第34話 新年あけまして!
テーブルの上には、出汁の香りとおせち料理の彩り。
お重の中には黒豆、伊達巻、栗きんとん。
私――桜井澪は箸を手に取りながら、目の前の光景が不思議に感じていた。
――家族三人で、
こうしてお正月の朝を迎えるのは、いったい何年ぶりだろう。
「はい、これお雑煮。お餅はひとつでいい?」
お母さんが優しく微笑みながら器を差し出す。
「うん。ありがとう、お母さん」
その隣でお父さんが言った。
「今年は家族でゆっくり過ごそうか」
「ふふ、そうね。お互い少しは仕事を忘れても罰は当たらないわ」
二人のやりとりを見ながら、私は胸の奥があたたかくなっていくのを感じた。
去年のクリスマスイブのあの夜のこと。
そのすべてが思い出のように蘇る。
私は一旦、箸を置いて、スマホを手に取る。
画面には、ラインのトーク画面。
* * *
吉野大河
「おやすみ、サンタさん」既読
「おやすみ、良い子の桜井さん」
その下に、今朝送った自分のメッセージが並んでいた。
「明けましておめでとう! 今年もよろしくね」
――まだ、既読がつかない。
唇を尖らせ、私はスマホを伏せる。
(……どうして私、こんなに気になってるんだろう)
その時、お父さんが言った。
「そうだ。せっかくだし、このあと三人で初詣に行かないか?」
お母さんもうなずく。
「いいわね。これまではお参りどころじゃなかったし。澪はいけそう?」
はっとして顔を上げた私は、すぐに笑顔になった。
「うん! 行きたい!」
雪の残るうちの庭に、新しい年の光が差し込んでいる。
私はその光を見つめながら、心の中でつぶやく。
(……今度、吉野くん会ったら、もう一回ちゃんとお礼を言おう。早く会いたいな)
* * *
――新年、午前十一時過ぎ。
~♪
コンビニの自動ドアが開くたび。冷たい風と一緒にお客さんが持つ福袋の紙袋や、お守り袋がちらほら見えた。
外は快晴。
けれど駐車場の端には雪が残っており、吐く息も白いままだ。
俺は青いエプロンをつけて、レジカウンターに立っていた。
名札には「よしの」の名前。
年末年始の早朝シフト。
夜とは違い、初売りや参拝帰りの客が多くて、意外と忙しい。
お客さんの波がひと段落したところで、店長がレジ横から顔を出した。
「いやー悪いね、吉野くん。新年からこんな朝早くから来てもらって。もうすぐ退勤だから、あとひと踏ん張りだね」
「いえ、時間がずれるだけなんで大丈夫ですよ。それに……クリスマスケーキを頂いたこと、感謝してますし」
「はは、そう言ってもらえると助かるよ。あのケーキ、役に立ったかい?」
「ええ、それはもう」
思わず笑ってしまった。
あの夜の桜井家の光景が、脳裏に浮かぶ。
「じゃあ、うまくいったんだね」
「はい。思った以上にうまくいきました。もう大丈夫だと思います」
店長は満足そうにうなずく。
その時だった。
レジのカウンターに、カランと音を立てて二つの缶コーヒーが置かれた。
黒いボディにピンクの桜マーク――SAKURA COFFEEのロゴ。
おっと、いけない。
「いらっしゃいま──」
顔を上げると、目の前に立っていたのは――枝垂渚。先輩だった。
「あけましておめでとう、大河。もちろん店長も」
「あ、はい! おめでとうございます、先輩!」
慌てて姿勢を正す俺の横で、店長が笑顔でうなずく。
「うんうん、今年もあと少しだけどよろしくね、枝垂さん」
渚先輩は軽く頭を下げて、コーヒーの代金をレジに差し出した。
俺達は話しながらも、流れるように会計を進めていく。
「渚先輩、どうしたんですか? 今日は午後からですよね。まだ出勤まで、けっこう時間ありますけど?」
「まーねー。家にいたんだけど、せっかくの元日だし、これから初詣でも行こうと思ってさ。……良かったら、大河もこのあと暇なら一緒に行かない?」
「えっ、俺とですか!?」
声が裏返る。
新年早々、予想外の展開だ。
「なに? 私とじゃ不服なわけ?」
「い、いえ、そんなことは……!」
先輩は楽しそうに笑った。
「東京に行く前に、地元の神社にお参りしておきたくてね。大学の友達とは明日行く予定なんだけど、場所が違うからさ」
「なるほど。そういうことでしたら、ぜひ付き合います!」
「よし、決まり!」
渚先輩は缶コーヒーを片手に、いたずらっぽく笑って言った。
「着替えたら店の前集合ね。あ、逃げたら許さないから」
「了解です!」
そう。やっぱりこの人は、いつだって急に現れて、俺を巻き込んでいく。
でも――悪い気はしなかった。
なぜなら、先輩が就職して東京に行ってしまうまであと二か月ほどしかないからだ。
そのうちの何回一緒に働けるだろうか。そのうちの何回、一緒に笑えるだろうか。
――だがこれは、あまり考えたくはなかった。
* * *
枝垂渚と吉野大河が連れ立って、店を出ていったあとのコンビニ内。
店長はレジのカウンター越しに、店の外のガラスの向こうで並んで歩いていく二人の背中をじっと見つめていた。
「……柿田くん、柿田くん!」
バックヤードから出てきた柿田がびくりと肩を揺らす。
「は、はい!? どうしました店長!」
店長は胸の前で拳を握りしめ、目を輝かせながら言った。
「僕は今――猛烈な青春を見てしまったよ!」
「そ、そうですか……。よくわかりませんけど、なんだか楽しそうですね」
店長は腕を組み、まるで遠い昔を懐かしむようにため息をついた。
「甘酸っぱいなぁ……青春ってやつは」
「はぁ……」
柿田は困惑したまま、ゆっくりとレジ横のガムを補充し始める。
店長の瞳は、まだ外を歩く二人の背中を追っていた。
「……頑張るんだぞ。店長は応援してるからね」
「誰に言ってるんですか店長……」
そんな、いつものこのコンビニの風景だった。




