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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第7章 運命のバレンタインデー編

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第66話 大河くんを振った理由


 ――ブゥゥゥ……ブゥゥゥ……。


 ドライヤーの温風が、乾きかけの髪を揺らしていた。

 湯上がりの頬にほんのり熱が残る。


(もう少しで乾くかな)


 ――私がそう思った矢先。


 自室の机の上のスマホの着信音が響いた。


「……誰だろう?」


 ドライヤーのスイッチを切る。


 画面に表示された名前を見た瞬間――

 胸が、きゅっと縮んだ。


『枝垂 渚』


「……えっ!」


 驚きで息が詰まる。

 指先が一瞬ふるえたが、迷う間もなく通話ボタンを押していた。


「も、もしもし! 渚さん……!?」


 声がほんの少しだけ裏返った。


 心のどこかで、

 “どうして今、私に?”

 そんな疑問が渦を巻き始める。


「やっほー澪ちゃん、久しぶりー! こんな遅くにごめんね。今、大丈夫だった?」


「は、はい。お久しぶりです! 大丈夫です。……どうしたんですか?」


 少しのあいだ、沈黙。


「うん。大河のことなんだけど」


 ――やっぱり。


「って、たぶん澪ちゃんならもう知ってるよね」


「……はい」


「大河は今どうしてる? 元気にしてる?」


 渚さんの声は明るく装っていたけれど、

 その奥にある“にごり”は隠しきれていなかった。


(渚さん……大河くんのこと、心配なんだ。

 でも――自分が振ったから、聞きづらいんだ……)


 わかる。わかってしまう。


 だからこそ、私はまっすぐに言葉を返した。


「大河くんは元気です。もう立ち直って……今は、生徒会の活動にも前向きに取り組んでます」


 スマホのスピーカーから、渚さんが小さく息を吐くのが聞こえた。


「……そう。よかった」


 胸がちくりと痛む。

 なぜこんな気持ちになるのか、よくわからなかった。


「あの、渚さん。……いいですか?」


「なに?」


「どうして……。どうして彼の思いに、応えてあげなかったんですか?」


「澪ちゃん……」


「大河くんが渚さんのことを好きなのは、私にもわかりました。でも、それは渚さんだったら――もっと前から気づいてたはずです!」


「……」


「それに……それに……!」


 胸の奥の熱が、言葉となって溢れた。


「私にはわかります……!

 渚さんだって、大河くんのこと――」


「やめて!!」


 思わず息を呑んだ。

 通話越しでもわかる。渚の声は震えていた。


 その震えが、まるで“涙をこらえる誰か”のように思えて――

 澪は、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


「大きな声出してごめん。でも――私の出した答えは、今でも間違ってないって思ってる」


「なんでですか!? お互い好きなら、それでいいじゃないですか!?」


「澪ちゃんには……わからないよ」


「わからないです!」


 電話越しの空気が、その一言でピンと張り詰める。


「私はね……これ以上、大河を“縛りたくない”んだよ」


「……縛る、ってどういうことですか?」


 問い返す澪の声は震えていた。

 渚の言葉があまりに抽象的で、だけど重くて――胸がざわついた。


「ねぇ、澪ちゃん」


「え?」


「知ってる? 大河って甘いのそんなに好きじゃないのに、チョコレートだけは大好物なんだよ」


「そ、そうなんですか? って、話をそらさないでください!」


 渚さんはふっと小さく笑った。

 でも笑っているのに、どこか苦しそうな音だった。


「バレンタイン、渡しなよ」


「……え?」


「好きなんでしょ? 大河のこと」


 胸を突き刺すような言葉だった。

 隠していた気持ち――いや、隠しきれていなかった気持ちを、あっさり言い当てられてしまった。


 (そっか。こんなふうに言われちゃうくらい……

  私、わかりやすかったんだ……)


 渚さんなら、なおさら。


「ちょ、ちょっと待ってください! 今は渚さんの話を――」


「気をつけなよ、澪ちゃん」


「……え?」


「大河ってね、ああ見えて結構モテるんだよ。勉強できて、生徒会に選ばれるくらい真面目で……そこそこ面倒見もいい」


「……」


「それにね――意外と押しに弱いから」


「でも……大河くんは渚さんみたいな人が好きで、私のことなんか……」


 思わず漏れた弱音。

 言ってしまった瞬間、胸がきゅっと縮む。


 だけど――


「そんなことないよ」


 渚さんは、迷いなく言い切った。


「澪ちゃんは、私にないものを持ってる」


「……え?」


「それは、今の――ううん。“これから”の大河には、絶対に必要なもの」


「これからの……大河くん、ですか?」


「そうだよ」


 渚さんの声は、優しくて、でもどこか自分に言い聞かせるようでもあった。


「って言っても、私も上手く言葉にできないんだけどね。うーん……そうだなぁ」


 少し考え込むような間があって、


「澪ちゃんなら、大河の“前”でも“後ろ”でもなく……“隣”に居てあげられるってことなんだと思うんだ」


「……“隣”」


「そ」


 渚さんは迷いなく続ける。


「私はね、どこまで行っても――大河の“前”に立っちゃうと思うの。

 良くも悪くも、引っ張っちゃうんだよ。あいつを。でも、それはあの子のためにならないよね」


「……」


「だから、大河にはね。

 隣に立って、支え合ってくれる人が必要なんだよ。

 対等で、まっすぐで、同じ目線で歩ける相手が」


 彼女の言葉が私の胸に、静かに染み込んでいく。


 そして――


「渚さん……」


 私は息をのんだ。


 なんて大人なんだろう。

 そして――なんて、まっすぐな人なんだろう。

 

 この人はどれだけ大河くんのことを考えて、この答えを出したんだろう。


 反対に。


 私なんて、なんて子どもなんだろう。

 さっきまで、ただ感情のままに問い詰めていた自分が恥ずかしく思えた。


 だけど同時に――胸の奥が温かくなった。


 渚さんは、ちゃんと前を向いて大河くんの幸せを願っている。

 その気持ちが、痛いほど伝わってきた。


「……渚さん、ごめんなさい。

 私――渡してみます。チョコレート」


 電話越しでも、渚さんがふっと微笑んだのがわかる。


「うん。ありがとね」


 その声は、安堵と、少しの寂しさと、そして確かな優しさが混じり合っていた。


「澪ちゃんが渡してくれたら、大河……すごく喜ぶと思うよ」


「……そう、でしょうか」


「うん。だって――澪ちゃんだもん。澪ちゃんなら、大河の“隣”にいけるよ」


 今日は二月十二日。


 バレンタインデーまで、あと二日――

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