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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第8章 恋のキューピッド編

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第80話 たまには真面目に


「部活動・委員会活動への強制加入の廃止案……。これは、どういう意図だ? 大河」


 霞汐乃こと生徒会長は、俺が提出した改善提案書に目を落としたまま、生徒会室の机越しにそう言った。


「ああ。この学校の生徒ってさ、俺や桜井さんみたいな例外を除いて、基本的に部活動か委員会活動への参加を“半強制”されてるだろ?」


「そうだな」

 汐乃は顔を上げる。

「私は弓道部、稲葉会計は将棋部、桐崎書記も吹奏楽部に所属している。私たちを含め、全員何らかの活動に参加することになっている」


「ああ。ここにいるみんなみたいに、熱心で真面目な生徒なら問題ない。だけど、そうじゃない生徒も確実にいる」


「そうじゃない生徒……」

 汐乃は少し考え、言葉を継いだ。

「つまり、書面上は加入しているが、実態は幽霊部員。あるいは、活動と称して実質ただの遊びになっている部活動に所属している生徒、ということか?」


「そう」


 そこで、桐崎が思い出したように口を挟む。


「あー、そういえば。この前の“かくれんぼ”のとき、確かに吉野の言う通りだったわね。教室に残ってた生徒、そういうタイプがちらほらいたし」


 続いて、稲葉も眼鏡を押し上げながら加わる。

「全校生徒の母数を考えれば、一定数は出てしまいますよね。統計学的に見ても、全員が活動に適応できるとは限りませんし」


「ああ、だよな」

 俺は一度、言葉を区切った。

「だからこそ、もう少し選択肢があってもいいんじゃないかって思うんだ」


「……と、言うと?」

 汐乃が、興味深そうに俺を見る。


「具体的には、部活動・委員会活動のほかに、次の選択肢を“自由意志”として認めることとする」


 俺は指を立てながら説明する。


「一つ目。アルバイト」

「二つ目。塾を含めた、個人の習い事のための帰宅」

「三つ目。自習時間としての空き教室の開放」


「なるほどな……」


 汐乃は、提案書に視線を戻した。


「一つ目のアルバイトに関しては、正直、これは俺自身の話でもある」


 自然と、言葉に力がこもる。


「最初は大学進学のための学費を貯める、ただそれだけの理由だった。でも、やってみると……学校じゃ学べないことが、思った以上に多かった」


 その言葉に、桐崎が軽く笑う。


「まぁ、確かに。一年のときの吉野と、今の吉野じゃ全然違うもんね」


 俺は苦笑で返した。


「生徒も人間だからさ。どうしたって“相性”ってものがある」


 生徒会室を見渡しながら、続ける。


「部活動でそれを育めるヤツもいれば、アルバイトで社会性や責任感を身につけるほうが性に合ってるヤツもいると思うんだ」


 しばし、生徒会室に静かな空気が落ちた。


「それで……習い事のための帰宅、っていう案だけど……」


 俺がそう切り出したところで、

 それまで静かに話を聞いていた桜井さんが、意を決したように口を開いた。


 ほんの少し、肩に力が入っているのがわかる。


「……これは、私の案です」


 生徒会室の視線が、自然と彼女に集まる。


「大河くんと同じく、私は母の方針で部活動には参加していませんでした。その代わり、いろいろな習い事をしてきました」


 一つ一つ、彼女は指を折るように言葉を並べる。


「ピアノ、クラシックバレエ、英会話、茶道、華道……それから家庭教師」


「……随分やってたな」


 思わず本音が漏れる。


「正直に言うと、私自身には“すごく相性が合った”って言えるものは、あまりなかったです」


 桜井さんは少しだけ困ったように笑った。


「でも、学校ではできないことを経験できたのは、確かでした。だから……部活動以外にも、そういう選択肢があっていいんじゃないかなって思ったんです」


「ふむ……」


 汐乃は腕を組み、静かにうなずいた。


 そこで俺が話を引き取る。


「三つ目の、“自習時間としての教室開放”だけど。これは生徒のため、っていうのはもちろんあるんだけど……同時に、教師側への配慮でもある」


「どういうこと?」


 桐崎が首をかしげる。


「まず前提として、幽霊部員が過半数を占めている部活や、明らかに暇つぶし目的で“部活動”を名乗っている部を、整理したい」


「具体的には?」と汐乃。


「クイズ部とか、漫画研究部とかだな。名前は立派だけど、実質ほとんど活動してない」


 これは少し辛辣だが、事実だ。なぜ言い切れるかというと、事前に現状を確認し、当事者から言質を取っているからだ。まだ実際には他にもそういった部活動が潜在しているかもしれない。


 稲葉がタブレットをスワイプしながら言った。


「確かに、言い方は彼らに悪いですが……それらの部活動にも、きちんと予算は割り当てられていますからね」


「ああ。それだけじゃない」

 俺は続ける。

「部活動には必ず教師が顧問として付いてる。部の整理ができれば、その分、先生たちの負担も減る」


 すると、汐乃が静かに補足した。


「近年は、働き方改革の影響もあって、顧問制度による長時間労働が問題視されている。中学校では、自治体によって部活動自体を廃止した例もあるな」


「会長の言う通りです」

 稲葉もうなずく。

「日本の教師の業務量は、世界的に見ても多岐に渡りすぎていると指摘されています。この点は、無視できませんね」


 俺は最後に、提案の核をまとめた。


「だからさ。

 時代が変わってきてるなら、無理に“昔つくった校則”に従い続けるより、その校則自体を見直そうぜ、っていうのが今回の趣旨だ」


 生徒会室に、短い沈黙が落ちる。


 そして、汐乃がゆっくりと口を開いた。


「……なるほど。それでいて生徒には強制ではなく、あくまでも“選ばせる”という発想か」


「そうだ」

 俺ははっきりとうなずく。

「形だけ参加させるくらいなら、その時間を各々が納得して“意味のあるもの”にしたほうが、学校としても、生徒としても得だと思う」


 汐乃は小さく息を吐き、そして、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「……面白い提案だな、大河」

 一拍置いて、桜井さんの方を見る。

「それに、桜井庶務も」


 桜井さんは、少し驚いたように目を見開いてから、照れたように、でもどこか誇らしげに微笑んだ。


 汐乃は一同を見渡し、きっぱりと言った。


「わかった。ではまず、この提案書を正式に生徒会顧問に提出するため、

 稟議書として落とし込む」


 視線が桐崎へ向く。


「桐崎書記、頼めるか?」


「はい、もちろんです」


 即答だった。

 すでに頭の中で文面構成を組み立てているのがわかる。


 汐乃は次に稲葉を見る。


「稲葉会計は、この案が通った場合の予算修正案をスプレッドシートにまとめてくれ。教師側には“理念”よりも、“数字”で示すほうが強力な後押しになる」


「承知しました」


 淡々と、しかし確実な返事。


 そして――汐乃の視線が、桜井さんへ移る。


「桜井庶務は、現在在籍している一年生・二年生へのアンケートを作成してほしい」


「はい!」


 少し背筋を伸ばして、はっきりと答える。


「内容は二点だ。ひとつ目は、現在の部活動・委員会活動に満足しているかどうか。ふたつ目は、それ以外にやってみたい活動や要望があるかの自由記述」


「わかりました。すぐ取り掛かります」


 桜井さんはメモを取りながら、真剣な表情でうなずいた。


 そして最後に――

 汐乃の視線が、俺に向けられる。


「そして、大河」


「……ああ」


「お前はこの提案の“現場担当”だ」


「現場、ですか?」


「ああ」


 汐乃は静かに、しかしはっきりと言った。


「教師側、生徒側、双方から想定される反論や懸念点を洗い出せ。必要なら、実際に部活動を回って現状を確認してもいい」


「……なるほど」


「お前はこの案を出した当事者だ。机上の空論で終わらせない責任がある」


 一拍、間を置いてから。


「その代わり――この案件の旗振り役は、お前に任せる」


 一瞬、生徒会室が静まり返る。


「……わかりました」


 俺は、はっきりとうなずいた。


「やります。最後まで」


 汐乃は満足そうに小さく口角を上げた。


「よろしい」


 そして、いつもの調子で締めくくる。


「では各自、作業に取り掛かれ。この案件、生徒会として正式に動かすぞ」


 生徒会室に、同時に椅子の軋む音が響いた。


 ――こうして、俺たちの“校則改革”は、静かに、だが確実に動き出した。

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