第62話 会長が見つからない!
かくれんぼ開始から、すでに数十分が経過していた。
俺たちは校舎一階の教室やトイレを片っ端から渡り歩き、生徒や先生にも声をかけながら霞汐乃の足取りを追っていく。
教室に入るたび、生徒たちの視線が一斉に向けられる。
(まぁ……そりゃそうだよな)
一階は一年生の教室がメイン。
そこに突然、生徒会の四人――副会長・書記・会計・庶務のフルメンバーが乗り込んでくれば、驚かないほうがおかしい。
放課後の教室とはいえ、補習を受けている生徒もいれば、吹奏楽部が楽器練習で空き教室を使っているところもある。友達としゃべるために居残りしている生徒も当然いる。
そういう生徒一人一人に「霞生徒会長を見なかったか?」と聞いて回ったが――
「汐乃様? 見てません」
「え、生徒会長? 来てないっす」
「すみません、わからないです」
皆口を揃えてそう答えた。
そして――
一階部分を一通り探し終えた頃。
時計を見ると十七時四十分。
部活動終了の十八時三十分まで、もう残り五十分ほどしかない。
「一階は全部回ったと思うけど……見つからないわね」
先頭を切っていた桐崎が、腕を組んで歩みを止める。
「それに結構な数の生徒や先生もいたのに、誰も会長を見ていない。こうなると、一階にはいなさそうね」
「ああ。校舎内で隠れられる場所なんて限られてるしな」
俺は廊下の壁にもたれながら続けた。
「カーテンの裏、ロッカーの中、トイレの個室……その程度だ。トイレ以外は、隠れるために入れば絶対誰かに見つかる。そうでなくとも、霞汐乃って人は目立つしな。だから――霞さんは一階に来てないと思う」
すると桜井さんがおそるおそる口を開く。
「じゃあ……桐崎さんが聞いたっていう階段の“足音”って……?」
桐崎は眉間に皺を寄せ、考え込むように言った。
「もしかすると会長は、私みたいに“足音に気づく人間”がいることを想定して……わざと一階に降りたふりをしたのかも」
「……!」
稲葉が、淡々とうなずく。
「まぁ、会長ならやりかねませんね。推測ではありますが、会長はわざと足音を大きく立てて一階に降りた足音を立てたあと、今度は静かに二階へ戻ったか、あるいは三階へ上がったとみるのが良さそうですね」
「となると、二階か三階ってことか」
俺は腕を組み、校舎の奥を見やった。
「でもこの広い校舎を、手当たり次第に探してたら……時間が足りなくなるかもしれないな。もっと効率的な探し方は……」
その時、稲葉が静かに口を開いた。
「今、この一階でやったように、生徒に聞き込みをするのは悪くありません。ですが――」
「ですが?」
「全校生徒に、一度に聞き込みをする方法がひとつだけありますよ」
「え……?」
その言葉に、桐崎の表情がぱっと明るくなった。
「あ、そっか! 校内放送ね!」
「正解です」
稲葉は眼鏡を軽く上げて淡々と言い、そして俺を見る。
「副会長。校内放送の使用は、生徒会権限で問題なく可能です。——判断は君にお任せします」
(……なるほど。ここで出番ってわけか)
霞汐乃を見つけるための近道。
そして、生徒会の“リーダー”としての最初の決断。
俺は深く息を吸い、うなずいた。
「よし……行こう。放送室だ」
* * *
(……これ、本当にやるのか)
校内放送を使う目的が“かくれんぼで生徒会長を見つけるため”なんて前代未聞だ。
でも、効率の面では最善策だし……なにより、これは俺が決めたやり方だ。
後ろでは先生も首を傾げている。
壁一面に貼られた行事予定表や、棚には古いカセットデッキと機材の数々。
長年使われ続けている“学校の裏側”の匂いがした。
「副会長、電源を入れますよ」
稲葉が慣れた手つきでパネルを操作する。
「ああ」
赤いランプが灯る。
――校内全域、放送可能の状態。
(……緊張するな。意外と)
――ピーン……という微細なノイズ。
校内放送の回線が開いた。
息を整え、声を乗せる。
「――えー、生徒会副会長の吉野です。部活動、補習等お疲れ様です。引き続き、校内の生徒にご連絡です」
自分の声がスピーカーから微かに反響し、背筋が自然と伸びる。
「ただいま、生徒会長・霞汐乃さんを探しています。
この一時間以内に、霞生徒会長を校舎内で見かけた生徒は、至急一階・放送室までお知らせください」
一拍置いて、さらに続けた。
「どうかご協力、よろしくお願いします」
放送室に、しんと静寂が戻った。
「はい。とてもわかりやすくて良い放送でしたよ、副会長」
稲葉が珍しく、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「よせよ、恥ずかしい」
「ま、ちょっと声が上ずってたけどね」
「しょ、しょうがないだろ……」
桐崎さんが腕を組みながらニヤリと俺を刺す。
(さて……誰か、情報くれたらいいんだけどな)
――だが、現実はそう甘くない。
放送が終わってから、十分ほど待ってみた。
しかし、放送室の扉が開く気配はまったくなかった。
「……誰も来ないな」
俺がそう漏らすと、三人とも同じ気持ちだったらしく、ちらちらと壁の時計を確認していた。
刻一刻と針が進むたび、静かな焦燥が胸に広がっていく。
時刻はすでに十八時を過ぎていた。
残された時間は、約三十分――いや、それより少し短い。
そんな中、桐崎さんが爪を噛みながら言う。
「誰も来ないってことは……誰も校舎内で会長を見ていないってこと?」
その問いに、俺は腕を組みながら考え込む。
「誰も見ていない……。
というより――“誰もいないところ”を通った、って言ったほうが正しいかもしれないな」
「え?」
自分の口から出た言葉に、自分でも一瞬「あ」と思った。
パズルの最後のピースが、急にカチッと音を立ててハマる感覚。
そして、ひとつの答えに辿り着く。
「――なぁみんな。今月から三年生って、自由登校じゃなかったか?」
この学校は二月に入ると、三年生はほとんど登校義務がなくなる。
受験を終えた者も多く、登校する必要がない。
用事のある生徒だけがときどき来る程度で、三階の廊下なんて、ほとんど無人になる。
その説明が落ちた瞬間、桜井さんが目を見開いた。
「そっか!
二階から一階に降りたと“見せかけて”、ほとんど誰もいない三階に上がって、どこかに隠れたんだね!」
「そういうことだ」
俺は力強くうなずく。
「だから、生徒が誰も“霞さんを見かけてない”のも当たり前なんだ。
三階には、そもそも人がいないんだから」
稲葉が軽く眼鏡を押し上げ、落ち着いた声で言う。
「なるほど……理にかなっていますね。
では、すぐに三階をくまなく探しましょう」
「よし、行くぞ!」
俺たちは勢いよく放送室を後にした。
三階――そこが、霞汐乃の隠れ場所。
廊下に出た時点で残り時間は約二十五分ほど。
ここからが本当の勝負だ。




