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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
6章 オリエンテーションかくれんぼ編

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第61話 夜のコンビニと店長のブラックコーヒー


 俺はふと、気になって聞いてみたくなった。

 深い理由なんてなかった。ただの、好奇心みたいなものだ。


「店長って、ああいうとき……言い返したくなったりしないんですか?」


「え?」


「いや、今日だけじゃなくて。いつもお客さんにも従業員にも言われっぱなしというか……。

 今日のだって、店長のせいってよりは、急に休んだバイトのせいだし、そもそもドラマ撮影なんて予想できないじゃないですか」


 俺が言うと、店長はゆっくりと姿勢を正してこちらに向き直った。


「うーん。確かに、吉野くんの言うことはその通りだよ」


「ですよね? それに黒藪さんの後半のやつなんて、ただのストレス発散ですよ。

 正直、店長もガツンと言い返してやっても良かったんじゃないですか?」


 店長は少し考えるように視線を落とし、やがて静かに口を開いた。


「……確かに、今日みたいなのは辛いよ。でもね、あそこで僕が売り言葉に買い言葉で言い返したらどうなると思う?」


「え、それは……」


「きっと喧嘩になって、仕事どころじゃなくなっちゃうよね。

 今日だけじゃなくて、明日にも響く。いや、最悪は今後ずっと尾を引く」


「でも、今日のことは店長は悪くないのに」


「本当にそうかな?」


 店長は苦笑しながら頭を掻いた。


「僕ね、今日のことは“僕の責任だ”って反省してたんだよ」


「え、どういうことですか?」


「今日休んだ子たち、二人とも……夏休みだからって連勤気味のシフトにしちゃってたんだ。

 それが原因で体調崩したのかもしれない」


「そんな、考えすぎですよ」


「そうかもしれないよ。でもね」


 店長はパソコンの画面を一度見てから、また俺のほうに視線を戻す。


「ドラマの撮影だって、注意していれば午前中の段階で情報が分かったかもしれない。そしたら対策だってできたはずだよ」


「それは……どうでしょうか」


「黒藪くんが言いすぎてる部分はあると思う。でもね」


 店長は苦く笑った。


「彼の言うことにも“正しい部分”はたくさんあるんだよ。

 実際、僕のミスの尻ぬぐいをいっぱいしてもらっているからね」


「……まぁ、そうかもしれませんけど」


 確かに店長は、バイトの俺が言うのもなんだが……どんくさいところがある。

 シフトの調整ミス、発注ミス、備品の買い忘れ。


 挙げればキリがない。


 それでも、この人はいつも従業員を責めたことがなかった。


 俺は渚先輩にはもちろんだが、この店長のあっけらかんな性格に何度も助けられていたのも間違いない。


 以前、店長の奥さんに聞いたことがある。

 このコンビニの離職率は、他の同系列店舗と比べて圧倒的に低いらしい。


 ――そりゃ、そうだ。

 俺だって、頭ごなしにガミガミ怒鳴りつける上司の下で働くなんてまっぴらごめんだ。


 店長は、ちょっとドジで抜けてるところはあるけれど……

 誰よりも人の気持ちに寄り添うことを忘れない人だ。


「ねぇ、吉野くん。君は天気を操れるかい?」


「え? いや、そんなの無理ですよ」


「じゃあ、自分以外の人の行動はどうだい?」


「……無理、ですね」


「そう。だからね」


 店長は紙コップに入ったブラックコーヒーをかき混ぜながら、穏やかに続けた。


「人を自分の思い通りに動かそうとするのは“天気を操る”のと同じなのさ」


「天気……」


「うん。どれだけ吠えても、怒鳴っても、晴れない日は晴れないし、雨の日は雨。

 なら、僕は僕ができることだけやって、あとは素直にみんなの力を借りればいいだけなんだよ」


 ゆるく笑う顔は、どこか達観していて、

 でも同時に“弱さを受け入れられる強い人間”に見えた。


「だいたいね、人って“正しいこと”を言われたって動かないもんだよ。

 人はね自分に真心で気持ちを向けてくれた人のためにだけ動く。僕はそう思ってるんだ」


「……真心」


 その時の俺にはそれがあまりにも崇高過ぎて、理屈は理解できても納得まではできなかった。


「だから今日もね、僕はみんなに助けられたと思ってるんだ。感謝してるんだよ」


 そう言うと店長はコーヒーをぐいっと飲み干した。


 こんな人が、店長だから。


 俺はこの嫌なことだらけのコンビニを嫌いになれなかったし、“ここで働くこと”を真面目に続けようと思えた。



 * * *


 真心――

 自分にできること――


「……」


「大河くん?」


 桜井さんの手が、俺の視界の端でひらひら揺れていた。


「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」


「どうしたの? 急に黙っちゃって」


「いや、大丈夫だよ」


 ふっと意識が戻ると、目の前では桐崎さんが呆れたように、じとっとした視線をこちらに向けていた。


「桐崎さん」


「……な、なに?」


 俺は息を吸って、真正面から言った。


「確かに俺は頼りないし、子供っぽいところもあるかもしれない!

 でも、それでも――“副会長を任された以上はやる”って決めたからさ。

 だから桐崎さんの言う通り、一階から霞会長を探そう。みんなも、それでいいな?」


 桜井さんはぱっと明るく微笑み、コクンとうなずく。

 稲葉も無言で、しかししっかりとうなずいた。


「桐崎さんの力を貸して欲しい」


 そして――


「な、なによ! 急に素直になって……バカにしてるの?」


 桐崎さんはなぜか耳まで少し赤くしていた。


「そんなんじゃねぇよ。任された以上はやるだけだって。今はとにかく霞さんを見つけるっていう目的の達成が何より大事だろ? その為には桐崎さんはもちろん、みんなの力が必要だ」


「……ふん。言ったわね? じゃあ、とっとと行くわよ。ほら、時間は有限なんだから」


「お、おう」


 彼女はつかつかと歩き始める。その背中はどう見ても“張り切ってる人のそれ”だった。


「大河くん、良かったね」


「……まぁな」


 桜井さんは笑っていた。

 その笑顔を見て、なんとなく思った。


 ――ああ、これでいいんだって。


 誰かを動かすために怒鳴る必要なんてない。

 自分自身が完璧である必要もない。

 店長が言っていたように、“自分ができることだけやって、あとは周りを信じて頼る”。


 そういうやり方でいい。


「よし。じゃあ行くぞみんな!」


 俺たちは四人そろって階段へ向かっていった。

 

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