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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第9章 バイバイ。俺の初恋編

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第85話 なんだか忙しい!


 時はバレンタインデーが過ぎ、二月下旬に差し掛かるころ。三学期末のテストが、じわじわと近づいてきていた。


 机の上に広げたノートと問題集。

 シャープペンを走らせる音だけが、自室に規則正しく響いている。


(……この範囲は、たぶん出そうだな)


 苦手というほどではない。けれど、油断すれば取りこぼすタイプの問題。塾などに通えるほどの余裕はないうちの家計。二年生になって以来、とにかく量をこなして頭に叩きこんできた。


 俺は一度だけペンを止め、教科書の該当ページを開き直す。


 時計を見ると、もう日付が変わる少し手前だった。


「……ふぅ」


 小さく息を吐いて、椅子にもたれかかる。両腕を頭の上に伸ばすと、背中と肩が心地よく軋んだ。


「……さすがに、ちょっと疲れてきたな。今日はコンビニの方も忙しかったからなあ」


 そのまま、何気なく机の端に置いていたスマホへ視線を落とす。


 ――ピロン。


 画面が光った。


(通知……?)


 ロックを解除すると、表示されていたのは見慣れた二十四の数字の四アイコン。


 《連絡グループ》


「……決まったんだ」


 開いてみると、店長からのメッセージだった。


『連絡です。

 渚さんの送別会について、日時が決まりました』


 続いて、詳細。


『二月二十四日 二十時〜

 アルバイトさんまでを含む従業員の人は、ノートの中の参加一覧のアンケートに期日までに回答してください』


 その下には、すでにいくつかの反応が並んでいた。


(送別会、か……)


 正直、全員が揃うのは難しいだろうと思っていた。


 うちの店は二十四時間営業。

 誰かが休めば、誰かが穴を埋める。

 シフト制とはそういうことだ。


 けれど、続く店長のメッセージを見て、俺は目を見開いた。


『当日は、冷凍・冷蔵ケースの入れ替えと配線工事が入るため、やむを得ず一時的に営業停止になります。なので、その時間を使って送別会をやることにしました』


「……なるほど」


 それなら、話は別だ。


 全員とはいかなくても、かなりの人数が集まれるだろう。


『ちなみに、枝垂さんも卒業旅行からすでに帰国しているそうです。皆さん参加をお待ちしています。お店や参加費は追って連絡します』


 渚先輩。


 あの雪の日以来、ラインはあったものの、一度も直接会っていない。


 だから、どういう顔をして送別会に参加して良いかまだよくわからない。


 もちろん、勇気を振り絞って告白したことに対しての後悔は微塵もない。


 先輩なりに優しく振ってくれたんだということもわかっている。


 ――正直、テストを理由に欠席することは簡単だし、理に適っている。


 俺はスマホを置き、もう一度ノートに視線を戻した。


 ――でも。


(……ちゃんと行かないとな)


 渚先輩からは、あのコンビニで誰よりも多くを教わった。

 仕事のこと。空気の読み方も、さりげない気遣いも。


 そして、あの気持ちも。


 あの店で過ごした夜の多くに、あの人はいた。


 ペンを取り直し、問題の続きを解きながら、ふと思う。


(テスト、送別会、三年生の卒業式、そして春休みか……)


 俺の高校二年生の終わりは、少しずつ近づいている。


 休み時間。


 俺は自分の席で、さっきの授業のノートを開いたまま、ペンを走らせていた。


 ……はずなんだけど。


「……ねむ……」


 思わず、口から正直な感想が漏れる。


 目をこすりながら問題文を追うが、文字が微妙に滑る。

 昨夜、少し無理をしたのは間違いない。


(やっぱ夜更かしは効くな……)


 そんなことを考えながら、消しゴムに手を伸ばした――その瞬間。


「あ」


 指先をかすめただけで、消しゴムは机の端から落ちていった。


「はい」


 視界の端に、白い指が差し出される。


 顔を上げると、そこには桜井さんがいた。

 いつの間にか席の横に来ていて、俺より先に消しゴムを拾っていたらしい。


「大丈夫? なんだか眠そうだね」


「あ、ああ……まぁな」


 受け取りながら答えると、桜井さんは少しだけ心配そうな顔をする。


「昨日、遅くまで勉強してたの?」


「まぁ……そんな感じ」


 誤魔化すように言った、その背後から。


「毎回こうなんだよ、大河は」


 聞き慣れた声が、後ろから飛んできた。


 振り返らなくてもわかる。


「ったく、加減ってもんを知らねぇからな。この馬鹿は」


「誰が馬鹿だ」


 即座に突っ込む。


 橘は自分の机に寄りかかりながら、呆れたように肩をすくめた。


「いや、事実だろ。テスト前になると夜型に進化して、昼間ゾンビになるタイプ」


「ゾンビでも橘くんよりも能力は高いと思いますよ?」


「言うねぇ」


 桜井さんが、そのやり取りを見て小さく笑った。


「でも、無理しすぎはよくないよ。

 ちゃんと寝ないと、集中力落ちるって言うし。それに、大河くんはコンビニのアルバイトや生徒会のお仕事もあるんだから」


「……うん、そうだな。気を付けるよ桜井さん」


 そう言いつつ、ペンを置く。


「うん」


 橘が俺の顔を覗き込んできた。


「なんだよ大河、桜井さんの言うことには素直になって! それに桜井さんも、生徒会で一緒になってから大河と仲良さげだし! 俺は寂しいぞ!」


 俺も桜井さんもやや顔が赤くなってしまった。


「そ、そんなことない、よ! 橘くんもお友達だよ!?」


 そんな時だった。


「ねぇ、吉野くん! 今日も……」


 名前を呼ばれて顔を上げると、クラスメイトの大島さんが、どこか申し訳なさそうな、それでいて慣れた様子で立っていた。


(……またか)


 俺は内心で小さくため息をつく。


 彼女が視線で示した先――教室の外、廊下のほうを見ると。


 そこにいたのは、案の定。


「……また深山か」


 深山湊介。


 あの日以来、ほぼ毎日のように、こうして俺の教室までやってくるようになった。


 廊下に立つ深山は、周囲の視線など気にも留めていない様子で、こちらを見つけると軽く目配せをしてくる。


(ほんと、堂々としすぎだろ……)


 その様子を見ていた橘が、面白そうに口を開いた。


「なぁ大河。あいつ、お前の彼女かなんかか?」


「なわけないだろ」


 即答する。


 橘は肩を揺らして笑った。


「冗談だって。けどさ、この頻度は目立つぞ? 仮にも深山は学年二位、お前は三位の頭脳を持ってるときたもんだからな」


「さてね……」


 俺は椅子から立ち上がり、苦笑しながら机の横にカバンを掛けた。


「ちょっと行ってくるわ」


 そう言って俺は廊下に向かう。


 その瞬間――


 ふと、視線を感じた。


 振り返ると、桜井さんがこちらを見ていた。


 心配そうに、少しだけ眉を寄せて。


 俺は小さく手を上げて、


(大丈夫)


 とでも言うように目で伝える。


 桜井さんは、ゆっくりとうなずいてくれた。


 ――そして、廊下。


 深山は、相変わらず余裕そうな顔で腕を組んでいる。


「やあ。吉野くん」


「……用件は?」


「冷たいなぁ。こうして毎日、努力家の君を応援に来てるのに」


「余計なお世話だけどなあ」


 そう返しながらも、俺は立ち止まる。


 休み時間の廊下。


 人の行き来はあるが、深山の存在感のせいか、自然と距離が空いていた。深山は妹と同じく容姿に恵まれており、学力や運動神経ともに優秀なことから当然ながら女子からの人気も高い。


 もっとも、この情報はクラスのみんなに聞くまで知らなかったが。


(ほんと、勘弁してくれよ……)


 テスト前だってのに。

 俺の日常は、思っていた以上に騒がしい。

 

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