第81話 好敵手(?)
生徒会室を出ると、廊下には昼休みのざわめきが聞こえてくる。
遠くから聞こえるクラスの笑い声、窓の外から差し込む少し白っぽい光。
俺と桜井さんは、生徒会室から出て自然と並んで歩き出していた。
さっきまであれだけ真剣な話をしていたせいか、
歩きながらも、どこか肩の力が抜けている。
「……思ったより、あっさり動き出したね」
桜井さんが、少し驚いたように言った。
「ああ。正直、もっと反対が出るかと思ってた」
「反対?」
俺はうなずく。
「今回の改善提案は、できるだけ生徒側と教師側、両方の中立を保つ内容にしたつもりだ。だから、生徒の立場だけで見れば、不利に感じる場面も出てくる」
桜井さんは俺の話を聞いている。
「今まで予算が出ていた部活動に所属してる生徒からすれば、活動の見直しってだけで、あまりいい顔はされないだろうな」
「……そうだね」
「もちろん、片っ端から小規模な部活動を潰すつもりはない。今回俺と桜井さんで考えたこの案は、あくまで“授業以外の時間の使い方”に、変な制約や強制を設けたくないっていうのが目的だからな」
「うん。そこは大事だよね」
桜井さんは小さくうなずいた。
「みんなにちゃんと伝わるように、頑張ろうね」
「ああ」
俺と桜井さんが、目線だけで軽く合図を交わした、その時だった。
「やあ。桜井さん、それに――生徒会副会長の吉野大河くん」
背後から声がかかる。
「え?」
俺たちは同時に振り返った。
廊下の中央に立っていたのは、一人の男子生徒。
整った顔立ちに、どこか自信を感じさせる立ち姿。
同じ学年だということはわかる。
ただ、名前がすぐには出てこなかった。
「えーっと……」
すると、桜井さんが先に口を開いた。
「あ、深山くん。久しぶりだね」
(深山……? その名前、どこかで……)
「久しぶりだね、桜井さん。教室が離れてたから、あまり会う機会もなかったけど……」
彼は少しだけ目を細めて続ける。
「生徒会のお披露目の時にも思ったけどさ。一年生の頃と比べると、ずいぶん印象が変わったよ。……ずっと可愛くなったね」
「そ、そうかな……?」
桜井さんは戸惑ったように視線を泳がせた。
(可愛く、ね……。
随分とはっきり、歯の浮くことを言うもんだな……)
「えっと……桜井さんの知り合いか?」
俺がそう尋ねると、彼女はうなずいた。
「うん。この人は深山湊介くん。一年生の時、同じクラスだったの」
「ああ、なるほど。そういうことか」
つまり、二人は一年生の時のクラスメイトだった、ってわけだ。
俺が納得していると、今度は深山がこちらを見て言った。
「吉野くん。君は、僕の名前を聞いても何とも思わないのかい?」
「え? どういうことだ?」
一瞬、意味がわからず首をかしげる。
すると彼は、少し勿体ぶったように言った。
「二学期の学期末テスト、君は四九二点で学年三位だったね」
「えっと……そうだったっけ? よくそんな細かいこと覚えてるな」
一瞬、彼の表情に曇りが差す。
そして、軽くため息をついて続けた。
「ちなみに、僕は四九五点だったんだよ」
「……え?」
――そういえば、一位が汐乃だったのは覚えてるけど。
ってことは……。
(つまりこいつ、自分が学年二位だって言いたいわけか)
いや――。
深山。
俺がその名前に見覚えがあったのは、
学期末テストの順位表を見たからじゃない。
それは――。
「つまり僕は――」
「なぁ、深山」
俺は彼の言葉を遮る形で口を開いた。
「お前さ……もしかして、この学校に一年生の妹とかいないか?」
「え? あぁ……まぁ、いるけど。どうして?」
深山が怪訝そうに言った。
「いや、その……」
言葉に詰まった俺を見て、桜井さんが小首を傾げる。
「どうしたの、大河くん?」
「あ、いや。やっぱなんでもない。妹さんがいるなら、それでいいんだ」
「歯切れが悪いね。いいから、ちゃんと言いなよ」
深山が一歩詰めてくる。
――仕方ないか。
「……この間のバレンタインデーの日にな。
その、多分だけど、深山の妹さんからもチョコレートをもらったんだよ」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
深山の目から、今までの余裕が一気に消え失せる。
「な、なんだって!?
お前が……陽菜ちゃんから!?
そんな馬鹿な! 聞いていない!」
「ああ、そうそう。深山陽菜、って名前だったな。手紙にそう書いてあったよ」
俺は肩をすくめて言った。
「いやー、こんな偶然ってあるもんなんだな」
そう言って、俺は何気なく桜井さんの方を見る。
「……」
――あれ?
桜井さんは、表情を消したまま黙っていた。
さっきまでの柔らかい空気が、嘘みたいに引いているような気がする。
その違和感を考える間もなく、深山が突然、俺の両肩を掴んできた。
「あいたた! ちょ、なにすんだよ!」
「なんで……!
なんで陽菜ちゃんが、お前なんかにチョコレートを渡すんだ!」
前後にぐわんぐわんと揺さぶられる。
「ちょっ、やめろ深山! 桜井さん、助けてくれ!」
だが――
桜井さんは、つんとした態度でこちらに背を向け、そのまま歩き出した。
「大河くんも、生徒会副会長なんだから、みんなと仲良くしないとねー」
そう言って、最後にちらりと振り返る。
その顔は、確かに笑顔――
だった、はずなんだけど。
(……俺、なんか変なこと言ったか?)
その後はしばらく深山に揺さぶられた後、彼から逃げ出すのに必死でそれどころではなかった。




