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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第5章 ソメイヨシノ散る。編

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第53話 今度は私が

 

 ――夜。


 時計の針の音だけが響く。そんなタイミングを見計らって私は行動を開始する。


 私は玄関で、そろり……そろり……と、忍び足で靴を履こうとしていた。


 あと少し。ドアに手が触れた、その瞬間。


「――待ちなさい、澪」


「ひっ……!?」


 背後から声がして、私は肩を跳ねさせた。


 そこには腕を組んだお母さんが立っていた。

 リビングの明かりが漏れ、少しだけ呆れたような表情。


「お、お母さん……」


「こんな時間に、どこへ行くつもりなの?」


「え、えっと……その……」


 誤魔化そうとしたけれど、喉がつまって言葉にならなかった。


 お母さんはため息をひとつついて、でもどこか優しげに言った。


「……行き先なら、だいたい想像つくわよ」


 どきり、と胸が跳ねた。


「澪。夜のひとり歩きは危ないって、ずっと言ってきたでしょ。せめて松野か、私を呼びなさいって」


「……うん。わかってる。でも……でもね」


 言いかけて、私は唇を噛んだ。


 お母さんはその様子を見て、静かに歩み寄ってきた。

 そして膝をつき、私の目線に合わせてくれる。


「澪」

「……お母さん……?」


 優しく、頭に手を置かれた瞬間、胸がきゅっと熱くなる。


「上手く言えないんだけど……」

 私は勇気を振り絞るように口を開く。


「今の大河くんの“世界”には……私ひとりで行かないと、ダメなの。

 誰かと一緒じゃなくて。私じゃないと届かない場所に、今の大河くんはいる気がして……」


 お母さんは一瞬目を見開いた。

 そして――ふっと、やわらかく微笑んだ。


「澪。あなたの気持ち、ちゃんと分かってるわよ」


「……え?」


「お母さんもね。若いころは、好きな人のために、無鉄砲に動いたりしたものよ」


「お母さん……」


「でも、気をつけなさい。女の子なんだから。本当に危ないと思ったらすぐ帰ってくること。いい?」


「……うん!」


 胸のつかえがほどけた。


 許されたことが嬉しかったし、

 なによりも、お母さんが私の気持ちを理解してくれたことが、涙が出るほど嬉しかった。


「行ってらっしゃい、澪」


「……行ってきます」


 私はピンクのジャケットの裾をぎゅっと握りしめ、夜の冷たい空気の中へ踏み出した。


(大河くん。待っててね)



 * * *



 ――カチャ。


 玄関の扉が閉まると同時に、廊下の奥から足音がした。


「やぁ……澪は行ったみたいだね」


 リビングに顔を出したのは、エプロン姿の父・陽一。

 春香は腕を組んだまま、扉の方を見つめていた。


「ええ。やっぱり止めるのは無理だったわ」


「君の娘だからね」

「あなたの娘でもあるからよ」


 二人は笑い合う。


「ただ“見守るだけ”っていうのも……親としては難しいものだよ」


「ほんとよ。あぶなっかしくて、つい手を差し伸べたくなっちゃう」


 春香は小さくため息をついた。


「それが子どもにとって一番良くないことだって……僕らが一番よくわかっているはずなのにね」


「ええ。そうね」


 陽一はふっと肩をすくめた。


「それにしても、君があの子を素直に一人で行かせるなんて思わなかったよ」


 春香はスマホを取り出して、陽一の目の前に差し出した。


「ん? これは……」


「澪のスマホと、私のスマホの位置情報共有機能よ。あの子に何かあったらすぐ駆けつけられるようにしてあるの」


「ははは……。相変わらずだな、春香は」


「当たり前よ。じゃなきゃこんな夜遅く、ひとりで外なんて行かせられないわよ。……盗聴器は諦めたけど」


「いや、そこは諦めて正解だよ……」


 陽一は苦笑いした。


 だが、春香の表情はどこか誇らしげでもあった。

 娘を信じて背中を押したけれど、いざという時は全力で守る――そんな彼女なりの親としての姿勢。


「……さて」


 陽一は手をぱん、と叩いた。


「実はね、サクラブレンドの新作が完成したんだ。ちょっと試飲してもらえないかな?」


「……いいわよ。ただし私は辛口だからね?」


「望むところだよ。でもきっと気に入ると思う」


「言ったわね」


 そう言って二人は並んで立ち上がる。


「さ、冷めないうちに飲もう。こっちだよ春香」


「はいはい。まったく……娘よりあなたのほうが手がかかるわ」


「それは否定できないな」


 二人は笑いながらキッチンへ向かった。



 * * *


挿絵(By みてみん)


「うー、寒い!」


 冬特有の澄んだ空気と煌びやかな満点の星空。


 裸眼でコンビニに逃げ込んでいたころと違って、コンタクトレンズのおかげで銀色に光る星々の一つ一つが鮮明に見えた。


「さぁ、いこう」


 あの日、渚さんがずぶ濡れの私を温めてくれたように。


 あの日、大河くんがふさぎ込んでいた私を引っ張り上げてくれたように。


 この日、私が大河くんにこの星空を見せるんだ。


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