第84.5話 本当の答え合わせ
夜の住宅街を抜けると、道はすぐに広い通りへ出た。
車内にはエンジン音と、低く流れるラジオだけが満ちている。
「今日は急に来てごめんね春香」
「別にいいわよ、詩織」
ハンドルを握る春香は、信号待ちで小さく息を吐いた。
「けど……本当に、相変わらずね。詩織は」
助手席の詩織が、肩をすくめて笑う。
「でしょう? 迷って、充電切らして、偶然入ったコンビニで高校生に助けられて……。昔から、計画性だけはなかったもの」
春香は、少しの間を置いてから、しびれを切らしたように言った。
「本当は“偶然”じゃないんでしょう?」
「え?」
「とぼけないで。さっきあなたがバッグを開けたとき、スマホの明かりが見えたもの」
「あー……」
「充電がなくなったなんて嘘までついて、吉野くんにうちまで案内させるなんて……どういう魂胆だったのよ?」
春香は横目で詩織を見る。
「春香は誤魔化せないなあ」
「何年の付き合いだと思ってるの?」
詩織はくすりと笑った。
「そうね。実はさっき言ったように、私……梅宮さんから恋愛相談を受けていたの」
春香は、驚きもせずに答える。
「詩織は昔から恋バナが好きね。どうせ、梅宮さんが松野のことを好きだって話を聞いて、それを手助けしようとしたんでしょう?」
「ふふ。当たり。ただ松野さんの方も、それなりに梅宮さんのことは気にしているようだったから一安心。それに、梅宮さんからは、澪ちゃんのことも聞いてたの」
「……澪の?」
「そう。『澪お嬢様は、近くのコンビニでアルバイトしている吉野って子に恋をしてます』ってね」
「まったく……あなた達、裏でなにを話してるのよ……」
「女にとって恋バナは、生きるエネルギーだもの」
春香は小さくため息をついた。
「で? 梅宮さんからそれを聞いてた詩織は、その時間帯にアルバイトしている吉野くんに話しかけて、まんまと――うちまで誘導したってわけね?」
「ピンポーン」
春香は、もう一度だけ深くため息をついた。
「確かに……梅宮さんの言うように、澪ちゃんは吉野くんのことを好きね」
春香はそう言ってから、それ以上は続けず、黙って運転を続けた。
信号を曲がり、夜の道路をなめらかに走る車内には、低いエンジン音だけが残る。
「吉野くんのほうは、それを知ってはいるけど……まだ踏み出せない、って感じかな」
「そうかもね」
「ちょっと。……娘の恋愛に、興味なし?」
からかうように言う詩織に、春香はすぐには答えなかった。
「そういうわけじゃないわ」
少し間を置いて、静かに言葉を選ぶ。
「ただ……今までが、ね。特に去年のことで、私もいろいろ反省したの」
ゆっくりとハンドルを切る。
「あの子への過干渉は、やめようって決めたの。もちろん――あの子が私たちを頼ってきた時は、話は別だけどね」
詩織は、横顔のままの春香をじっと見つめた。
「……なによ、詩織」
「ううん」
詩織は小さく首を振る。
「梅宮さんの言う通り、本当に変わったのね。……これでようやく、最後の心残りが消えた」
「ばかね」
春香は言った。
「私たちのことなんて気にしないで、思いっきり東京で成功してきなさい」
「……うん。春香達も頑張ってね」
詩織は、素直にうなずいた。
* * *
車はゆっくりと減速し、路肩に静かに寄せられた。
「じゃあ」
春香が短く言う。
「東京でくたびれたら、いつでも帰ってきなさい。きっと陽一さんがコーヒーを入れてくれるわ」
「ええ」
詩織はドアを開ける前に、もう一度だけ振り返った。
「今日はありがとう、春香。みんなにも、よろしくね」
「詩織もね。それじゃあ」
ドアが閉まり、詩織の姿が夜へと溶けていく。
春香は車内で一人、静かにつぶやいた。
「……まったく」
エンジンをかけ直しながら、苦笑する。
「詩織は相変わらず、恋のキューピッド役になるのが好きね。梅宮さんにしても、澪にしても……私には、ただ見守るだけしかできないわ」
夜の道路へ、車は静かに走り出した。




