表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第5章 ソメイヨシノ散る。編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/82

第48話 それは反則


 バイトを終えて家に帰り、食卓で簡単に夕飯を済ませたあと、自室へ戻った。

 暖房の効いた部屋は、どこか妙に静かで、自分の心臓の音だけがやけに大きく感じる。


 カタン、と音を立てて部屋の扉が開いた。


「お兄ちゃん、次、お風呂入っていいよ」


「……ああ、わかった」


 振り返ることなく背中越しにそう答える。

 瑞希は「変なの。おやすみー」と部屋を出ていった。


 ――その直後、しんとした静寂が戻る。


 目の前には開きっぱなしの教科書と、置きっぱなしの参考書。

 でも、どちらにも手を伸ばす気にはなれなかった。


 視線は自然と右手のスマホへ向かう。


 画面をタップすると、ラインが開く。


 桜井さんのトークルームが一番上にある。


(……この時間なら、まだ迷惑じゃないよな)


 深く息を吸い込んだ。

 そして吐く。

 また吸って……吐く。


 渚先輩が言っていた。


 “みんな怖いんだよ。やったことのないことは”


 そうだ。

 俺も怖い。

 でも、怖いままで動かないほうが……もっと怖い。


 その瞬間、迷いがすっと引いていくのを感じた。


 ――通話ボタンを押した。


 耳元で呼び出し音が響く。


 ~♪


 二コール、三コール……四コール。

 

 この時間にクラスの女子に電話をかけるなんて初めてのことで、どこか背徳感を感じていた。


 そして――。


『はい。えっと……吉野くん?』


「ああ、そう。ごめんな、こんな夜更けに」


『ううん。どうしたの? 吉野くんが電話なんて、ちょっとビックリしちゃった』


「うん。まあ、明日でもよかったんだけど……どうしても今、話しときたくてさ」


 しばしの沈黙。

 その向こうで、桜井さんが息を整える音が聞こえた。


『……うん、なに?』


「……俺、やるよ」


『……! それって、もしかして』


「そう。副会長、引き受けることにした」


『もしかして……渚さんと話したの?』


「っと、鋭いな。今日、先輩と話してたら……色々と心境が変わってさ」


『そっか』


「あと一つ、桜井さんに謝っときたくて」


『え?』


「その……話の流れとはいえ、桜井さんの承諾もなく勢いで推薦する形になって、ごめん。勝手だったなって思ってる」


 また少しの間が空いた。

 でも、その沈黙は重くなかった。


『ううん。むしろ……感謝してるんだよ、私』


「感謝?」


『うん。なにか学校で新しいことを始めようと思ってたけど、この時期から部活動に入るのは遅いし……だから、ボランティア部とかかなって考えてたの。でも、まさかこんな大役をもらえるなんて思ってもみなかったもん。どう考えても吉野くんのおかげだし……お礼、言わなきゃって』


「なるほどな。でも、それはあの生徒会長が、桜井さんを見て判断したからだよ。俺が推薦したって、あの人が納得しなかったら……絶対に入れなかったはずだ」


『……かなぁ?』


 スマホ越しに聞こえる声なのに、すぐ近くで笑われているみたいだった。

 優しくて、あたたかくて――落ち着く声。


「そういえば! 放課後、生徒会室に行ったんだろ?」


『うん、行ったよ。話が進むのが早くて、正式加入の書類も何枚か書いて提出したよ。あとは、お互いに自己紹介もしたよ』


「仕事の内容の説明とかは?」


『それはね、副会長が揃ってからだって。霞さんがそう言ってた』


「……あの策士め……」


 霞汐乃がしたり顔で笑う姿が容易に想像できた。


『霞さん、その時も言ってたよ。“吉野大河なら必ず近いうちに首を縦に振る。私は諦めない”って』


「こうなると、なんか手のひらで泳がされてる気がして納得いかないなぁ……」


 電話越しに小さく笑う声が聞こえた。


『ふふっ……なんだか楽しくなりそうだね、“大河”くん』


 ――突然の名前呼び!!


 その破壊力は、鼓膜より先に心臓に届いた。


「っ……今、名前……?」


『あっ! ごめん! つい!』


「いや……べつに。呼びたいなら、呼んでいいよ。驚いただけだし」


『……ほんと? じゃあ――大河くん』


「……なんかむず痒いなぁ」


『だって私たち、もう友達でしょ? “吉野くん”ってなんだかよそよそしくって』


「友達……か。まぁ、確かに」


『あ、だからね。私のことも名前で呼んでいいよ?』


「ええ!? だって、名前って……結構ハードル高くないか?」


『あはは、やっぱり? じゃあ……大河くんが、私ともっと仲良くなった時の大河くんに期待しとこっかな』


 その言い方は反則だろ。


 胸の奥が、ふっと熱くなっていく。


 俺は深呼吸して、できる限り自然な声で言った。


「……じゃあ、“桜井”。今の俺はこれが限界だ」


 電話越しの、柔らかな沈黙。


 その沈黙に、電話越しの彼女の微笑みを感じた。


「じゃあ、まぁ今日のところは……それを伝えたかっただけだから」


『……うん』


「じゃあ、おやす――」


『大河くん!』


「ん? どうした?」


『あの……また、なにかあったら……私からも電話してもいいかな……?』


 その声は、ほんの少し震えていた。

 けれど決して怯えではなく、どこか“前に進む勇気”の震えだ。


「あぁ、もちろん。俺達、友達なんだろ?」


『うん。……よかった』


 電話越しに小さく息をつく音。


「じゃあ、また学校で」


『うん。またね』


「おやすみ」


『おやすみなさい』


 通話が切れた。


 スマホをゆっくり机に置き、深く息を吐く。


「……びっくりしたな。ほんとに、変わっていくなあの子は」


 桜井澪は、本当にあのクリスマスの夜から止まらなくなった。

 驚くほど強く、まっすぐに前へ進んでいる。


 俺はその勢いに、ただ感心するしかなかった。


 バンッ!


 ベッドにダイブする。


 天井を見つめながらつぶやいた。


「……俺も、変わらなきゃな。

 それで、渚先輩に……」


 胸の奥が熱くなる。


 そして――足が勝手に、じたばたと暴れた。


「うわ、くそ……恥ずかしい!」


 ベッドの上で暴れる足。


 でもやるしかない。


 俺の“未来”は、もう動き出していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ