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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第4章 新年から恋愛クライマックス編

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第43話 彼女で変わった俺。俺で変わった彼女。


「……もう遅いし、帰ろうよ。桜井さん」


 そう言って歩き出そうとした俺の背に、ピタリと声が飛んだ。


「吉野くんの――ばか!」


「なっ!」


 思わず振り返る。

 街灯の下で、桜井さんは頬をふくらませていた。

 いつもの穏やかな表情ではない。少しむっとして、目元には涙の光が見えた。初めて見るその表情に俺の思考が追い付かない。


 それに“ばか”だなんて。


 面と向かって“ばか”なんて言われたのは、一年前――あの枝垂先輩以来だ。

 あのときは俺のバイトに対する考え方がひどすぎて、怒られて当然だったが……今回はなんだ。


「桜井さん、“ばか”って言った方が“ばか”って言葉を知らないのかな?」


「知らない!」


「え?」


「知らないけど……でも、吉野くんは、ばか!」


「また言った!!」


「何度でも言うよ! ばかばかばか!」


 街灯の光の中で、彼女の頬がうっすら赤い。

 間違いない、真剣に怒っている。


 最初は言われて少しイラッとしたが――その必死な顔を見ていたら、だんだんと可笑しくも見えてきた。


「……よし、わかった。とりあえず、桜井さんの考えを聞こうじゃないか」


 俺は一旦落ち着いて、話を聞く体制になった。それを見て桜井さんも言葉を紡ぐ。


「だって……伝えなきゃ、後悔するでしょ?」


「俺の気持ちを――ってことか?」


「うん。吉野くんはそれを知ってるからこそ、私のことを助けてくれたんじゃないの?」


 その言葉に、胸の奥がずきりとした。

 確かに――桜井さんと出会って、あの日のクリスマスイブまでを思い返せば、彼女の言う通りかもしれない。


「それは、そうだけど……」


 俺が言葉を探す間、彼女はただまっすぐに俺を見つめていた。

 その瞳が、逃げ場を与えない。


「俺はこれから受験だし、渚先輩も新しい生活が始まる。

 俺にできるのは――笑顔で見送ることくらいだ! 違うか!?」


「違うよ!」


「なにが!?」


「全部違うよ!」


 彼女の声が夜道に響いた。

 その声は震えていて、でも強かった。


「言ったらいいじゃない! 吉野くんの気持ちを、全部!」


「……」


 俺は息をのんだ。

 何かを言おうとしても、言葉が出ない。


「私がこうやって前向きに変われたのは、どうしてだと思う?」


「え、それは……」


「ぜんぶ――ぜーんぶ吉野くんのおかげ!」


「それは違う!」

 思わず声が出た。

「そりゃ少しは手を貸したかもしれないけど、見た目の変化だって瑞希のおかげだし、クラスで馴染み始めたのも大島のコミュ力があってのことだし――」


 そこまで言って、俺は気づいた。

 自分が、誰よりも自分を信じていないことに。


「吉野くんは知らないと思うけど――」

 桜井さんは小さく息を吸い、吐いた。

 その声音は、夜の冷気に震えながらも確かな強さを持っていた。


「私は、一学期のころから吉野くんをずっと見てた」


「……」


 思わず言葉を失う。

 彼女の瞳はまっすぐ。


「クラスの人気者で、クラス委員待ったなしの彩ちゃんを納得させて、推薦までさせてクラス委員になって頑張ってた吉野くん!

 一年生の時は私と変わらない学期末テストの点数だったのに、二年生で同じクラスになってから一気に学年三位になるまで勉強を頑張った吉野くん!

 学校でも忙しいのに、アルバイトもすごく頑張ってる吉野くん!

 人に興味なさそうなのに――意外に、妹さんや家族を大事にしてたり、人のことをよく見てる吉野くん!」


 そこまで言って、彼女はふっと息をついた。

 その頬が、うっすらと赤い。


「私はそんな吉野くんの姿に励まされて少しずつ変われたんだよ!」


 俺は彼女の言葉に圧倒され、ただ黙って立ち尽くしていた。


「私は」

 桜井さんは、胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。

「吉野くんが渚さんに憧れてるように――私も、吉野くんに憧れてたんだよ」


「桜井さん……」


「私の憧れは吉野くん。

 だから、だからこそ私は――そんな吉野くんにこう言うよ」


「うん」


 夜風がそっと吹き抜けた。

 街灯の白い光が彼女の髪を柔らかく照らす。


挿絵(By みてみん)


「渚さんに、吉野くんの想いを伝えて」


 そうか。


 俺が先輩に憧れて、無我夢中でその背中を追いかけていたつもりだったけど――。

 気づかないうちに、俺自身も誰かに影響を与えられるようになっていたんだな。


「……そう、だな」


 胸の奥で、なにかが静かにほどけていく感覚があった。


 俺は渚先輩には、これまでずっと正直でいられた。

 だから、最後まで――全部、正直でいよう。


 たとえその先に絶望が待っていたとしても。

 それは、その時に考えればいい。


 桜井さんは、自分も傷つくことを承知で、本音をぶつけてくれたんだ。

 ここでびびってたら、前に進めない。


「……わかった。俺、伝えてみるよ」


「うん」


 桜井さんは小さくうなずいた。


 その表情は――喜びとも、悲しみともつかない。

 それでも、確かに“彼女らしい優しさ”がそこにあった。

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