなる。


 それにしても――


 人間ってやつは、

 一つ悩みが解決しても、すぐに次の悩みを作り出す生き物だ。


 俺が今、新しい不安や迷いを抱えているように。

 桜井さんもまた、きっと別の何かを胸の内に抱えている。


 このコンビニの、この夜の時間。


 それが、彼女にとっての“逃げ場”であることは、きっと今も変わっていない。


 悩みの質は、前とは違っているかもしれないけれど。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ