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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第4章 新年から恋愛クライマックス編

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第40話 新年の抱負


 俺と桜井さんが二人で大島の部屋で言葉を交わしていたとき――。

 その穏やかな空気を、いい意味で壊すように、それはやってきた。


 階段のほうから、どたどたと足音が近づいてくる。


「お待たせー! ただいま戻りました〜! 大島彩花様、ご帰還でありますっ!」


 勢いよくドアを開けたのは大島だった。

 その後ろには、両手にトレーを持った橘が続く。


「あのよ大島、これ結構重いから早く部屋入れてくれって!」


 橘が持っている(持たされた)トレーの上には、湯気の立つマグカップと焼きたてのクッキーが並んでいた。

 香ばしくて甘い匂いが、ふわりと部屋いっぱいに広がる。


「うわ、なんかいい匂いだな!」

 思わず声を上げた俺に、大島は得意げに胸を張った。


「でしょ! これ、たった今うちのママが焼いてくれたの。“勉強で頭使うなら糖分は大事でしょ!”ってさ!」


「彩ちゃんのお母さん、優しいね」

 桜井さんが目を丸くして言うと、彩花は照れくさそうに笑った。


「まーね! ほらほら、冷めないうちにどうぞ!」


 橘が机の上に置いたコーヒーの香ばしい香りと、クッキーの甘い香りが混ざり合う。

 その香りに包まれて、こたつの中の空気が一気に柔らかくなった。


「よーし! じゃあまずは休憩ターイム! 吉野先生、今日の授業料はこのクッキーでどう?」

「……授業料にしては、ちょっと安くないか?」

「えー、じゃあ追加でこの笑顔つけとく!」

「いらないよっ!」


 そんなやり取りに、桜井さんが小さく笑った。


「冗談だよ。また大島のお母さんにはお礼言っとかないとな」

「いいのいいの。ママは作るのが趣味みたいなとこあるし」


 マグカップから立ちのぼる湯気が、窓の光を受けてゆらめいていた。

 冬の午後の静けさの中に、笑い声と甘い香りが溶けていく。


 クッキーを頬張りながら、橘が言った。


「それにしても、この勉強会に桜井さんが来れるようになって良かったよなあ」


 大島もうなずいて、勢いよく続ける。

「ほんとほんと! 一時は“行けないかも”みたいなこと言ってたし!」


 桜井さんは笑顔で、少し恥ずかしそうに答えた。

「心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫。これからは“色々なことに自由に取り組みなさい”って、お父さんとお母さんに言われてるよ」


「そういえば前に澪っちの家って、そういうの厳しいって言ってなかった?」

「うん。でも――」


 桜井さんはちらりと俺の方を見て、微笑んだ。

「吉野くんに色々、アドバイスをもらったから。ね!」

「あ、ああ。まぁな」


 橘がクッキーをもぐもぐしながら口を開く。

「おいおい、この色男! いつのまにそんなことしてたんだよ!」

「お前、クッキーこぼれてるぞ」


 大島が楽しそうに笑いながら言った。

「そっかぁ。最近なーんか吉野くんと澪っち、仲が良いと思ってたんだよねぇ」


 そう言うと、突然桜井さんに抱きついた。

「うああ!? 彩ちゃん!?」

「私というものがありながら浮気をしたのかぁーっ!」


 まるでぬいぐるみのように、桜井さんは抱きかかえられ、顔を真っ赤にしている。

「ふ、浮気!? 彩ちゃん誤解だよー!」


(……桜井さん! そこは真面目に返すところじゃない!)


 部屋の中は笑い声に包まれ、こたつの上の湯気がゆらゆらと揺れていた。


 その後も、他愛のない話題で盛り上がったあと――橘がふと思いついたように言った。


「なぁ、せっかく新年なんだし、みんなの“今年の抱負”を言い合おうぜ」

「いいねー、橘くんナイス! 澪っちも吉野くんもいいよね!」


「新年の抱負かぁ……」

 桜井さんが考え込む。

「吉野くんは、なにかある?」


「あるにはあるけど、前から変わってないから面白くないと思うよ」

「そっか、東大に受かることだよね」

「そう。ほぼ落第生みたいなレベルから、ここまで来たんだしな」


 橘が口を拭いながら笑う。

「それはそれでマジですげーことだけどさ、なんか他にないのかよー」

「あー、考えとくわ。そーいうお前はどんな抱負なんだ?」


 俺が問うと、橘は胸を張って言った。


「俺か? 決まってんだろ! “今年こそ彼女をつくる!”だ!」


 こたつの空気が一瞬で凍りついた。


「…………」

「…………」


 桜井さんがマグカップを持ったまま固まり、大島が眉をひそめて言った。


「……ねぇ橘くん、それ去年も言ってなかった?」

「去年は準備期間だ! 今年は本番!」

「俺は今年も撃沈するに一票」

「橘くんには悪いけど私もかなー」


 俺と大島のツッコミが炸裂する。

 橘はめげずに胸を叩いた。


「いいか大河、大島! 俺はこの冬、雪解けとともに恋を咲かせる予定なんだ!」

「はいはい、はいはい、夢は寝て見るものでしょー」

「おい、バカにすんなよ!」


 二人のやり取りに、思わず桜井さんが笑った。


「ふふっ、橘くんらしいね。私は応援するよ!」

「桜井さん! ……君はなんていい人なんだ」

「そんなことないよ!」


「じゃあそんな澪っちの抱負は!?」

 大島が身を乗り出す。


「えっ、わ、私?」

「そうそう! 順番的に次は澪っちでしょ!」


 桜井さんは少しだけ考え込んでから、手元のマグカップを見つめた。

 

「うーん……そうだなぁ。

 まだ具体的に何をするって決めてるわけじゃないんだけど――」


 彼女は顔を上げて、穏やかに笑った。


「あと一年、お世話になった学校の人たちのために時間を使ってみたいなって思ってるの。

 文化祭とか、生徒会とか、ボランティアでもいいし……。

 これまではずっと“自分のことで精一杯”だったから、今度は少しでも誰かの役に立てたらいいなって」


 そのまっすぐな言葉に、みんなの空気が静まった。

 大島も橘も、そして俺も、思わず顔を見合わせる。


「……桜井さん、見た目だけじゃなくて中身まで、変わったんだな」

 橘がぽつりとつぶやく。


「うん、なんか、すごく大人っぽい」

 大島が目を丸くした。


「そ、そうかな?」

 桜井さんは少し頬を赤らめて笑った。


「うん。いいと思うよ」

 俺は自然と口にしていた。

「桜井さんなら、きっと誰かの力になれる」


 彼女は俺を見て、柔らかく微笑んだ。


「ありがとう、吉野くん」


「はいはーい、最後は私!」

 勢いよく手を挙げたのは大島彩花だった。

 いつもの明るい笑顔で、こたつの上に両肘をつきながら言う。


「今年の抱負はね、“みんなで楽しく過ごすこと!”」


「……楽しく?」

 橘が首をかしげる。


「うん! 受験とか進路とか、これから色々大変じゃん? でもこうやって、笑っていられる時間をちゃんと大事にしたいなって。

 だって今こうしてみんなで集まってるの、当たり前じゃないと思うんだ」


(当たり前じゃない、か。確かにその通りだ)


 彼女は笑いながらも、どこか照れくさそうに続ける。


「ね、橘くんはともかく、吉野くんも澪っちも。みんな真面目だから、つい頑張りすぎちゃうときあるでしょ?

 だから私がクラスのみんなの“息抜き担当”になるの。疲れたら呼んで。お菓子持ってくから!」


 その言葉に、みんなが笑った。どういう感情か知らないが橘は泣いてた。


「大島らしいな」

「そういうポジション、嫌いじゃないぜ」

「うん、彩ちゃんがいると空気が明るくなるもんね」


 その中心で、彩花は満足そうにうなずいた。


「でしょ! みんなで笑って、今年もいい一年にしようね!」


 こうして俺達の高校生生活の最後の一年が始まったのだ。


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