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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第3章 突撃のメリークリスマス編

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第33.5話 良いお年を

このお話はおまけとして書いた番外編です。

思ったよりPVが増えて、ランキングにも何回か乗せて頂いたのでその還元としてお楽しみください。

ちなみに読まずに先に進んでも本編に影響はしません。夜のコンビニの空気感をもう少し深く味わいたい方向けとなります。


 今日は十二月三十一日。


 つまりは大晦日。


 いつもと特に何かが変わるわけじゃないのに、一年の最後の日となると妙にそわそわしてしまう――そんなのは、きっと俺だけじゃないだろう。


 日本中の誰もが、どことなく“今日で終わる一年”を感じているはずだ。


 瑞希は友達とカウントダウンイベントに参加すると言って、アイドルのコンサート会場へ向かった。まったく、相変わらず行動力の塊だ。

 母さんは、たまたま休みになったらしく、こたつで年末特番を堪能する予定らしい。


 一方の俺はというと――この通り、コンビニで年末シフトに入っていた。


 

 コンビニの店内に流れるのは、年末特有の落ち着いたBGM。

 いつもの流行りのメドレーとは少し違う、どこかしんみりとしたアレンジで、店内の空気までもゆっくり動いているようだった。


 お客さんもこの時間は多くは無い。


 商品棚には売れ残りわずかとなった年越しそば、かまぼこ、天ぷら。

 華やかな色合いのしめ飾りや小さな鏡餅の在庫は残り数個。……まぁ、この辺りはきっと去年と同じように七割引きになるんだろうけど。


 ――年が変わる直前の、特別なにおい。


 レジに立つ俺は、そんなことをぼんやり考えながら、いつもとは少し違う空気を味わっていた。


 * * *


 自動ドアが開く。


 ~♪


 軽快な音。


 作業着姿の、仕事帰りらしい年配のおじさんが肩をすくめながら入ってきた。


「いやぁ、寒いねぇ……。年越しそば、まだ残ってる?」


「はい、こちらにございます」


 俺はそばの棚へ案内し、おじさんはパックの天ぷらそばをひとつ手に取った。


「じゃあ、これで頼むよ」


「かしこまりました」


 レジに戻り、バーコードを読み取る。


 ピッ。


 袋に丁寧に詰めて、おじさんへ差し出した。


「俺は独身だからね。今年もこうやって寂しく一人飯さ。まったく嫌になっちゃうね」


 笑っているけれど、どこか寂しさを含んだその声に、俺は自然と口を開いていた。


「今年もお仕事お疲れさまでした。お客様みたいに年中働いてくれる人がいるから、今この瞬間、楽しく過ごせている人がたくさんいるんだと思います。それって……僕はすごいことだと思います」


 袋を手渡すと、おじさんは一瞬きょとんとして――やがて、ふっと表情を緩めた。


「兄ちゃん、わけぇのに……そんなこと言って、ありがとな。今日は酒が旨く飲めそうだよ」


「それは良かったです。良いお年をお迎えください」


 おじさんは深くうなずき、そのまま自動ドアの向こうへ去っていった。


 そのおじさんとはすれ違いに、自動ドアがまた開いた。


 ~♪


 入ってきたのは、急ぎ足の女性だった。


「す、すみません! 子供用のおむつって……どこにありますか!?」


 焦りと疲れが混じった声。

 おそらくおむつのストックが切れたのに今になって気づいて、急いで近場のこのコンビニに駆け込んだということなのだろう。


「あ、こちらです。ご案内しますね」


 俺はすぐにレジを出て、おむつ売り場へ小走りで向かう。

 女性もついてくる。


「サイズはどれですか?」


「えっと……M! Mサイズで! さっき気づいたら切らしちゃってて、ほんとに……もう、なんで今日に限って……」


 母親は泣きそうな声だった。


 俺はすぐに棚からMサイズのおむつを取って手渡す。


「これが一番人気で、肌荒れしにくいやつです」


「あ……ありがとうございます……!」


 受け取った瞬間、母親の肩が少しだけ軽くなったように見えた。


 母親というのは年中無休。到底理解できないほどの苦労や苦悩を抱えているのだろう。コンビニで販売している商品のほとんどはスーパーやドラッグストアに行けば格安で購入することができる。それでも二十四時間いつでも営業しているという強みはこういうときに発揮されるのだ。


 その後はいつものように、レジを打ち、丁寧に袋に入れる。


「寒いので、気をつけてお帰りください。よいお年を」


「……はい。ほんとに助かりました。よいお年を」


 おむつの袋を抱え、母親は深く頭を下げて店を出ていった。


 ~♪


 その小さな背中が雪の向こうに消えていくのを見送りながら、俺は心のどこかにじんわりとした温かさを感じていた。


 その後も何人かのお客様を対応した。


 それぞれの生活があって、それぞれのストーリーがある。

 こういう時、本当に“人生は十人十色”なんだと痛感する。


 自動ドアの電子音が鳴る。


 〜♪


「いらっしゃいませー」


 顔を上げた瞬間――ふわりと、ピンク色が視界に揺れた。


 え?


 ピンクのダウン。

 白いマフラー。

 グレーのスウェットパンツに白のスニーカー。


「……桜井さん?」


 彼女はレジにいる俺の前まで来ると、ゆっくりマスクを外し、にこっと微笑んだ。


「吉野くん、お疲れさま」


「なんでここに? 今日って……家族で年越しとかあるんじゃ」


「うん。瑞希ちゃんがラインで、吉野くんは大晦日までバイトだって言っててね」


「なるほどな。じゃあ今日はさすがに松野さんの送迎じゃないよな?」


「うん。松野さんも梅宮さんもお休みだからいないの。今日はお母さんに頼みこんで車に乗せてきてもらったの」


「そっか。じゃあ今日は……ベンチでゆっくり、ってわけにはいかないな」


「そうなの。また来年も来るからね」


「あぁ、待ってるよ」


 彼女は前髪をそっと整えながら、少し照れたようにそう言った。


「……今回は家族で新年を迎えられそうか?」


「うん! お父さんもお母さんも、まだ少しぎこちない瞬間はあるけど……。でも、時間が解決してくれると思う。本当に吉野くんのおかげ。だから今日、ちゃんと伝えたくて」


「止せよ。もう何度も聞いたしさ」


「うん……ありがとう」


「ねぇ、吉野くん」


「ん?」


 桜井さんは少し口を開きかけて――けれど、何かを飲み込むように首を横に振った。


「あ、ううん。それより……おそばってまだ残ってる?」


「年越しそばか? ほら、あそこにまだあるよ。買ってくれるのか?」


 彼女は棚に向かい、家族の人数分のそばを静かに手に取った。


「うん。久しぶりに私が食べたいって言ったら、連れてきてもらえたの」


「そりゃいいな。今日は寒いから、それ食べてちゃんと身体を温めて寝たほうがいいよ」


「うん、わかった」


 いつものようにお会計。


 ピッ。


「二百八十円のお返しです」

「はい」


 彼女は小銭を財布に戻し、レジの前でそっと顔を上げた。


 俺たちはレジを挟んで真正面で、自然と同じ言葉を口にした。


「「よいお年を」」


 笑って、俺達は言う。


「来年もよろしくな、桜井さん」


「こちらこそ……吉野くん」


 年中無休、二十四時間営業のコンビニでのバイトは楽しいことばかりではない。


 だけど、こういう人の温かみに触れる瞬間はとても楽しくて、やりがいを感じるのである。



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